第45話 ハンサムボーイズ
「そうかのぉ。わしには実に楽しく聞こえるがのぉ」
「おいおい、じいさん。ボケてんのか? これのどこが音楽だっつうんだよ」
ジュゲンさんの言葉に、フェルドさんが突っかかっていた。
「たしかにわしゃ、じいさんだが……」
フェルドさんは、さらに何か言おうとして、「うっ」という声を上げた。
「じじい、もしかして?」
「ただのじじいじゃが、耳はボケとらんわい」
しばらくフェルドさんはジュゲンさんの顔をじっと見ていた。
「すまん、洗面所貸してもらうぞ。顔洗ってくる」
フェルドさんはそう言って、セルを床に置いた。
亀三人娘の一人、チーちゃんが楽屋裏に鼻を押さえながら連れていく。相当、酒臭いんだなー。
戻ってきた時も赤ら顔だったが、目つきはハッキリしていた。
「戻ったところで、さて、再開しようかのぉ」
ジュゲンさんが言う。
「ちょっと待って、待って! とりあえず自己紹介も含めて、色々とご説明させてください」
私はそう言い、オーナーのゴードンさん、その娘のメイシャ、バンドリーダーのカズくん、そしてヒロさんと順に紹介していく。
一応、今のところはまだ、種族は隠すということで。
続いて歌手として、レイナ、亀三人娘を紹介した。
――最後にわたしだけど、なんて自己紹介したらいいのかしら……。
転生したとかは、もちろん隠すとして……。ま、ただの歌い手の一人、とでも言っときますか。
「新しく加入するジュゲンさんです」
そう言ったときに、「マジか」とフェルドさんが言った。
「どうかよろしくじゃ」
「そして、セルのフェルドさん」
「遅れて申し訳ない。喋るのは苦手なんで、音楽で話そうか」
遅れてきたことを詫びるって、まぁ、当り前ではあるんだけど、さっきまでとは態度が変わったわね。
ジュゲンさんがいるってことが、やっぱり大きいのでしょう。
やはり元王立楽団バンドマスター。知らぬ人がいるはずもない。
「さっきのが音楽だって、どういうこっちゃ?」
「弾いててわからんかの?」
またフェルドさんとジュゲンさんとで言い争いになりそうだ。
「ちょ、ちょっと待って」
悪い演奏じゃないはず。
そういえば前に、カズくんも弾いているときは首をかしげてたわ。演奏を録って聞かせたら納得したのよね。
「みなさんの演奏を録音するので、聞いてみてほしいのだけど」
ジュゲンさんもフェルドさんも、私の言葉の意味が分からないようだった。
石板の説明をする。
「ほぉー、時代の進歩じゃのぉ。すごいもんだ!」とジュゲンさんがしきりに驚いていた。
いきなりリハーサルが始まっちゃったので、すっかり忘れてたわ。
せっかく録音できるのだから、出来るだけ回しておこうっと。
ん? 亀三人娘、とても顔が強張っているわ。
アンディさんの事件を引きずってるのは、私だけじゃないのでしょうね。
声だけでも掛けとこう。
「いつも通りでいいから、楽しく歌って!」
「はいっ!」
私の言葉に大きく返事をした。
「今度はなにがあっても途中で止めないでね」
再び演奏を始める。
――気持ちのいい音楽だ。
最後に、奏者全員がロングトーンで締める。演奏が終わった。
フェルドさんはまだ、いぶかしげな顔をしている。
私は石板を床に置き、再生させた。
フェルドさんは相変わらず怪訝そうだったが、「これはこれで。うーん、なんかいいかもしれない」とつぶやいた。
ステージやリハーサルでの報酬額を話す。
今日のリハーサルにも報酬が出ることを話すと、フェルドさんが「マジか」と言った。本番でないと貰えないと思っていたらしい。
緊張した面持ちで「遅刻した分は差し引きます」とフェルドさんの顔を見ながらメイシャが言う。
また、「マジか」とフェルドさんは言った。
「本番のステージって、いつくらいから出来そうだろうなぁ」
ゴードンさんが気の早いことを言う。
もう少しリハーサルを続けてみないと、と思ったが、早くやりたいのぉ、とジュゲンさんがカズくんの顔を見ながら言った。
「あ、明日とかどうです?」
勢いに押されたか、カズくんが突拍子もないことをいう。
いやいや、チケットも売らないといけないので、とゴードンさんにたしなめられていた。
初ステージは二週間後、ということに決まった。
「ねぇ、ところでバンド名どうする?」
私の言っている意味がみんなには通じなかったようだ。
不思議はない。
今まで「バンド」というもの自体が存在していなかったし、レストランでは「曲を演奏します」くらいしか書いてなかった。
『王立楽団』みたいな感じで名前をつけるのよ話したら、カズくんが恐れ多い! と言った。
――いや、単なるバンド名よ、バンド名。
「歌―メイシャ、演奏―なんとか、みたいな感じで看板に書くのよ」と言ったら、ようやく意味が伝わったようだ。
「ゴードン楽団でいいんじゃないか?」
「いやいや、私は演奏しないし」
「んじゃ、カズ楽団で」
「僕の名前、そんなに出されると恥ずかしいです。ジュゲン楽団では?」
「わしゃ、ただのメンバーじゃ!」
「ハイパー・マッスル・オールスター・バンドってどうだ?」
「長すぎる! しかもマッスルってなにっ?」
なんか、みんな楽しそう!
フェルドさんも、すっかり夢中になってるし!
「ねぇねぇ。あくまで主役は歌手なので、控えめなんだけど、ちょっと洒落っ気のある名前がいいんじゃないかと」
私は言いながら、みんなの顔を見渡した。
みんな男だし、カズくんがリーダーだし……。
「そうだ、ハンサムボーイズってのはどう?」
「ハンサムボーイズ?」
「うおっほっほ、わしがハンサムボーイズか! なかなか洒落とる」
「いいんじゃない?」
「ちと気恥ずかしいが、確かにトンチは効いてるかもしれん」
こうしてバンド名は、ハンサムボーイズに決まった。
最後に、演奏する予定の曲リストを配る。
「ああ、そうじゃ! 明日の王立楽団の演奏会、行くものはおらんか?」
ジュゲンさんが言った。
近年のモンスター襲撃増加について話し合うため、隣国のアステラ国から国王自らがやって来るという。今回の王立楽団の演奏会は、来訪に伴い、その初日に開催されるというセレモニーだそうだ。
ルネボレー王国の楽団は、世界的にも有名なのだとのこと。
毎回チケットはなかなか手に入らず、裏で高値で取引されているという噂もあるほど。なかなかおいそれと見に行けるものではない。
「いきたいです!」
真っ先に言ったのがカズくんだった。ヒロさんも見に行きたいという。ダンテ君の晴れ姿を見たいわよね。
メイシャも亀三人娘も行きたいと言った。ゴードンさんまでも……。
「それじゃ、明日のリハーサルはお休みにするしかないわね」
メイシャの言葉に、フェルドさんが恥ずかしそうな顔をしながら言った。
「えっと、リハーサルが中止になるとしたら、その分のお金もらえっかな?」
どうもフェルドさんは、ひどくお金に困っているらしい。
メイシャに「出しませんよ」と言われてちょっと落ち込んでいた。
「ここにおる全員でよいのかのぉ。了解じゃ」
プラチナチケットだと聞いたので、この人数でも大丈夫なのかと心配になったが、ジュゲンさんはこともなげに言った。
「あんたも来なされ」とフェルドさんにも言う。
「仕方ねぇな」と口では言っていたが、どこか嬉しそうな顔をしていた。
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