第70話 暴露本
そんな時に出たのが、レイナが書いたというゴードンレストランの暴露本。
トータ族や魔族の話ではない。きっと、書いても誰も信じてもらえないと思ったんでしょうね。
目玉となる内容。それは……
『メイシャとあたしの関係』
それだけじゃない。
あたしがYっ娘にも手を出しているというようにも書かれていた。
そして、レイナはそれを断ったから追い出されたのだと。
「これって、ウソだよね!」
ゴードンさんは、メイシャとあたしを呼びつけて訊いた。顔が真っ青だ。
実はまだこの時も、メイシャとの関係は続いていたの……。
あたしはただひたすら下を向くだけ。どう言っていいかさえわからない。
しばらく沈黙が流れる。あたしにはとても長い時間のように思えた。
「ありえない! そんなことがあるわけないでしょ! お父さん、何言ってるのよ!」
メイシャが突然叫んだ。
「そ、そうだよね。そりゃそうだ。ありえないよね、うんうん」
ゴードンさんはメイシャの剣幕に押されるようにして、あたしたちを解放してくれた。
ふと横を見上げたら、メイシャの目に涙が浮かんでいた。
ここルネボレー王国は、愛を重んじる国。
それは男女の愛、親族の愛……。
愛にも色々とある。
でも、同性同士の『肉体』が介在するものを、愛とは認めていない。
この話は、尾鰭までつくようにして一気に国中に広まった。実はゴードンさんも手を出していたんだ、ハンサムボーイズも加わって怪しげなことをしていたんだ、などなど。
挙句の果てに、その日のうちに裁判所から呼び出されるまでに。
「証拠があるわけじゃないわ。そんな事実はないと押し通しましょう」
メイシャがあたしに言う。
裁判所からはメイシャ、乙女隊、Yっ娘、あたし、そしてゴードンさんに召集がかかった。
もちろん、乙女隊、Yっ娘に手を出すなんてことはしていない。
メイシャとあたしが「違う」と言えば、それまでだ。
事実かどうかは判断できないが、罰することは出来ないとの判決がすぐに出た。
少なくとも裁判所としては、実際にあったとは認められないとのことだ。
だが世間は、いくら「なかった」と言っても、噂をやめようとはしない。
消えもしない。
疑うような目で見られてしまう。
さらに幾つもの証言記事なるものまで出てくる始末。
関係者の証言では……。良く知る人の話では……。
一体、誰なのよ、それは?!
連日のようにトップニュースとして報道されていた。国外でもきっと流れたかもしれない。それほどゴードンレストランは知名度が上がっていたのだ。
残念ながらYっ娘のフィーちゃんは、強制的に両親に連れて行かれるような形で脱退することになる。「そんなわけがない! 残りたい!」と言い張っていたが、泣きながら去っていった。
野次馬の数は増える一方だが、レストランの収益は悪化していく。
店に石が投げ込まれることもあった。火をつけられることもあった。
皆さんへのお詫びにと、ゴードンさんは価格を下げて提供しようと言い出したが、即座にメイシャに止められた。
「今この状況で、さらに安売りなんかしたら価値が下がるだけよ」
メイシャの言うことももっともだ。お客さんにケガをさせないようにと、レストランもしばらく休業しようと言った。
メイシャの行動は、今までと同じく、とても早かった。
支店として出していたものは全て処分する。
地下にステージを用意している建物だけは売却をしないと言ったが、工事を途中で止めざるを得なかった。
かろうじて楽器の売り上げだけは横ばいだった。従業員を減らして継続する。
石板の売り上げは激減している。今ある分だけを売ることにして、新規の作成はなしにした。
ハンサムボーイズには報酬が支払えない。一時休眠ということにした。
そしてゴードンさんは、一気に歳を取ってしまったように見えた。
「あたしはステージに出ない方が良さそうね」とメイシャがつぶやく。
――メイシャまで、そんなこと言わないで……。
「大丈夫。きっと元のように上手くいく。そうなったらまた経営が忙しくなるから歌っていられないじゃない。もっとも……人族以外では飛び入り参加しちゃうかもね」
メイシャが笑った。その顔には覚悟が伺えた。
そして、その夜からメイシャはあたしの部屋に来なくなった。
でも、もちろんそんなことを悲しんでいる余裕はない。
よくよく考えてみれば、レイナだって本当に可哀そうだ。
歌手として他のレストランに行ったものの、人気も下がり、もう使い物にならないだろうと決めつけられ、最後の『稼ぎ』として暴露本などというものを書かされたのだろう。
こんなものを自分で出したらもう歌手としては、いや少なくともアイドルとしてはやっていけない。夢を与える側の人間は、同情や好奇の対象ではいけないのだ。
もしあたしのところにいたら、絶対にそんなことはさせなかったのに……。
どうにかして、再び素敵なステージができるようにしたのに……。
自分の愚かさ、そして力のなさを痛いほど恥じた。
悔しくて、悔しくて仕方がなかった。
もう二度と、誰もこんな目に遭わせやしない。絶対に。
わたしは心に誓った。
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