第11話 王家の紋章
ちょっと頭をずらして前を見ると、なんと、王様が私に向かって頭を下げているではないか。
「王様ともあろうものが、そのような態度を取ってはなりませぬ!」
あ、吊り上がるというのはこういう目なのだろうかというほどの、実にわかりやすい表情だな。
なにか言わないとな。でも、正体がバレてまた居辛くなるのも困る。
せっかく、ゴードン・レストランという居場所がこの世界にできたのだから。
「ありがたきお話ではありますが、お断りさせていただきます」
さらに吊り上がるのが見えた。機嫌を損ねていいことはないだろう。なにか続けて言わなくては……。
「今世界各地で魔物が襲ってきております。原因はわかりません」
来たばかりだしね……。考えたこともなかったし。
「私の使命は一つの街ではなく、特定の人々ではなく、全世界で起きている災いを防ぐことにあります」
そうなのか?
「そのため、ひとつのところに留まることはできないのです」
あ、なんとか辻褄が合わせられたかも。
「なんと!」
王様が驚いたような顔でこちらを見ている。実にかわいらしくあどけない。
やっぱり10代だな、これは。
「皆の者よ、このお方の志、しかと耳にされたであろうか。
ルネボレーの王として、この国の、そしてこの国、我が民の平穏のために尽くそうと考えていた。
自らの小ささと愚かさに気づかされるとは、まさにこの瞬間のためにある言葉。
我は恥じる。
広大な世界の前では我が国、我が国民などという矮小な単位では物事は測れぬ。
なんといういたわり。なんという深き心よ
この日のことは生涯忘れ得ぬ思い出となるであろう。
皆もぜひ心に留めておいていただきたい。
ルネボレーの危機が去っただけではなく、新たな幕開けとなるこの日のことを!」
……幼そうに見えても、うん、さすが国王さまですね。難しい言葉をよく知ってらっしゃること。
「して、もしそなたの志のために、些少ながらもお役に立てることはなかろうか」
サショウ……って「ちょっとでも」って意味だったかしら?
なんか手伝えることはないかってことよね、きっと。
褒美をつかわす、なんて偉そうに言われるのかと思ってたけど、うん、やっぱり出来た王様なのかしらね。この人物に興味がわいてきた。
でも、なにかと言われてもねぇ……。
魔物が来てもちょいとやるだけで倒せそうだし、お金とかお宝とかいわれてもねぇ。ピンとこないし。
……あ、そうだ、いいこと思いついた。
「今回の事は、不幸な出来事だったと思います。
私はこの国に留まることは出来ませぬが、危機が迫った際には駆けつけることをお約束いたします。
とはいえ、この国の人々にとっては、これからも引き続き恐怖を感じながら過ごさなければならないでしょう。
そのような人々の心の癒しとなるものは、芸術です。
美術や絵画、そして歌。
ぜひ大事にしていただきたい。
優れた芸術に対しては、それがどのようなジャンルであっても、国として援助してはいかがでしょうか。
地位や身分、出自などの垣根を超えて、素晴らしきものは素晴らしいのだと。
風の噂で聞いたのですが、この国では素晴らしき音楽があるというのに、身分のせいで肩身の狭い思いをしている者がいると聞きました。
ぜひそのようなことのないよう、王様が後押しをしていただければと」
ごちゃごちゃ言ったけど、ゴードンレストランの家賃、冒険者出身というだけで相場の倍取られてるのをなんとかしてね、ってことなんだけど、伝わるかしら……。
うーん。もっと直接的に言っちゃえばいいかなぁ。
でも、あんまりストレートすぎると、変に疑われそうだし。
「自らの名誉や欲望ではなく、我が民のことを、いや、人々のことをそこまで気にかけておられるか。
また、我が身の小ささと愚かさを感じずにはいられない」
ちょっと、ちょっと。大げさすぎるところが玉に瑕かしら。でも、面白い。
「しかとそなたの願いは受け取った。王として二言はない。約束しよう」
その日のうちにゴードンレストランにお城から使いがやってきて家賃が半額、つまり相場の価格になったそうだ。決して相場よりも安くしなかったところは、さすが聡明な王というべきだろうか。そんなことをすれば、貴族たちの反発を招きかねない。
一層、あの王様のことを知ってみたくなった。
ゴードンさんは何も聞かされていなかったようで、何が起きたのかと戸惑っていた。さらに、王家の紋章の入ったプレートを入り口に飾るようにと言い渡され、目を白黒させるばかりだった。
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