第6話 ゴードンさん
第2章「ルネボレーの街」開始いたします。
門をくぐる。中央には大きな城が見える。
お城までは、まっすぐ、太い道が続いていた。
どうやらこの道は、馬車が主に通るところらしい。
街中だというのに、かなりのスピードで駆け抜けていく。
多くはないが、器用に脇を駆け抜けていく人も何人かいる。
これもすごい速さね。
道の脇には、らせん式の階段がある。
この上は歩道橋になっているよう。
階段を昇る。
空から見えた風景が一気に広がった。
空の上にある街、という感じもする。
風が心地よい。
歩道橋とはいえ、欄干がなければ普通の道かと思ってしまう程、道幅が広い。
普通に5~6人は並んで歩けるほど。
そして、とにかく人が多い。
左右にびっしりと立ち並ぶ店。
呼び込みの大きな声が聞こえる。
肉屋、魚屋、雑貨屋、飲食店……。
とにかくガヤガヤと騒がしい。
建物へは、歩道橋から出入りが出来るようになっていた。
天空の街というイメージがふさわしい。
歩道橋の欄干から下を見ると、屋台のようなものも道の脇に並んでいた。
あれは、前の世界でいうラーメンのようなものかしら。
どんぶりに入った麺を掻き込む人の姿が見える。
ある屋台の前には、長蛇の列も出来ていた。
ただ、さすがはモンスターのいる世界。
服を売っている店に武器も並んでいるのね。
目の前に見ているはずのお城には、なかなかたどり着かない。
もう30分近くは歩いているのではないかと思うのだけども。
目抜き通り沿いに歩いていくと、十字路にたどり着いた。
どうやら、ここが町の中心のようだ。
面白いのが、人相風体で、この十字路をどちらに向かうかわかってしまう。
向かって右側に進んでいく人は、ほぼ筋骨隆々、目つきは鋭く、服装も鎧を着ていたりと、冒険者風情である。
少し遠くを見ると、歩道橋からも見上げてしまう程の巨大な木があり、張り出した枝が全体を覆っている。
そのせいか少々暗く、汚れているようにも見える。
乞食のような風体で、道端に座り込んでいる人も少なくない。
小さな建物が乱雑に立ち並ぶ中、ひときわ大きな建物が中央にあるが、なんだろう?
多くの人が吸い込まれるように入っていく。
冒険者ギルドのようなものでもあるのかしら?
左側に進んでいく人は、うって変わって明るい。
シャツやTシャツのような服。軽装である。
これが、いわゆるこの町の住人なのだろう。
小振りではあるが、しゃれた建物が整然と並んでいる。
マンションのような高いものはないようで、すべて一軒家である。
そして、まっすぐ城の方へ歩いていく者。これは数が異様に少ないのだが、日傘をさし、ドレスで着飾っている。
なにかの絵で見たことのあるような、貴族めいた姿である。
どちらに行ってみようかと考え、脇にあったベンチに腰掛けて、改めて行き交う人々を眺めてみた。
この街に来たのは、情報収集。
この世界って、どういう感じなのかしら。
なんでモンスターは襲ってくるの?
いやいや。
どう聞いていいのかわからないわね。
それよりも「アイドル」っているのかしら?
むしろ、今の私にはそっちの方が興味あるかも。
うーん……。
そう。
私がこの世界に来たのは、歌って踊るため。
だったら、ここで歌ってみたらいいじゃない!
でも、なにを歌おうかしら。
「春の小川」は……ちょっと懲りたわ。
……あ、そうだ。
前の世界で一番ヒットした歌がある。
それは、私の環境を一変させた歌だ。
女性が表に出ることに非寛容な世界。
その中で、大した取り柄もないおばさんが歌った。
歌詞は私が書いたのだけれど、私が込めた意味以上に、色々と解釈する人も出てきた。
もちろん日本語ではないが、言葉が伝わるかどうかじゃないはずよ。
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ありふれた日々の中で 当たり前と思っていたことが
いくつもの奇跡の 積み重ねだと気づいた日
目に見える木や雲や太陽
すべて今までと 変わって見えたの
そしてあなたに出会えた
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ここよ。サビのところ……。
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あの輝ける星になりたい
あなたを照らし続ける
そんな力が欲しい
わたしでも出来るはずよ
人は誰もが神秘のかたまり
素敵なことはいつも
目の前にあるはずだから
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サビの頭で、声がもう少し上に突き抜けられたら、という感覚がずっとあった。
でも、かつてはどんなに頑張っても出来なかった。
それが、今はなんの力も入れず、サラリとやってのけられる。
不思議な感覚。
自分の出している声でわたしの体全体が揺さぶられている感じがする。
歌っているのは私なのだけど、わたしではないような。
ただ、その感覚に気持ちよく全身を委ねるだけ。
実際には伴奏はなくアカペラなのだけど、リズムやコードも、しっかりと耳から聞こえてくるようだ。
周囲の景色は、ぼんやりとしか見えない。
まるで、何かに操られているようね。
しかし頭の中は透き通るように透明で、次の歌詞をどう歌おうか、次のメロディをどう捉えようか、耳に聞こえてくる伴奏の流れにどのように合わせようかなど、冷静に計算していた。
歌い終わった瞬間、静寂がわたしを包んだ。
その直後、歓声と拍手に包まれた。
笑顔で応える。
そんな中、一人の初老の男が前に出てきた。
「どうかぜひ、私の店で歌ってもらえないだろうか?」
聞けば、この街でレストランを経営しているという。
こういう胡散臭い誘いに乗って、かつて痛い目にあったこともある。
ただ、身なりも清潔で、なにより瞳の輝きはウソ偽りではなく、誠実さが感じられた。
……乗ってみるのもいいかもしれない。
わたしは、このゴードンという男と話してみることに決めた。
レストランへの道すがら、この世界のことを尋ねてみた。
「アイドル」、つまり、若い娘が歌ったり踊ったりすることを「仕事」にするということはないとのことだった。
もちろん若くして才能を見出された「芸術家」はいるそうだが、歌も踊りも、ほとんどが一定以上の年齢で、何年もの経験を積んだ者がなっているそうである。
もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。
わたしは、そう思った。
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