第75話 暴動
お客さんも疲れたようだから、少し休憩を入れる。
その間にみんなをバックステージで抱きしめた。
「本当によく耐えてくれたわね!」
三人に言ったが、それはここにいるみんなに言いたい言葉だった。
ウェンディの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。リーダーとして、一番辛い目に遭ってきたと思う。私の言ってきたキツい言葉、メンバー同士の軋轢、きっと泣きたくてたまらない時もあったよね。ずっと今まで我慢してたんだよね。今はもう泣いていいよ。本当によく頑張ったね。
アリスも、この時ばかりは顔を真っ赤にして泣いているわ。そう、現実はたしかに大事だけど、夢のない現実なんて面白くないわよ。どんな風に生まれたって、どんな環境で育ったって、人は夢見ることが出来る。幸せになるために生まれてきたんだから、好きなことやったらいいの。そう、今日のステージみたいにね。
うふふ。ルナも涙でいっぱいだけど、この子はいつも笑顔ね。文字通りぱぁっと明るい笑顔。こんな顔を向けられたら、私も思わず顔がほころんじゃうじゃないの。難しいことなんてなにもない。辛かったとか辛抱したとか、そんなことを振り返るより、今を楽しいって思うことが大事なんだって教えてくれる。
本当に三人ともありがとう!
……でもね。
どうしても私の頭の中には、どうしても先ほど見た野次馬たちの顔が消えない。どれだけいいステージをしたとしても、やはりあの顔で私たちは見続けられるのかと思ってしまう。
もとは私が蒔いてしまった種だわ。
でも、これだけのステージをみんなで作ってくれた。歌い手も、演奏者も、裏方さんも、そしてお客さんも。
皆に感謝することで、今まで起きたすべての悪い出来事を頭の中から葬りたいと思った。悪い思いを、断ち切りたいと思った。
さあいよいよ次は乙女隊のステージよ。お願い。期待しているわ。
乙女隊のコンセプトは、とにかく楽しく。いいことがあった人には、さらに良いことが訪れるように。悪いことがあった人は忘れてくれるように。
わずかな時間だけでもいい。
乙女隊を見ることで、明日も頑張ろうって気になれたらいい。
何度もステージを経験してきた乙女隊だもの。恐いものなどないわ。
色々とあっても、ファンだってしっかり残ってくれてる。
もう一回、乙女隊を見たいと来てくれている人がこんなにもいるじゃない。
なんかいつもよりメンバーのみんな、張り切ってるみたい。
久々のステージだから? 後輩がいいステージを見せたから?
どっちもかしらね。
ハンサムボーイズの演奏も生き生きとしている。
お客さんのノリもとてもいい。そして楽しそう!
そして最後の曲になった。
驚くべきことが今、目に映っている――――。
なんと、あのゴードンさんが椅子から立ったのよ!
顔はまだ無表情だったんだけど、手を上に挙げて!!
メイシャに伝えると、涙を流してた。
医者からは、手の施しようがないと言われていた。もちろん、私の魔法なんかじゃ治せない。感情が一切なくなり、食事さえ最近はあまり摂ろうともしていなかった。
そんなゴードンさんが、手を挙げてるのよ!
もしかしたらステージが終わった後も、ゴードンレストラン叩きが復活するかもしれない。やっぱり、世間から弾かれてしまうかもしれない。
私たちは誰一人口にする者はいなかったが、誰もが感じていただろう。
もしそうなったらと、乙女隊も『みるくちょこれーと』もハンサムボーイズも、新しい移籍先はメイシャと私ですでに用意していた。
でもね、たとえこれで終わりだったとしても、ゴードンさんのあの姿を見られただけでやって良かったと思えた。
ここまでやって来れたのは、やっぱりゴードンさんがいたから。
私を最初に見つけてくれたのもゴードンさん。
気弱で、おどおどしていて、でも、心の底から優しい人。
私はゴードンさんに出会たからこそ、こうして色んな人と巡り合えてる。
いくら感謝しても足りないほど。
私はゴードンさんの姿を見ながら、何度も「ありがとう」と言った。
ステージが終わる。乙女隊やハンサムボーイズたちと喜びを分かち合う時間は、さほどなかった。外で待っていた記者たちを室内に招き、急いでメイシャが会見を開く。私ももちろん、同席する。
だが、興奮した観客たちが再び乱入して来た。
会見どころではなくなった。
やがて関係のない人たちも乱入して来て、暴徒と化した。
カウンターにあった酒瓶が片っ端から割られ、椅子も投げ飛ばされ、机は壊された。
壁には穴が開き、窓は粉々になった。
とにかく一般のお客さんとメンバーの身の安全が第一。急いでお客さんは外へ、メンバーは楽屋裏に誘導する。
喧嘩を始める人もいる。最初はファンと後からやって来た無関係な者とだったが、いつの間にか誰かれ構わず殴り合いとなっている。壊れた椅子で殴り掛かる者もいる。
逃げ惑う者、さらにそれを追いかける者。血が流れ、怒号が響いた。
メイシャはなにも出来ず、オロオロとしていた。
私もどうにかしなきゃと思うが、どこからどうしていいのかわからない。魔法の力で全員を吹き飛ばそうかと思ってしまったほどだ。
もちろん、一般の人相手にそんなこと出来やしない。
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