第34話 やめたい
一週間ほどして、こっそり……といきたかったのだが、そういうわけにもいかず、門から堂々と入ってヒロさんを訪ねた。
「王様は残念ながらお忙しく、しばらくお待たせすることになりますが」
と言われたので、今日は王様に会いに来たわけではないので大丈夫ですよと伝えた。
「どう、ヒロさん?」
「うーん、どうって言ってもですねぇ……」
うまくいってないのかな? あんまり顔色がよくない。
「『さあ、やってください』と『ダメです、もう一回』しか言われないんすよね。こっちは初心者なんだから、もうちょっと教えてくれてもいいだろうに」
「そうですか……」
あの子じゃダメなのかなぁ。誰かを教えたことなんてないだろうし。
「あ、そろそろレッスンの時間なんで」
とヒロさんが言った。
「ね、ちょっと隠れて見ててもいい? バレないようにするから」
あたしはそう言って、後ろの方にあった机の陰に隠れた。
ほどなく扉ががらっと開いて、ダンテ君が入ってくる。
やっぱりずっと斜めを向いててヒロさんの顔は見ていない。
いきなりメトロノームを動かし1小節分ほど鳴らして止めた後、おもむろにドラムを叩き出した。
……なにこれ?
……すごい!
たった2小節叩いただけだが、さきほどのメトロノームと寸分たがわずリズムを刻んでいる。
いや、それ以上に驚いたのは、音程のないドラムのはずなのに、音の強弱だけでまるでメロディが聞こえてくるかのようだ。ううん、強弱だけじゃない。叩き方も微妙に変えて音色も変わっている。
「さあ、やってください」
ダンテ君が言う。ヒロさんがドタバタとドラムを叩く。あちゃー、来た時と全くかわらない。上手くなっていないや。
「ダメです、もう一回」
その言葉に再びヒロさんがドタドタとドラムを鳴らす。
「ダメです、もう一回」
延々と繰り返された。ヒロさんはすっかり汗だくになっている。
決して手を抜いてはいないのは、さすがヒロさん。
しかし、何度やっても上手くなるどころか、疲れてきたためか、リズムも余計にヨレてきているようだ。
あれ……ヒロさんのドラムセット……?
わたしはあることに気づいた。
「今日はここまでにします。お疲れ様でした」
ダンテ君がそう言うと、また顔も見ずに部屋を出て行った。
「ありがとうございました!」
ヒロさんの大声が宙に浮いていた。
今日は久しぶりに、みんなのところへ戻ることになっている。
わたしはヒロさんを抱えて町の少し外れのところで降ろした。
ウサギの被り物を脱いで、ここから歩いて町の入り口まで行き、家まで帰る。
空を飛んだりするところ見られては困るからね。
ヒロさんは筋肉痛のようで、ヨタヨタと歩く。
「ごめんね、歩かせちゃって」
「いえいえ、なんのこれしき。大工仕事に比べりゃ屁でもねえ」
そう言って胸を叩き、イテテテと言った。
久しぶりの帰宅ということで、いつもより豪華な食事が用意されていた。今となってはもう厨房に立たないゴードンさんが、久しぶりに作ってくれたようだ。
美味しい! カメの宮廷料理もいいけど、ゴードンさんの料理はやはり素晴らしい。
「どうなの、ちょっと叩いてみてよ」と亀たちが口々に言うが、
「しばらくぶりに戻ってきたんで、ドラム抜きでのんびりさせてくれよぉ」
ヒロさんはそう言って叩こうとはしなかった。
まぁ、上手くなっていないのは、自分が一番わかっているのでしょうね。
がっはがっはと、いつものようにヒロさんは笑っていたが、なにかちょっと無理しているようにも見えた。
すっかりみんなが寝静まった後、ヒロさんがわたしを呼びに来た。
すっかり落ち込んだ顔をしている。
「すんません。もう、ちょっと、その。やめたくなっちゃいました」
なんとなく、そう言いだすのではないかと思っていた。責任感の強い人だから、なおさら辛いのだろうとも思った。
「いくら毎日やっても、うまくならないんじゃないかって」
「うーん……」
としかわたしは言えなかった。
「みんなが褒めてくれるもんだから、つい調子に乗っちゃったんですかねぇ。とてもとても出来るもんじゃねぇっす」
「ところでヒロさん、あれって、毎回違うフレーズなの?」
「あれっていうのは?」
「練習してたやつですよ。ダンテ君が叩いていたやつ」
「ああ、一週間、ずっとあればかりです」
「楽譜とかあります?」
「いえ、全く。最初はどこ叩いていいのかもわからないし、なかなか覚えられもしませんでしたよ。三日目くらいからなんとかわかるようになってきたんですけど。
ひどいんすよ、それまでと変わらず『ダメです、もう一回』って。こう『ちょっと覚えましたよね』くらい言ってくれてもいいんじゃないかと」
楽譜などもなしにあれを覚えたっていうのは凄いことだ。なんといっても、まだまだ初心者だしね。もちろん、ダンテ君とは月とスッポンだけども。あ、いや、確かに亀だけど。
「あいつ、なんにも喋らないし、なに考えてるかもわからないし。きっと、自分の練習の時間を取りやがってくらいのこと考えてるんじゃないですかね」
ふうとため息をつきながらヒロさんは言った。
「なんでコイツまだいるんだよ、早くやめてくれないかな、みたいな感じがずっとしてて、さすがにもう限界っす」
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