第4話 アイドルになるために
「め……女神様?」
「そうだ、女神さまが降臨めされたのだ!」
兵士の間から口々に叫び声が聞こえる。
それって、わ・た・し?
「お待たせだニャ!」
ケットバシーの声が聞こえてきた。
私は周囲を見回したが、猫の姿はない。
「そこにはいないニャ。頭に直接話しかけてるニャ」
なるほど。
「困ったことがあったニャン?」
……いや、もうとっくに片付いています。
色々あったけども……。
「んじゃ、忙しいからまただニャ」
あ……、えと……。
お疲れさまです……。
そういえば、戦闘に関してチート能力をつけたって言ってたわね。
こういうことなのかしらん……。
だったら、小屋で閉じ込められた時にも、幾らでも逃げられたじゃない。
電気製品でもなんでも取扱説明書って読んだことなかったけど、こういう時には必要ね……。
「今までのご無礼、まことに申し訳ございません、女神様。
ぜひとも町でお礼をしたく。
もしお許し願えれば、お立ち寄りいただけないでしょうか」
ガザントがひざまずきながら言う。
う……。
どうしたらいいかわからず、とにかく私は微笑んでみた。
苦笑いに近かったかもしれない。
あ、驚いた拍子に巻いてあったシーツ、落ちちゃってるじゃないの……。
はずかし……。
でも兵士たちは全く気にも留めていないようだった。
女神って、色んな絵を見るとたしかに裸よね。
そういうものなのかしらん。
私は慌ててシーツを体に巻いた。
「おおおおおおおお」
「女神さまは、町に来てくださると!」
「祝いだ、祝いの準備だ!」
兵士たちの声が響く。
ガザンドを先頭に、導かれるようにして町のゲートをくぐった。
「ここはメヒスキの町と申します。
このところモンスターに何度も襲われており、すっかり疲弊しておりますが、美しい町だとは自負しております」
ガザンドの言う通りだ。
きちんと区画整理され、レンガ造りの西洋風の建物が並んでいる。
目抜き通りの左右には等間隔で樹木が植えられていた。
今は冬。葉は落ちており、少々寒々としているように見えるが、きっと春になれば一斉に芽吹くのだろう。
緑豊かな町。巨大な公園の中に作られた町という感じがする。
正面には少し大きめの建物がある。
どうやら、ここがカザンドの家らしい。
招き入れられた。
エントランスは広く、まるで小さなホテルのようだった。
正面に大きな階段がある。
階段を昇ると、大きな観音開きの扉があった。
扉が開け放たれる。そこは大きなホールのようになっていた。
奥の方には一段高く、ステージのようなものが設けられていた。
広間には机が幾つも並べられ、多くの人が座っている。
ただし、人々の顔は、どれも疲れきっていた。
隅には、傷を負って寝ている男たちの姿も見えた。
「この部屋は、普段は他国の要人などを招きパーティーをやっておりました。
しかしモンスターが何度も押し寄せてくるために、今は作戦会議室となっております。
ほらほら、机を片付けて。
今日くらいは町中のみんな! 楽しもう」
ガザントの声に女中と思われる女性や、傷ついた男性たちが動く。
疲れた顔をしているが、それぞれの顔には笑みがこぼれていた。
「とりあえず何か着るものを……」
私が言うと、ガザントが若い女中を手配し、私はさらに上の階にある衣装部屋に連れていかれた。
クローゼットには何着もの高価そうな服が掛けられている。
好きに使って良いと言い、女中は部屋から出ていく。
部屋の隅に、大きな鏡が置かれている。
そこで私の姿を見た時、思わず息を呑んだ。
――かわいい……!
まさに「理想」という言葉は、このためにあるのではないかと思われるほどだった。
ごめん、『わたし』……。
まず最初に出てきたのは、自分自身に謝る言葉だった。
捕らえられていた小屋で考えたことの数々。
なんて下卑た考え方だったんでしょう……。
自分が情けなく思えてしまった。
あ、ガザンドのことも……。
大雪の中、寒かっただろ言うという言葉も、一休みしていけという言葉も、よくよく考えてみれば下心などではなく、本当に心配してくれていただけのような気もしてきた。
今までオバサンアイドルという荒波に、変に揉まれすぎていたのかもしれない……。
もちろん、それで助けられたことは幾度となくある。
体を使わねば、取れぬ仕事。
体を使っても取れなければ、裏工作もした。
表通りを歩けないようにした人も、決して少なくはない。
容姿や若さで勝負できなければ、知恵を使うしかない。
しかも、正攻法じゃ勝てるわけもない。
そうしなければ、前へ進めなかったのだ。
よく美人は性格が悪いって言われるけど、ちょっと間違ってる気がする。
気持ちの余裕は、素直に物事を見ることにつながる。
もちろん、中途半端な美人なら『あんたよりあたしの方が綺麗よ』なんて考えるでしょうけど、一線超えたら、そういうことに気は回らなくなるのね。
容姿とかの見た目じゃなくて、その人の性格とかに考えが向く。
ああ、もしかしたらそういう考え方自体が、「性格が悪い」って言われるのかも。
本質が見えてしまうというのは、良いことばかりではないもの。
わたしは真っ青なドレスに袖を通した。
すらっとした身体によく似合っている。
扉の外では女中さんが待機していた。
「女神様……。か……かわいいです」
クリクリッとした大きな瞳を向けて、女中さんが言う。
ありがとう!
