第41話 魔族の歴史
「昨日……いや、国を襲っただことは、本当に申し訳なかっただ」
姫と二日酔いのジャンさんと共に、魔王の家の居間にいた。
人や亀には少し冷えるでしょう、とストーブをつけてくれる。
目の前には二人の魔族がいた。まったく同じ背格好をしていて見分けがつかない。やっぱり他の魔族と同じようなヒッピースタイルである。
「おらが魔王の第二子プリンシペ、こちらが第三子のフェリペだす。魔族で唯一の頭脳だぁ」
よくよく見てみると、少し若い感じはするが、確かに魔王に顔が似ている。
「おらたち二人を除いて、誰も疑うことを知らんのだす。魔族は代々、二人だけしか疑う心を持たない種族と決まっているようなのだぁ」
――二人以上は疑う心を持てないということ? 呪いのようなものかしら……。
「おらとプリンシペがたまたま下界の視察に行っている間に、使者と名乗る者が来て、亀の国の王族が悪だと吹き込まれただ」
「あなた方がいなかったから、みんなは全部そのまま信じちゃったってこと?」
「んだ。おらたちが戻った時はもう、すっかり滅ぼし終わってただ。なんとお詫びしてよいだか……」
プリンシペとフェリペは全く同じ顔で表情を歪めた。
「二人しか疑う心を持てない、ってどういうこと?」
「わかんねぇだ……。おらたち二人が色んな所へ行って、なぜなのかを探し回っているだ。もっとも、他にもわからんことが一杯あるだ」
魔族の中に魔王と呼ばれる家系があり、必ずその長男が魔王となること。
ただし長男は絶対に『疑うことのできない者』となり、次男三男だけが『疑う者』となるということ。
『疑う者』以外は、二十四時間以上、魔界の外にいると命を失うということ。
……魔族に伝わる神話や資料などの記述だけでなく、実際に経験もしており、必ずそのようになると言った。
「中でも一番困ってることなんだぁが……数が変わらないということだぁ」
プリンシペさんによれば、魔族の寿命は30万年ほどだが、誰かが死んだ時に初めて子供が生まれるのだという。そのため人口が増えも減りもしない。
ただし、今後もその状況が続くとは限らない。
歯車が狂い、減り続けるだけになりはしないか、危惧していた。
「そして最後の謎が、なんで空の隅っこに追いやられているかだぁ」
――そういえば、半年に一度だけ開くという穴から入ったわね。
「入り口のこともやっぱり、謎なの?」
「出入口のことだぁな。毎日必ずどこかで開くだ。それぞれ開く場所は決まっててるだが、まぁ、なんでと言われると確かにわかんねぇだ」
これらの謎については、魔族では代々『疑う者』が少なくとも80億年以上もかけて解明しようとしてきたが、一切わからないという。は……80億?!
「呪いということはないかしら?」
「可能性はあるだ。『悪魔』あるいは『神』と呼ばれているものが恐らく魔族なのではというところまでは見当ついて、呪いのたぐいは解除しようとしているだ」
魔族界に現存する資料と、様々な種族での神話、神の目撃情報や悪魔との闘いなどを照らし合わせると、ぴったり一致するものがあるという。
――神も悪魔も魔族というのは驚いたわね。
神話に書かれた呪いなどのうち、明らかに魔族に関わると思われるものについては、なんとか解除する方法を見つけて、これまでにいくつかやってみたらしい。
だが、まだ一つとして成果は表れていないという。
また、他種族の神話や記録の中には、魔族と関係あるかハッキリしないものがあるとも言った。
「魔族とは別の神や悪魔と呼ばれる種族がいるだも知れんし、全くの作り話かもしれねぇだぁ」
そこが謎の解明を難しくさせているらしい。
魔族以外にかけられた呪いを解除することで、この世に別の災いが起こりかねない。
気の遠くなるような歳月、何世代もの申し送りで確証を得て、解除方法を探し、試みてきたことこそが、魔族の歴史だと言った。
「80億年以上もかけてわかんないなら、わかんないんじゃない?」
それまで全く口を挟まなかったトータ姫が、両手を挙げて降参という格好をしながら言った。
「だって、私たちだって、なんで生まれてきて死んでいくのか分からないけども『そういうもの』として受け取るしかないし。誰もそんなこと疑わないわよ」
フェリペさんは「なるほど、そうかもしれない」と言いつつも、疑う者の宿命として、答えを探し続けなければならないと言った。
「そんな詰まんないことよりも、はっきりさせたいことがある……。わたしをトータス・ゴッデスに変えたのは、あなたたちじゃないの?!」
詰まらない、というのは言いすぎかと思ったが、姫にとっては、変身させられたことの方が確かに一大事ではあるだろう。しかし……。
「おらたちじゃないだ。そんな力はないだ。きっと、フェアリーだぁなぁ。そっただこと出来るの、他にはトレント族くらいしかないだが、今は力がなくなっとるだぁて」
「フェアリーですって? ばかな!」
フェアリーというのは豊穣の神で、草木を成長させる生き物だと姫は言った。
プリンシペさんは「それも間違いではない」と言い、いたずらをすることを『食事』とする種族であり、花を開かせたりすることも、いたずらの一種だと話してくれた。
「いたずら好きって……まるでピクシーじゃない」
「ピクシーとも呼ぶ者もいるようだぁな。同じだぁな」
「ややこしい話ばかりで……頭が回らん。しっかし、その訛り、なんとかならんか? 余計に頭が痛くなる」
気持ち悪そうな顔をしながらジャンさんが言う。
「なーに言ってっだ。訛りヒドイのはそっちだぁて」
「もー! どちらが訛ってるかなんて、今はどうでもいいことじゃない。それぞれ普通だと思ってるだけでしょ! それよりピクシーよ、ピクシー!」
姫の言うことはもちろんだった。
またいつトータス・ゴッデスにされるかわからない、ということの方が重要だ。
だが、たしかに、自分たちがいつも話している喋り方を『普通』と思い込んでしまう、というのも鋭い指摘だと思った。
さすが、姫。こういうところは実にさらりと頭が回る。
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