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第84話 公平と効率

 二人の素性を私からは練習生たちに言わなかったが、さすがにそういう話は放っといても広まってしまうのね。

 翌日にはもう、グループ会社の社長の子供って、誰もがわかっちゃったみたい。


 最上級グループの練習生たちのレッスンを見学させたんだけど、いつもよりみんなの動きが硬かった。


「なにやってんのよ、だらしない。そこの5人、グラウンド三周してから戻って来て」


 私は、敢えて厳し目に言った。


 人族の練習場は、新たに山の中に学校のようなものを作った。

 地下にステージのある建物は、練習生が増えすぎてしまったために手狭になり、レッスン場などを取り払い、すっかり本社機能のみのオフィスビルに変わっている。

 ただ、地下のステージは残っていて、聖地と呼ばれている。

 もっと広いところも、たくさん出来ているんだけどもね。


「この二人はメイシャ社長の子供さんたちよ。しっかりやってね」


 わざとプレッシャーも掛けてみた。

 二人には、身分を明かさないようにするとあらかじめ言ってあったが、予定変更。なんでも使えるものは使うのがいい。


 偉い人が来たから。偉い人の知り合いが来たから。

 そんなもので何かが変わるようなら、まだ心が出来てない証拠。

 さっき走らせた五人は、その中でも、「私は偉い人が来ても関係ないですよ」と無理に強がってるように見えた()たち。


 偉い人が来るから緊張する。それは素直なこと。

 もちろん、それじゃ、いけないんだけどね。


 ただ、もっと悪いのは、緊張しているくせに表面だけ取り繕うこと。

 そうやって仮面を被ったままでステージに立てるとは、思わないで欲しいの。


 媚びる必要もなければ、強がる必要もない。

 だって、あなたたちを見に来るお客さんは、そういうあざとい心を、全部見抜いちゃうのよ。


 可愛い子ぶるんじゃない。虚勢を張るんでもない。

 あなた自身が、可愛くあるの。

 あなた自身が、カッコよくあるの。

 演技じゃなくて、そういう存在になるためのレッスンなのよ、今やっているのは。


 見ている人が好きになるかどうかは関係ないわ。「ぶってる」って言われたりするのは、無視していい。勝手に言わせておけばいい。

 それもファンの特権だもの。


 他では、無理にその()の持ってる特性を隠したり、つくろったりして人気を取ろうとしているところもあるようだけど、少なくともウチは違う。

 あからさまに、これがウリですよ、なんて主張しなくていい。そういうのを野暮っていう。


 その子の本当の魅力を見つけること。これも立派なファンの特権。

 でも、そのためには、存在自体が魅力的でなければいけない。あとはただひたすら、素であること。

 それこそが、私が育てた()らしさってことなのよ。


 まだ三十分も経っていないダンスレッスンだけど、汗だくになっているようね。


 出来ない子を重点的に叱りつける。

 もしその子を庇う子がいようものなら、その子も出来ていないところを叱る。

 さすがに最上級生だから、そんなことはとっくに知っているわ。

 叱られている子にアドバイスをするなんてことが、どれだけおこがましいかを教えてあげるの。


 もちろん、意地悪なんかじゃないし、競争意識を(あお)っているわけでもない。

 もし助けようなんて思ってたとしても、それは、その子の成長を止めてしまうことなの。メイシャがそうだったように、自分で悩んで試行錯誤したことでないと、身につかないから。


 笑っちゃうんだけど、王立楽団のダンテ君がやっていたような感じになっていったのよね。ヒロさんから聞いた時は、なんてひどい教え方と思ったけど、これがもしかしたら一番の近道なのかもしれないって。

 まぁでも、あそこまで厳しくは……ないと思うけど、どうなのかしら。


「ありがとうございましたっ!」


 こうして一時間のレッスン、そして二人の最初の見学が終わった。



 一週間ほどたった頃だろうか、ユリエがメモを片手に私のところに来た。


「社長、私にはわからないことが幾つかあるのですが」


 おっとっと。社長って言われるの、初めてかも知れない。みんな、先生って呼ぶのよ。

 少しばかり居心地が悪い響きね。まぁ、いいわ。続けて。


「生徒たちとの接し方を見ると、不公平感があるように思えるのですが、いかがなのでしょう」

「不公平感? 具体的なところはどこかしら」

「たとえば、いつも罰としてグラウンドを走らされる子が同じだったり、レッスンで叱られる子が同じだったり」

「見てて、わからない?」

「いえ、レッスンで怒られる子は、確かに出来てはいないと思います」


 ――なるほど。


 ユリエは、出来ていないから怒られていると思ってるのね。もし私がそんなことしたら、すぐにでも謝るわ。全然違う。


「もし出来ないのであれば、下のグレードに落とすなりした方が、きちんと公平にもなりますし、効率も良いのではないかと思ったのですが」


 公平と効率……。ふーん。

 ユリエは学校の成績が良いんだったわよね。しかも「経済」だったはず。


 私は良くわからないんだけど、メイシャが「会社を成長するために必要なのは従業員に公平な評価を与えることと、効率化を目指すこと」って言ってたわ。

 私は一度、経験している。


 最初にやったオーディションのこと。


 あれこそ、平等で、効率のいいやり方だったと思うわ。

 会社ならそれでいいかも知れない。いや、それでないといけないのかもしれない。

 でもね、アイドルを育てるっていうのは、そういうことじゃないの。


「そうね。ただ、私は不公平よ。効率も悪くてごめんなさいね」


 どう言って説明したらいいかわからない。それに多分、今のこの子に言っても、理解してくれないと思ったの。


「あ、いえ。社長。そういうことではなく。どういう風に考えているか教えていただけませんでしょうか」


 ちょっと機嫌悪そうに思われたのかしら。取り繕うように言われたんだけど、うーん、やはり教えてわかることじゃない気がするなぁ。


「それにですね。グループも増えてきたので、バックで踊らせるダンサーをプロに任せてステージのサイズを増やしたり、回数を増やしたりした方がいいと思っているのです。コスト面を考えても有利ですし」


 近年はステージも大きくなってきた。

 グループのメンバーだけでは広さに釣り合わないので、バックで踊る別のメンバーをあてがうようなこともある。

 とはいえ、理想はグループのみ。そのサイズに見合う場所でやる方がいい。


 確かにプロのダンサーを使えば、華やぐし、育てるコストも減るだろう。

 もっと大きな場所で、大勢の観客を入れてステージを開催することも出来るだろう。収益も増えるはず。


 もちろん、プロを入れること自体は問題じゃない。

 ただ、そのステージの上に、私の考えと違う人たちを乗せるのがイヤなの。

 ……そう言ってしまうとエゴみたいに聞こえるかもしれないわね。


 さっきのウチのアイドルとしての条件。

 素の自分であること。

 ダンスのプロを入れるってことは、その条件に合致していない人たちを、ウチのグループと一緒にステージに立たせるってことになっちゃう。

 それが、どうしてもイヤなのよ。


 これについては前にメイシャからもお願いされたことがあるんだけど、きっぱりと理由を説明して断った。メイシャはその場では理解してくれたと思うのだけど、実は文句を言ってたりするのかしら……。

 ああ、面倒くさい。


「お母さんに訊いてみたらいいわ」


 私はそれだけ言った。


お読みいただき、ありがとうございました!


ブックマークなどなど、まことにありがとうございます。

更新の励みとなっております!


引き続きよろしくお願いいたしますm(__)m

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