第36話 Groovy
「いやいや、なんでも二か月後に演奏会が決まったそうです。それに集中したいとのことでした。なので、一週間に一回だけ来てほしいと」
ちょっとホッとした。
さらにヒロさんはダンテ君とのことを話し始めた。
「あれから先生の行くところどこでもついてったんすよ。そしたらね、言われちゃったんです、『下手なのに、どうしてそんなに熱心なんですか』って」
頭を掻きながらヒロさんは豪快に笑った。
「それがきっかけで、色んなことをお互いに喋るようになりましたよ。
生まれて間もなくから親にドラムを始めさせられたこととか、上手くできなかった時にはご飯食べさせてもらえなかったとか」
――ダンテ君の家は英才教育なのよね、確か。
「で、いつも間違わないようにって心がけていたそうです。
そのうち実際に失敗することもなくなっていったのですが、それからというもの、またいつか間違うんじゃないか、失敗するんじゃないかって恐ろしくて仕方がないって話してくれましたよ」
「それで、ヒロさんはなんて言ったの?」
「大工仕事しか知らないもんだから大したことは言えんですけど……。
たとえば家を建てるとなったらね、そりゃ失敗できんのです。なにがあっても失敗できんのです。
しかも、ひとりだけでは完成出来んので、多くの人と一緒になって作らんとならんですが、ほかのヤツがやらかしてたりもする。だからってそいつのせいにして知らんとも言えん……」
「責任ってことよね」
「そうっす。そりゃもう、毎回ヒヤヒヤもんでね。ぶどうジュース飲んで酔っ払って忘れたいときも多いっすよ。それでノンベぇになっちゃった」
ヒロさんはまた、がっはっはと笑った。
すぐに険しい顔つきになり続けた。
「よく、失敗してもいいから挑戦しろという人がいるけども、あっしに言わせりゃ、適当なこと言うなって」
――たしかに。やってみよう、で命に関わるなら大変なことよね。
「でも恐い恐いで、なんもやらんと新しい家は建たん。
しかも失敗しないようにってんで、上手くいった建物と同じように作ろうとしても、それもダメ。
どんなに同じように見えても、建物っつうのは一つとして同じじゃないんです。どこに建てられるか、どんな場所か、そういう細かいところでちょっとずつ変えなきゃならんのですよ。
加えて、住む人の好みもありますしね」
「今まで以上の良いものを作りたいっていう気持ちもあるでしょ?」
「そりゃ、もちろん!
で……ある時、細かな失敗ばかりが続いたことがあったんす。ずっと気は付けていたんですが。幸い大事には至らんかったでけども。その時に思ったんでさぁ。
どう頑張ったって間違うんだと……。
いや、失敗してもいいやってことはねぇす。ただ、終わるまでに直しときゃいいやってな具合で考えた方がいいんじゃねぇかと」
「完成するまでに、完璧に出来てればいいってことかしら?」
「そうっすね。
ただ……、なかなか自分でやったことって、間違っているのに気づかないもんでねぇ。
それまでは任されたものは独りでやらねばって思ったんだけど、失敗するって前提で周りの奴にも見てもらおうと。
若いヤツに指摘されるとカーっときたりしたけども、そんなこと気にせんで、言ってくれてありがとうって。
そやって、ひとりじゃないって思ったら、仲間をもっと信頼できるようになっていったし、少しだけ楽になったし、どんどんやってやれって気分にもなってきたんす」
「それは……素敵な考え方ね」
「いや、あんまりこんな話、したことないんで照れるんだけども……。
まぁ、てな話をしたりね。
先生んとこは、やれってことの以上でも以下でもダメのようだから、なかなかそうもいかんらしいですけども」
「演奏で求められたことより良くても悪くても許されないってこと?」
「そういうことらしいっすね。まぁ、そいつぁ厳しい世界だなぁと。
……あとは女の子の話とかも」
「あのダンテくんが女の子のこと?」
「そりゃぁ、男の子っすからね。まぁ、相変わらず顔見て話さんので、そっからだよーとは言いましたけども」
また、ヒロさんががっはっはと笑った。
そのあと亀の国に行き、ヒロさんは初めてお参りをした。
とんぼ返りで戻ってくる。
水の中だと叩けないので、こっちで練習を続けたいそうだ。
レストランは今日は休み。カズくんは女の子たちと一緒に練習をしていた。
私の姿を見つけるなり寄ってきて、この曲どうですかと言ってきた。
――例の、勇敢な妻の曲だ。
メイシャも、「すごいいいです、まだ難しくて歌えないですが」と私に言った。
聞かせて欲しいと言おうとして、ちょっとひらめいた。
「ヒロさん、一緒にドラム叩いてみてよ」
「いきなりっすか?」
「もちろん、聞いたこともない曲だから、ちゃんと叩けなくていいんで」
「やってみるかー」というヒロさんの一言で、カズ君がアンデロを奏で、メイシャが歌い始めた。
……。
…………!