あなたの今の瞳、とっても綺麗だわ。
そういうと顔を真っ赤にして照れた。
すでに宴会は始まっており、実に騒がしかった。
「襲われ続けているため、最上のものは用意できませんでしたが、何卒ご容赦くださいませ」
ガザンドは言うが、町中のものが集められたのではないかと思う程、食事も酒も大量に用意された。
見慣れない食べ物が多かったが、どれも美味しい。
窓から外を見ると、地面に寝っ転がって、酒を飲んでいる者もいる。
歓喜の声が部屋の中からも、外からも聞こえてくる。
町の子供たちが、わたしの周りに集まってくる。
大きくなったらガザンド様みたいに強くなるんだ、という男の子。
髪に小さなリボンを結んで、質問攻めにしてくる女の子。
遠くから仲間に入りたそうに眺めている男の子。おいでと手で招くと恥ずかしそうに近寄ってきた。
一人一人の頭をなでてやる。満足そうな顔をしてにっこり笑った。
トータス・ゴッデスというモンスターは、普段は海の底に暮らしており、本来はおとなしい生き物だという。
ただし、怒らせると手がつけられなくなり、悪さをした者などがいれば、町ごと跡形もなく消滅させられるとのこと。
伝説級のモンスター。
しかし、なぜメヒスキの町が襲われたのか、誰もわからないようだ。
ただ、このところ各地で立て続けに様々なモンスターが暴れており、悪魔の王が復活するという噂がある。
その下準備だと。
これからのことを考えるとどうにも落ち着いてられん、という老人たちにカザンドは、「よくないことをが続いているが、今日くらいは忘れて楽しもう!」と声を掛けて回ってもいる。
女神さまが来てくれたので、世界は救われるとも。
女神と言われるとちょっと違和感があるのだけど、なにか皆のためになるようなことは出来ないかしら……?
そう、歌。
わたしには歌よね!
気づいたらステージの上に立っていた。
あ、なに歌おう?
著作権の問題とか……?
後々で色々と言われると困るわね。
あ、まだオバサンアイドルの時のことを引きずってるかしら。
いい曲だと思ってライブで歌っただけなのに、後で裁判沙汰になっちゃったのよね。
「こんなヤツに歌われたくはない」って、ひどい言い分だった。
……それで裁判にも負けちゃったんだから、信じられないわ。
今は大雪が降り続く冬……。
早く春になって、明るい陽射しとともに、平和が戻るといいわね。
あ、『春の小川』がいいんじゃないかしら。
小さな子もお年寄りも楽しめるような。
わたしは、歌い始めた。
騒いでいた部屋が、しんと静まる。
相変わらず酔っぱらって叫んでいる者を、隣の者がわたしの方を指さしながら口を押さえつける。
部屋は静寂になり、私の歌声だけが響く。
みなが、じっと聞き入っている。
明日からもしかしたら、またモンスターとの戦いの日々が待っているかもしれない。
今日だって多くの人が亡くなったそうだ。
死んだ者の家族だっているだろう。
わたしの歌が、少しの間でも悲しみや不安をかき消してくれるなら嬉しい。
――でも……。
わたしを見ながら手を合わせて拝むおばあちゃん。
涙ぐみながら何やら祈りの言葉をつぶやく者……。
ごめんなさい。
……ちょっと、違う。
わたしは、女神じゃなくて、アイドルになりたいの。
バカだって言われてもいい。
もっと身近な存在でありたいのよね。
一緒に歩いていけるような。
女神みたいに手の届かない存在じゃなく、崇められるようなものでもなく。
ダメなわたしを支えてもらって、支えてくれる人に元気をあげられたらいい。
あれ……?
かわいくて歌もダンスも上手いわたし……。
しかも伝説のモンスターを一撃で倒しちゃうわたし……。
あ、どうしよう。
――だめじゃん!
そう思った瞬間、わたしは開け放たれた窓から飛び降りていた。
いや、飛び降りたのではない。
飛んでいる。
遥か上空を飛んでいる。
唖然とした表情をしている町の人が見える。
私は手を振った。
町の人も手を振り返してきた。
もしなにかあったら助けよう。
それは必ず。
なぜなら私には力がある。
でも……。
アイドルになるには、力を隠さなきゃいけないわね……。
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