第52話 初めてのステージ レイナとメイシャ
さて、次はレイナ。
前の余韻が残っている中で出ていくのは、とっても大変なことよね。
乙女隊の時と同じように声をかけてみたが、緊張感がどうしても抜けないようだった。
うつむいたようにステージへ歩いていく。
「レ、レイナです。よ……よろしくお願いします」
この世界にはないけども、セーラー服をイメージして作った衣装。胸の赤いリボンが素敵。気持ち、スカートの長さは短くしてみた。
とっても似合ってる。
「かわいー!」
拍手よりも先に、掛け声がかかる。
「ダーン!」とハンサムボーイズ全員が大きな音で同時にコードを鳴らした。
レイナがの体がビクっと震える。
その途端、レイナの背中がピンと伸びていく。
打ち合わせにはない演出だ。
だが、レイナはその音で、少し落ち着きを取り戻したようだった。
音程も甘い。リズムも一定にはならない。緊張からだろう、リハーサル以上にズレている。そんなレイナに、会場から自然と手拍子が起きていた。
「頑張って~っ!」
声援に後押しされながら、レイナは最後までなんとか歌い切った。
「先生~っ! ダメっ。全然ダメっ。ダメだった~っ」
ステージを降りて、真っ先に私に言った。
レストランから漏れ聞こえる歌。その歌に呼び寄せられるようにやってきたレイナ。
その時のことが今でも思い出される。
なかなか上手くならなかったし、最初のステージも完全燃焼というわけでなかっただろう。
「でも、この拍手聞こえる? ちゃんと最後までやり切ったじゃない!」
床に崩れるようにして泣いていた。悔しかったに違いない。泣き崩れるレイナを私は抱きしめた。
乙女隊のように三人ではない。
よく一人で頑張ったね。何度も何度も頭をなでてやった。
ステージの照明が少し落ちる。
メイシャの番だ。
薄暗い中、ジュゲンさんの静かなイントロが始まる。
メイシャは後ろを向いて顔を伏せ、微動だにせずポーズを取ったまま。
ヒロさんのドラムがリズムを刻み始めた。
後ろを向いたまま、静かに歌いだす。
会場は食い入るようにメイシャの姿を見ているようだ。
カズくんのベース、フェルドさんのギターが緩やかに入ってくる。
メイシャが振り返る。
丈の長い花柄の黒のワンピース。シックな装いだ。
「綺麗……」
「メイシャ、だよな?」
その瞬間、会場からざわざわという声が聞こえてきた。
いつもは化粧などおざなりだったメイシャ。きちんと私がメイクもしてあげた。
自分でも、その変わりように驚いていた。
女性は化粧で強くなる。
メイシャはまさに、その言葉通りの存在だった。
メッセージ性のある楽曲。
しっかりと伝える歌声。
世界観を確実に支える演奏家たち。
拍手も忘れたかのように、ステージ上のメイシャにくぎ付けになっている観客たち。
わたしももちろん、その一人。
とても初めてのステージとは思えない。
実に存在感があり、風格さえ漂っている。
最後の曲で、会場の空気は最高潮に達した。
この世界で、一番激しい曲に違いない。
カズくんのディストーションアンデロが轟く。
フェルドさんも同じようにセルを歪ませている。
恐らく、ここにいる人たちは、誰一人として今までに聞いたことのない音だろう。
『私はもっと強くなれる 運命を信じてる』
メイシャの高音は実に綺麗で、ダイナミックだ。
真っ暗な闇の中を突き抜ける一筋の光。
歌詞そのままの情景が、目の前に広がるよう。
最後にうつむき、ゆっくりと上に手を差し上げた。
もともとの演出にはなかったが、実に効果的である。
しばらく歓声も拍手も起こらない。
次第に、ちらほらと拍手が聞こえ、やがて渦のような音に変わった。
「やってくれたわね、メイシャ……」
それは、まさに一つの演劇のようだった。日常から離れ、この小さなステージ上で繰り広げられる圧縮された物語。メイシャの世界が存分に展開されていた。
「え~ん、先生、すっごく緊張したぁ~」
ステージ袖に戻ったメイシャは可愛らしい声で言った。ウソつけっと思ったが、抱きしめた肩は微かに震えていた。彼女も全力で頑張ったのね。
そして最後は、わたし。
メイシャがあれだけやっちゃったので、もう必要ないかもしれないわ。
観客も、もうお腹いっぱいって顔してる。
「今日は皆さま、楽しんでいただけましたでしょうか?」
席からは「イエーイ」という声。そして拍手。
「これからもゴードンレストランでは、ステージを企画して参ります。もしお時間がございましたら、ぜひ、またお立ち寄りください!」
ステージそばにいるみんなに目配せをする。
「グリーンマーメイド乙女隊~っ!」
驚いたように、指で「わたし?」とジェスチャーをしていた。手招きする。
また拍手が起きた。
「レイナちゃん~っ! そして、メイシャちゃん!」
ステージ上に、今日の出演メンバーが勢ぞろいした。
「最後に一曲、みなさまと一緒に歌いましょう!」
予定していたのは三曲だったが、一曲にした。誰もが知っている定番曲。
メインのボーカルは私が受け持ったが、観客も含めて全員で歌う。
「ありがとうござました。またお会いしましょう!」
こうして、初めてのステージは、成功裏に終わった。
第4章「初めてのステージ」完結です。
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