第76話 ゴードン&カンパニーの逆襲
「やめろっ! やめてくれっ!」
ステージの方から声が聞こえた。
「おれの店なんだ。おれの……。頼むから、もうやめてくれ…………」
店にいた者が全員、動きを止めて声の主を見ている。
そこには涙で顔中がぐしゃぐしゃになっているゴードンさんがいた。
からん、と持っていた木片が落ちる音。
ぼーっとした表情で出ていく者。
やがてレストランには私たち関係者と、荒れ果てた光景だけが残された。
「おとうさん!」
メイシャがゴードンさんに駆け寄った。
「メイシャ、……苦労かけたな」
ゴードンさんはメイシャの顔を見ながら言う。
しばらくして、私たちの方を向いて言った。
「もう、終わりにしよう」
翌日の新聞各紙には、ゴードンレストランで起きた出来事が載った。
それだけでなく、過去に起きた事件のことまで書かれている。
ほぼ全てが批判的な内容に終始していた。
歌詞の多くがこの国ではタブーとされている内容であるということ。
最近、目新しいということだけで注目されている素人歌手たちと何ら変わらず、いずれにせよ聞くに値するものではないということ。
無理な経営拡張で失敗したとの指摘。
裏のルートで賄賂を送っていたという噂話。
所属していた者が窃盗、飲酒をしていたということ。
裁判所に呼び出されたこと。そして今もくすぶり続ける疑念。
レストランの記者会見での暴動事件。
その他にも、あることないこと含めて、これでもかという程に書き連ねられていた。
この国は自由だ。言論の自由も保証されている。それはもしかしたら、長い年月をかけて人々が獲得して来た権利なのかもしれない。
しかし、弱い者、傷のある者を見れば、寄ってたかって潰しにかかる。まるでそれが宿命であるかのように。
記事にしたって、結局目的は読者をいい気にさせて、お金を稼ぎたいだけ。でも、その大事なお金で何を買ったらいいのかなんて、記者の誰もわかってやしない。いや、記者だけじゃないわ。この世の誰一人わかってないし、考えてもいない。
だから、誰かが言う意見に、横並びで賛同する。
自分の意見などなくても、誰か声の大きな人の言ってることを、さも自分が思っていたことのようにオウム返しにする。自分が気持ち良くなるためだけに。
そして、実際にステージを見て、心から楽しいと思ってくれた人をないがしろにして……。
でもね、その中で一紙だけ、実際に見たという幼い子供の言葉を掲載したものがあったの。
――
わたしも、あのおねえさんたちのように、
うたったり、おどったり、したいです。
――
まだ幼い子供のようだ。
たしか何人かレストランには小さな子供連れの客も来ていた。
この投書は、色々な意味で波紋を呼んだ。
幼い子供たちの健全な精神を蝕むものとして、危険だとさらに批判する者。
そういう子供を、なんの考えもなしにステージへ連れて行ったとする親への非難。
やがて、この子供は誰なのか、この親は誰なのかという詮索まで行われはじめた。
だが、それだけではなかった。
ステージに来た人たちの声は、紙面という形でなしに、徐々に人々に広まっていた。
人々の口から口へ。
あくまで限られた客しか参加できなかったレストランでのステージということで、神秘的な彩も加えられ、国中に広まっていった。
レストランは無残な姿になっていたが、楽器店には人々が群がった。みるくちょこれーとと乙女隊の石板を欲しがる者たちだ。
すでに石板の在庫はなく、もちろん、みるくちょこれーとの音源はない。
予約販売という形にしたが、慌てて石板づくりを急いで行わなくてはならなくなった。
出来た分から、次々と売れていく。
そして人気投票の結果で、みるくちょこれーとが1位、2位にまで乙女隊が返り咲いた時には、新聞各紙もほとんどの論調が180度変わっていた。
ゴードン&カンパニーのどん底からの復活を称える記事。
歌詞の新奇性について。
音楽面からの考察。
メンバーがどれだけ辛抱してここまで来たかという話。
もちろん中には相変わらず批判を続ける者もいたが、主張は抹殺されていく。
結局これも横並びの賛同と同じことだと思って気持ちは悪かったけど、とにかく助かったことには間違いない。
ゴードンレストランだけでなく、他のも含めた歌い手さんを専門に扱う雑誌も、続々と刊行されるようになった。
ただ、これまでのことを書籍にしようとやってくる記者には、丁寧にお断りをする。
「あの時は本当に私たちが悪かった」
そう頭を下げて謝って取材に来る記者もいたが、そんなことはどうでもいい。いや、確かに少しは怒ってるんだけど、いつまでも引きずっていたって仕方がないってことくらいわかる。心の中ではもう許してる。
とにかく歌や演奏だけを聴いて欲しいと。その一点だけ伝えてお引き取り願うことにした。
石板の売り上げは好調。しかも、聞きすぎて魔力がなくなり音が出なくなった人は、再度買いに来る。
一気に今まで落ち込んでいた分を取り返すほど、経営は上向いた。
もちろん、みんなの移籍の話もなし。
ゴードンさんもほとんど元通り健康になったけど、経営からは完全に退き、メイシャが名実ともに会社のトップとなった。
破壊されたレストランの再建。売りに出した支店の買戻し。そして念願である地下ステージの建物の建設再開にも手が付けられるようになった。
これを、ゴードン&カンパニーの逆襲と呼ぶ者もいたという。
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