すごくいい!
ヒロさんはいきなりなので、ちょっと変なところもあったけど、リズムは完璧だ。いや、完璧と言うか……。
カッコいい!
途中で私もイエーイ! って叫んじゃったくらい。
亀三人娘もヘドバンしながら踊っていた。
ギターとかピアノとか入っていないからかな? なにか足らないところがあるような気もするのだけど、曲がすごくいい。
ただ、カズくんが演奏中、何度か首をかしげながらやっていたの。
ヒロさんもその姿を見ていたのでしょうね。演奏が終わって、「すんません、まだまだ下手なもんで」としきりに謝っていた。
「そんなことないよぉ、めっちゃノリノリ!」
そう私が興奮しながら言ったが、カズくんは不思議そうな顔を崩さない。
「なんかこう、噛み合ってない気がしたんですけども……」
「すんません、すんません」
カズくんの言葉に、さらにヒロさんは頭を下げまくる。
「そんなことないよぉ」
「そうですよー! 歌ってて気持ちよかったです!」
私とメイシャが言うが、カズくんはまだ納得しないようだった。
「いえ、細かいところがどうのというより、なんとなく全体的に合ってない気がしたんですよね」
ヒロさんも「確かに。なんとなくですがあっしも感じていました」と言う。
――もうー! そんなことないってのにー!
かといって、やってる本人たちに、演奏したのを聞かせられないし……。
「聞いてもらえばわかるんだけどなぁ」と私はぼやくように言った。
亀三人娘の一人、キョンちゃんが、ふとなにか思いついたかのように『ちょっと待ってて』と言って、部屋を出て行く。
平らな石を手に持ってすぐに戻ってきた。石にはなにやら変な模様が刻んである。
亀たちはそれがなにかを知っているようで、なつかしぃーとか言っている。
「これって子供のオモチャなんですけど、魔力を込めると、ほんの一瞬、言葉とかを繰り返してくれるんです」
「繰り返す?」
「うーんっと、やってみた方が早そうですね」
そう言って、石を口の前に持っていき、「キョンでーっす!」と言った。
そのあと床の上に置き、ポンポンと石を叩く。
「キョンでーっす!」
石から声が聞こえた。
――これって録音ってことかしら。
「普通だとこのくらいの長さしかダメないんだけど、魔力のある亀だと、もっと長くもいけます。ということは……」
――もしかして、わたしなら一曲分くらい録音できるかもしれない!
私はその石を持って、魔力を込めた。石がピカッと光る。
「演奏してみて!」
私の言葉で三人が曲をはじめた。
やっぱり、いい演奏だと思う。
演奏が終わって、わたしは力を抜いた。光が消えていく。
床に置いて、ぽんぽんと叩く。
「演奏してみて!」
――あ、私の声が最初に入っちゃってる……。
そして演奏が始まった。
「あ……れ? なんか変な感じはするんですけど、いいですね!」
ヒロさんが言った。
「なんだか今まで聞いてきた音楽と違う感じですけど、確かに気持ちいですね。なんか変な感じもしますが」とカズくんも、不思議そうな顔を崩さず言った。
「変じゃないよぉ! やっぱりカッコいいよ!」
私もメイシャも言った。
――そういえば、前の世界でこんな石板を見たことがあったな……。
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