第57話 フェルドさんの脱退
演奏、特に歪んだ音で人気も出てきたようなんだけど、毎晩のステージで今までにないお金が入ってきたせいか、リハーサルも無断で来なくなっちゃうし、ステージもこの間、休んじゃったのよね。
みんなともすっかり打ち解けて、仲良くなったはずだったのにな。メイシャなんて、フェルドさん、フェルドさんって言って、楽しそうにセルを習ってたほどだし。
聞こえてくる話だと、毎晩、居酒屋で呑んだくれているらしいのよね……。
カズくんがビシっと言ってくれたらいいんだけど、そういう性格じゃないしなぁ。
ジュゲンさんは、そこらへんは我関せずらしい。
もっとオリジナルの曲を増やそうと思ってて、みんなにお願いしてたとこなの。
フェルドさんは何曲も作曲したものを持ってくるんだけど、残念ながら……。もちろん、悪い曲じゃないのよ。でも、見た目と違って、かなり生真面目な感じっていうのかな? 複雑で面白いところもあるけど、いまいち聞いてても楽しみ切れないというか……。
ジュゲンさんはもちろんだけど、ヒロさんが鼻歌で歌っただけのが採用されたりもしてるのよね。そのせいもあるのかなぁ。
ピアノ、ドラムとベースがあるんで、曲にはなるんだけど、やっぱり寂しい。
音としてもそうなんだけど、せっかく仲間になれたのになって、そっちの方が寂しいのよね……。
ああ、もう、せっかく上手く行きかけてるのに!
◆◆◆◆◆
次第に、フェルドさんが来ない日がさらに増えて行った。
最初の顔合わせの日はともかく、以後、酒を呑んでステージに立つことはなかったが、顔を赤くして来ることも増えてきた。
酔っ払ってセルを投げ飛ばしたり、セルを床に叩きつけたりということがあったんだけど、なんかパフォーマンスとしてウケちゃって、さらに調子に乗っちゃったのもあるのよね。
あまりに酷いので、カズくんと相談して、話をしてもらうことにしたの。
ジュゲンさんにもお願いしたんだけど「放っときなされ」と言われてしまった。
酒場とか、アイドルのあたしが行くのもどうなんだろうなぁ、と思ったので、ゴードンさんに付き添ってもらうことにしたわ。
でも、結果的には、良かったのか悪かったのか、よくわからない結末になっちゃった……。二人が帰って来るなり、フェルドさんは、バンドを抜けることになったと言った。
ただし、喧嘩別れとか、そういうことじゃないって。物凄く感謝はしていたと。
「なんで、なんで? どうしてよ?」
わたしの質問に、二人はこう話してくれた。
「フェルドさんはもともと、夫婦で飲食店をやってたそうなんだよ。ウチのようには繫盛しなかったけど、毎日仲良くやってたらしい」
「……でも、ある料理を出した時に、なんだかブームみたいになっちゃったんだって」
「そう。それで、今までになくお金が入ってきたらしいんだ。贅沢もしたらしい。でもそんな日を繰り返していくうちに、奥さんが浮気をしちゃったようなんだ」
不倫ってこと? この国だと大罪じゃなかったかしら?
「いや、それはあくまで表向きの話。実際は、多くの者がやってるんだよ。男も女も。法律で縛られているので、離婚はできないんだけどもね。みんなやってるので、取り締まられることもない」
そうだったんだ……。
「フェルドさんも、腹いせに浮気をしたそうだ。しかも何人も。お店の方はしばらく順調だったそうだけど、ブームになったもんは、亀の王宮料理みたいにしっかりしたもんじゃないし、バリエーションもない。飽きられて次第に苦しくなっていったそうだ。しかも悪いことに、浮気してた相手の旦那から訴えられたんだと」
「浮気した方も、された方も罪になるのに、よっぽど奥さんのことが好きだったんで、許せなかったんだって」
「それが原因で、フェルドさんは捕まり、長いこと牢に入ってたそうだ。いつか来る処刑の日に怯えながら」
「その時にセルを習ったんだって。王立楽団の人が慰問に来た時に、教えてもらうようになったって言ってた」
フェルドさんは、牢屋の中で、いつ果てるとも知れない命だということを忘れるかがために、セルに熱中したらしい。今の国王が即位する際に恩赦で出てくるまで。
ああ、もしかしてずっと魔族のマスクを被ってたのは、犯罪者って分からないようにするためだったのかも知れないわ。
「罪人なんで、ろくな仕事もつけず、毎日、わずかな収入を得ては、呑んだくれる生活をしていたらしい」
「でも、僕たちに出会って、バンドを組んだ。とっても嬉しかったって言ってた」
――だったら、なんで?
「その奥さんも恩赦で出てきてたらしいんだが、フェルドさんの噂を聞きつけて、何年かぶりに会ったんだそうだ。で、もう一度、料理屋を二人でやろうと」
「フェルドさんは自分で言ったらしいんだけど、すっごい悩んだって。僕たちのことも、もちろんあったし。それでしばらく顔が出せなくなったし、悩みすぎて酒にまた溺れてしまったと」
「でも、さっき会った時、やっぱり妻を取ると言ったんだよ。決めたと。この街だと顔を知られてしまっているので、どこか別の土地でやり直したいと言ったんだ」
セルを弾きながらじゃダメなのかしら?
料理屋じゃなくても、セル弾きでいいじゃない?
「一つのことしか出来んと。懸命に今度は、とにかく料理屋を一心不乱に二人でやりたいのだと言ってたんだ。わたしは、さすがにそれ以上はなにも言えんかったよ」
「こんな時だからこそ、笑って送り出そうかなって僕も思ったんだ」
なんでもゴードンさんは、フェルドさんに新しい店の資金援助をするそうだ。メイシャに断りもなしに決めてきていいのかと思ったが、ゴードンさんの決心は固いようだった。
フェルドさんは店の名前を『フェルド・レストラン powered by ゴードン』にさせて欲しいと言ったそうだ。ゴードンさんの名前を入れることで、今回のことをいつでも思い出せるようにし、決して二度と同じ過ちを繰り返さないようにしたいらしい。
「これ以上、引き留めるのも変よね……。カズくんの言う通り、最後は笑って送り出しましょうか? 最後は演奏、来てくれるのかしら」
「ああ、次のステージは行くと言ってくれたよ。奥さんも連れてくるそうだ」
みんなに話したら、フェルドさんを応援すると言ってくれた。
ジュゲンさんは、実際のところはわからなかったが、なにかあるとは思ってたらしい。向こうが言わないのに、聞くのは失礼じゃからの、と言った。
フェルドさんの最後のステージが始まる。
奥さんは、とても気立てのいいひとだった。こんな人が不倫をしたなんて信じられなかったが、お金って本当に人を迷わすものなんだなと思った。
最後の演奏は、昔通り、なんの変哲もなく、終わった。
フェルドさんが今日でいなくなる、とはステージ上で言わなかった。
きっと、客席のみんなも今日が最後だと、一切思わなかったでしょうね。でも、それでいいと思った。
楽屋裏で私がフェルドさんに抱きつき、メイシャ、レイナや乙女隊、ハンサムボーイズの面々、ゴードンさんから次々と花束が渡されると、フェルドさんは少し涙ぐんでいた。奥さんは、そっと背中に手を当てていた。
その姿を見ていて、きっと、大丈夫だろうと私は思った。
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