第3話 トータス・ゴッデス
その時、バタンという大きな音がして入り口の扉が開いた。
「盗賊め、こんなところに隠れていたのか!」
あらイケメン。
ツンと立った黄色い髪がイカしてるわね。
背中には身の丈ほどの大きな剣を背負っている。
素っ裸の大男と私の方を交互に見ている。
「取り込み中、失礼した」
ちょ、おーい……。
どう見たって襲われてるでしょうが! 手足が縛られてるのが目に入らないの? どんなプレイしてるっていうのよん、もう……。
呆れちゃってもう、言葉が出てこないじゃないの。
「む、違うな。やはり貴様は女をさらっているという盗賊の一味だな」
そうそう。……んー、ようやく状況が飲み込めたわ。
盗人が女を奪って、どこかに売りさばこうとしているわけね。
で、一旦この部屋にかくまっていると。
この大男は見張りとしてつけられた下っ端。
下っ端ってどうしてわかるかっていうと……、
大男のくせに床に腰を抜かして座り込んじゃってるのよね。
しかも漏らしちゃってるし……。
「こんな世紀末だ。あえて無益な殺生をする必要もないだろう。早々に立ち去れば、命は助けてやる。真っ当に生きるのだぞ」
大男は全く動かない。
「まだ歯向かうというのか? ならば切り捨てるぞ」
違うでしょーっ!
腰抜かして動けないだけよ……。
大男はその言葉を聞くと、ヘコヘコとおぼつかない足取りで小屋から逃げていった。
ああ、今回はこういう戦乱の時代なのね。
武士、というより、カッコを見る限りでは中世の貴族とかそういう感じかしら。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
イケメン君は私の方を見ずに、顔を真っ赤にして喋っている。
純情なのはいいんだけど、早いとこ手足を自由にして欲しいんだけどな……。
「助けていただき、ありがとうございます。
縛られている紐をほどいていただけると……」
「む、そうであるな!」
おいーっっっっ!
背中のでっかい剣を構えちゃだめー。そんなんで紐を切るつもり? 手足ごと切られちゃうわよ。
さっきの様子といい、イケメンだけど、あんまり頭脳はないようね……。
「これでは切れんな……」
そうでしょうね……。
イケメン君はポケットから小さなナイフを取り出した。
切ろうとして私の方を向くと、さらに顔が真っ赤になった。
おわっ、あぶね!
目をそらして刃物を振り回しちゃだめよ……。助けてくれたんだから、少しぐらい見られたって構わないわよ。
「じっと、力を入れたままナイフを持っていてください」
「む、これでいいか?」
相変わらず目を背けている。
持っているナイフに手の紐を当てて、ギリギリと手の紐を切る。
あ、うっすらと目を開けてるわね。
イケメンだったら堂々とすればいいのに……。ムッツリってのは、ちょっとガッカリしちゃったなぁ。
紐はすぐに切れた。あまり上等なものではなかったのだろう。
私はナイフを受け取り、足の紐も切った。
ムッツリスケベイケメン君は周りを見渡し、部屋の隅にあった毛布を放ってきた。
とりあえず体を包んだ。
「どなたかご存じありませんが、危ないところでしたね」
ムッツリ君がこちらを向いた。
「うっ……、まるでアマルダントの花のように可憐だ……」
アマルダントって何でしょうね、聞いたことないわ。
しかしまぁ、これで口説こうっていうのかしら。ちょっとベタすぎる……。
たいがいこういう後は、『寒くないですか』とか言って急に肩に手を回してきたりするのよね。
あるいは『この後ちょっと時間あるんだけど、オゴルから食事でもどう?』とかね。
頭の中ではもうアンアン言わせちゃってるのかしら。
ああ、やだやだ……。
ムッツリ君、もうちょっと女を勉強してからきてよね。
「寒くないですか? この後僕の家に連れていきますので、一休みされてはいかがでしょうか」
おっと、まさかの両方って……。
