第51話 初めてのステージ グリーンマーメイド乙女隊
「ううう、またおしっこ行ってくる~」
最初の乙女隊。相当、緊張しているようね。無理もないけど。
さっきから、入れ替わり立ち代わり、トイレに行っている。
そろそろ時間。
ゴードンレストランは満員だ。レストランなのに、急遽、立ち見まで用意した。部屋の隅に、置けるだけの椅子を置き、ステージの間だけ入場してもらうことにしている。
仮装をしている人も多い。王立楽団並みの人気だった。
ハンサムボーイズはすでにスタンバイ済みだ。
もちろん、ジュゲンさんもすでにカサーマに座っている。その姿を見て、「おお」とか「まぁ」とか感嘆符付きの反応がところどころで起こっていた。
フェルドさんは、魔王のマスクを被っている。気に入ったのかもしれないわね。尻尾もちゃんとつけているが、前回とは違って、ゴム製のしっかりしたものだ。特注したのかもしれない。
カズくんはちょっと緊張気味かな。ヒロさんはニヤニヤしていた。
「今日、こうしてまたステージを開くことが出来ました。それもこれも、ひとえに皆様のおかげでして。ステージが開けて嬉しいです。皆様のおかげです。私としても、こんなに満員のお客様に来ていただき……」
ゴードンさんが最初に挨拶に立った。相当緊張しているみたいね。
顔中が汗まみれ。ハンカチで何度も吹きながら、同じような内容を何度も繰り返していた。
仕舞には「いいから早くやれ~」「待ちくたびれたぞ~」という声が出る始末。
「そ、それでは最初に、グリーンマーメイド乙女隊ですー。どうぞー!」
楽屋裏。乙女隊の面々は、すっかり顔が引きつっていた。
ゴードンさんの緊張した声で、さらにガチガチに硬くなっているようだった。
「い、行かなきゃね」
「そ、そうよね。頑張らなきゃっ!」
普段おとなしいエリちゃんなど、さっきから顔が真っ青で、一言も喋っていない。
「みんなー、こっち来て!」
私は乙女隊に声を掛けた。
「いい? みんなのこと、こんなに大勢の人が見に来てくれたのよ。期待してるのね」
「うわああん、先生、もう、パニック! どうしよう!!」とキョンちゃんが言う。
「三人とも、あれだけ一生懸命に練習してきたじゃない! きっと、苦しいこともあったわよね。いいとこ、悪いとこ含めて全部、乙女隊なの。ありのままでいいから。やってきたことは間違いじゃない! 胸張って、堂々と行ってらっしゃい!!」
三人の背中を一人ずつ、力を込めてドンと叩く。
「はいっ!」
前世、わたしも最初のステージで緊張した。その時に、トレーナーの人から言われた言葉を、アレンジを加えて伝えてみた。後でトレーナーに聞いた話だが、こんな意図だったそうだ。
最初に、一番恐いと思っていることを的確に話す。頭の中で、なんだかわからないけど恐い、って思っていたこと。それを言葉にして聞くことで、なにを恐がっているのかが明確になる。胸がこれ以上ないほど締め付けられる。
その後で、今までやってきたことを伝え、どうしたらいいかを示してやる。
極限まで緊張した後は、開き直る気持ちになるという。そして『なにをすればいいか』がわかれば、落ち着いてくる。最後に、体を叩いてやれば、戦闘準備は完了だ。
乙女隊がステージに向かうとき、パラパラと拍手が聞こえた。
「チーちゃんですっ!」
「キョンちゃんですっ!」
「エリですっ!」
「わたしたち、グリーンマーメイド乙女隊ですーっ! いっくよ~!!」
ヒロさんのカウントが始まった。
メインボーカルは、一番歌がうまくて、しっかり者のチーちゃん。乙女隊のリーダーでもある。お姉さんキャラで、ここまでみんなを良く引っ張ってきてくれた。
キョンちゃんはお喋りが大好きで、気分屋。そんなキョンちゃんをなだめたり叱ったりしながら、チーちゃんが彼女の元気で明るいところを、いつも引き出していた。
エリちゃんは、おとなしくて、物覚えも悪い。時折、妙な突っ込みをしてメンバーをドン引きさせることもあった。辛抱強く、何時間でも付き合ってあげたのもチーちゃんだ。
もちろん、今がスタート。終わりじゃない。
でも、今までやってきたこと、全部出して欲しい!
最初はみんな黙って椅子に座っていた。
部屋の隅に用意された立見席の人。「Yeah!」と掛け声を入れて立ち上がった。
釣られるようにして、その隣の人、またその隣の人が立ち上がる。
テーブルに着いていた人のなかには、何事かと振り返って見ている人もいた。
今まで私のステージでは、みなが一緒に口ずさむ、立ち上がるということは起きていたが、掛け声が飛ぶということはなかった。
こちらの世界に来て、初めての光景かもしれない。
乙女隊のみんなも、声援に押されたかのように、いつも以上に踊りが軽やかだ。
汗が跳ね、リズムが躍動する。
エリちゃんが途中、転んだ。すかさず客席から「ガンバレー!」と声がかかる。
チーちゃんが手を差し伸べて、立たせた。
そして二人は、顔を見合わせて笑った。
楽しい。とっても楽しいステージだ!
「次はレイナちゃんですー!」とキョンちゃんが叫ぶ。
最後の曲が終わった時は、拍手よりも、歓声の方が大きかった。
「乙女隊、ばんざい~!」
そんな声も聞こえてきた。
私はステージ袖に戻ってきたみんなを、ぎゅーっと抱きしめた。
「本当によくやったわ! まだみんなの声が聞こえるわよ!」
乙女隊はみんな、泣いていた。やり切ったという解放感の涙だ。頭をこすり合わせるようにして、しばらく号泣していた。
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