第80話 結婚
今回はステージをやる前に、音源を販売することにした。
リハーサルレベルではなんとか演奏も出来そうなんだけど、やっぱりアミのベースが足を引っ張る。さすがに後にも残るものだから、アミ以外はいいとしても、カズくんに演奏をお願いしよう。
もちろん、アミにもコーラスでは参加してもらう。楽器よりはすぐにモノになりそうだ。
だが、それを言った時には、残りの三人から文句を言われた。
「アミのベースじゃないと、このグループじゃない!」
言いたいことはわかる。
私は、メンバーだけでの演奏、アミを外した時の演奏。そして、ハンサムボーイズだけでの演奏の3つを録音して聞かせることにした。
「なにを言いたいか、わかるわよね?」
アミ一人がいないだけで、演奏が見違えるほど良くなった。それは、カズくんがバンドを引っ張ってくれているせいも大きいが、やはりアミの力量不足は否めない。
ハンサムボーイズだけの演奏は、彼女たちが目指すところを示したつもりだ。
こういう時に、録音したものを聞けるっていうのは大きい。
自分たちが演奏している時には、それなりに出来ていると思いがちだ。特に、他の人の演奏が聞けていないのであれば猶更である。
だがこうして、全く同じ曲を聴き比べたら、否応なしに一目瞭然だろう。
異論を唱える者はいなかった。
まだバンド名は確定していないが、すでに地下ステージ完成後のライブの日程は決めている。
メイシャなどは、もし出すならハンサムボーイズにバックで演奏してもらって、全員が弾くふりをしたらどうかとも言っている。
でも私は出来ることなら、そうしたくはない。
演奏も含めて、このグループなのだと思っている。
あとはみんなの頑張り次第。まぁでも、アミは無理かなと思ってるけども。
そしてバンド名は「きらきらストーン」に決まった。
ダイアモンド? ルビー? そんな名前の付いた石じゃない。
でも、磨いたら、とっても魅力的で綺麗。
「やればできる」ってキーワードを電話でメイシャに伝えたら、決めてくれた。
やがて、きらきらストーンの音源も完成し、販売も始めた。ベースは予定通りカズくんが弾いている。
売れ行きは好調だそうだ。
まだ人前に出ていないが、人気投票でも初登場で13位に食い込んできた。
地下ステージのお披露目も兼ねた演奏会も、もう間もなく。
そんな時、メイシャがわざわざ私のところにやってきた。
このところ私もメイシャも忙しく、場所もそれぞれ違うので顔を合わせる機会がない。
隣にはカズくんもいた。
「メイシャどうしたの? 困りごと?」
今までの癖で、突然わざわざ会いに来たというと、なにか悪いことが起きたんじゃないかと思ってしまう。メイシャの顔もどことなく暗いようだし……。
だが、メイシャはとても明るい声で私に告げた。
「わたしたち、結婚することになったの!」
「わたしたちって、えっ?」
「カズくんよ」
二人が付き合っていることも全く知らなかった。カズくんとは何度も顔を合わしてはいたが、全く気づかなかった。
「子供もできたの。それで……」
ここに来る前にお父さんに報告して来たのと言った。あなたが二人目なんだけどとも。
私の頭には今までの出来事が絵日記のように蘇ってきた。初めて出会った時。歌を教えている時。初ステージ。そして……。
「お……おめでとう!!」
私は飛び切りの笑顔で祝福した。お父さんからは順序が逆だと怒られちゃいましたとカズくんが照れている。
私たちと同じくらいの年齢の娘は、もうちらほらと結婚もしている。別におかしいことはない。おかしいことはない……んだけども。
「それじゃ僕はアミのレッスンに行ってくるから。ずっと先頭で頑張って来た二人だから、きっと二人きりで話したいことも一杯あるよね。ごゆっくり」
そう言ってカズくんは部屋を出て行った。
――ん、涙?
私、いま泣いているの?
もちろん、メイシャがカズくんと一緒になるって、こんなに嬉しいことはない。
カズくんもずっと私たちと一緒にやってきた、まさに戦友だ。
嬉しいことはない……はずなんだけど、なんでだろう。胸の奥が搔きむしられるように痛い。痛くてたまらない。
「あなたが……悪いんだからね」
メイシャはそう言った。目には涙がにじんでいた。
裁判所に呼ばれた晩、そしてお父さんに私たちのことを訊かれた晩、メイシャは耐えられなくなってカズくんに相談したという。もちろん、私との仲については伏せたままで。
それから付き合いが始まったそうだ。
「あなたがもし、あの時、お父さんに告白してくれたなら……」
そう。あの時私は何も言えず、ただうつむいていた。
お父さんに「そんなわけはない」と言ったのはメイシャだ。辛くて、辛くて、今すぐにでも命を捨ててしまおうかと思ったらしい。
メイシャはあの時、もし私が告白してくれたら、お父さんも捨てて、会社も捨てて、二人でどこか遠いところで暮らしたいと思っていたらしい。
でも、あの時、私はなにも言えなかった。
なぜあの時、私は黙ってたんだろう……。
心の中で後悔という名のどす黒い小さな虫が足を広げ、それは私の体中を這いずり回った。
「メイシャは、幸せ?」
私の言葉に「えっ?」とメイシャが訊き返す。
「カズくんのこと、本当に好きなの?」
私よりも、という言葉はぐっと飲み込んだ。
「うん。とっても」
その時もメイシャの笑顔は、とても眩しかった。嘘偽りのない、今までで一番素敵な顔だった。
後悔という虫はまだ私の身体を動き回っている。なんとか引きずり出して、この目の前で踏みつぶしたい。でも私の体の中にいるにもかかわらず、殺そうとしても、私には手が届かない場所に居そうだった。
「私のこと、許してくれる?」
私はメイシャに言う。いっそ、許さないと言われて、この後悔ごと殺してほしかった。
だが、メイシャはそんな私にこう言った。
「今はとても感謝しています」
全てが、終わったような気がした。
「メイシャ、お幸せに!」
メイシャは「はい」と大きな声で答えた。
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