思わず吹き出しそうになっちゃったけども、助けてもらったし、あんまり失礼なことも出来ないわ。
でっかい剣で切り捨てられても困っちゃうし……ね……。
そんなことを考えていると、外から大声が聞こえてきた。
「ガザンド様、どこにいらっしゃいますか? 大変です、町が襲われてるんです!」
ムッツリ君はその声を聞くと急に立ち上がって小屋から飛び出していった。
ガザンドって名前なのね。
名前からするとハーフなのかしら。
たしかに、ちょっと外国人ぽい顔立ちはしていたもの。
ガザンドが再び扉を開け、入ってきた。
「お嬢様、町が大変なので大急ぎで向かいます。
しかし、ひとり残しておいて、また危険な目には遭わせられません」
そう言って私を背負うと、小屋に飛び出した。
あら、強引……。
そういうの、ちょっと悪くないわね。見直したかも……。
外は雪が降っていた。
ということは、あの大男は雪の中を裸で逃げてったってことかしら。
まぁ、あれだけの筋肉があれば寒くないかも……。
ガザンドを呼びに来た男は、少し幼い感じのする少年だった。
ガザンドの剣を、とても重そうに抱えている。
「さすが勇者様。盗賊を退治したのですね!」
少年は目を輝かせてガザンドに話しかけている。
ガザンドは何も言わず、黙々と歩いていた。
まぁ、きっと私の胸の感触でも背中で味わいながら、ピンク色の妄想の中にいるはずよ……。
「あいつです……」
小高い丘の上にたどり着き、視界が開ける。少年が遠く、下の方を指さした。
「ああ……まさか……」
ガザンドは崩れ落ちるように倒れこんだ。
私は地面に叩きつけられる。
いたっ……。
私の言葉にもガザンドは何も言葉を発しない。
「トータス・ゴッデス……奴が来るとは……」
視線の先にはとても大きな亀がいる。
子供向けの怪獣映画かなにかのように思えた。
町の前では、何人もの鎧を着こんだ兵士が防衛をしようとしているが、まるで歯が立たないようだ。
背丈は兵士の10倍ほどもあり、口から緑色の光線のようなものを吐きだしている。
光線を受けるたびに、2、3人がまとめて倒されてしまう。
次から次から人海戦術で防衛をしているが、亀が前に進むのを止めることだけで精一杯。
全く攻撃にはなっていないようだった。
兵士の数には限りがある。町にまでたどり着くのは、時間の問題のように思われた。
「いかん、弱気になっては……それがたとえ勝ち目のない神獣との戦いであっても……」
ガザンドはそう言うと崖を一気に滑り降り、亀の方へ向かって行った。
少年と私も後ろから追いかける。
次第にこれが特撮の映画なのではなく、現実の出来事であると思わざるをえなくなってくる。
近くに行くほど、亀の大きさがリアルに感じられた。
甲羅にはビッシリとコケがついており、ところどころにアザのような刀傷が残っている。
歴戦の勇者という風格もある。
ガザンドは、巨大な剣を少年から奪い取るように受け取ると、亀の前に躍り出た。
亀もその姿を見て、力を推し量っているかのように、攻撃の手を止めた。
力を溜めるかのごとく、亀の首がわずかに後ろへ引っ張られたその瞬間。
口から光線が吐き出された。
ガザンドは剣を盾にして、攻撃を受け止めている。
他の兵士はなすすべもなく倒れていくのに比べれば、比較にならないほど強いのだろう。
だが、亀の光線はやむ気配がない。
ガザンドは防御した姿のまま、押し込まれるように後退させられている。
私にこの状況をなんとか出来るような力があればいいんだけどな。
ファイアー!
……なんてね。
あれ?
うそ……。
亀が火だるまになり、のたうち回っていた。
やがて力尽きたのか、腹を上にし、動かなくなった。
ガザンドも少年も唖然として見ている。
もちろん、私も。
しばらくして兵士の間から歓声が上がった。
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