第9話 トータ姫
「ぷっはー!」ってあんたねぇ。
わたしはお城の中の控室にいる。
メヒスキと比べるのはさすがに酷だろうが、比較にならない程、お城は豪華だった。
大きなシャンデリアや細かな装飾の施された彫像、甲冑の模型、大きな窓。
床は全面的に赤い絨毯が敷かれている。
どこぞで見たことのあるような中世のお城という感じだ。
あの後、兵士たちに連れられてこの城へきた。これから王様と謁見することになっている。
まぁ、褒美をつかわすぞ、くらいなところでしょうね、きっと。
なににしようかしら……。こういうのはあらかじめ、良く考えとかなきゃいけないわ。
たいがいここで失敗して、笑い話になっちゃうものだからね。
で、わたしはまだウサギの被り物をしている。
どこで誰が見ているかわからないし。
重いのだけども……。
重い……。
ちょっと、わたしの肩の上でくつろがないでよね……。
意外に重いじゃないのよ!
この部屋には今わたし、それと戦場で出会った亀が肩で飲み物を飲んでいる。
「うるさいわねー、いいじゃないのよー」
ただのブドウのジュースのようなんだけど、どうやら亀はすっかり出来上がってしまったようだ。
人間にとってのアルコールのような効果でもあるのかしら。
さっきまであんなに礼儀正しかったのに……。
部屋に連れらて来てすぐ、亀はテーブルの上に飛び乗ると、うやうやしく私に頭を下げた。
「なんとお礼を申し上げてよいのやら。わたくしはトータス族のトータといいます」
トータス族のトータって……。ちょっとベタすぎない?
「トータス族の姫をしております」
えっと……色々と突っ込みどころが多いのだけども、どこから取り掛かればいいのかしらね。
「驚かれたと思いますが『トー』という言葉が頭につくのは、代々王家のみに許されたものなのです」
えと……うん……。
そこじゃない!
「ええと、まずは、トータさん……はじめまして。姫ってことは、女性なんですね?」
「もちろんです」
「で、……ええと。このお城を襲ってきたのはあなたなのかしら?」
「違います、違うんです。どうか信じてください」
「あなたが襲ったのじゃないと?」
「あ、いえ。あれは、でも、その、ちょっとした出来事がありましてね。わたくしのせいじゃないのです」
うん、聞きたいのはそれなんですけど……。
きっと姫様ってことで蝶よ花よと育てられたに違いないわね……。
えっと、亀よコンブよ、ってなるのかしら?
いや、そんなことはどうでもいいわ。
こんな風に回りくどい話をされるとペース乱されるわね。
いずれにせよ、仕事が出来ないってことだけはわかったわ。
・要領よく答えられない
・「でも」「だって」という
・自分のせいじゃないと言う
短い会話の中で、この3大要素にすでに合致しちゃったものね。
ということで、焦らずじっくり時間をかけて訊きだしてみると、どうやらこういうことらしい。
突然お城が何者かに襲われ、気づいたら体が巨大化していると共に、人間を襲いに行かなきゃいけないと思い込むようになったのだと。
『以下略』にしたのは、これを聞きだすのに、あーでもない、こーでもないと30分くらいかかったのよ。
ただ、話していて気づいたのは、やっぱりお姫様なのかな、というか。
わたしの最初の前世なんて、この3つに当てはまるどころでなく、そのままだったもの。
もちろん、実際に口に出したらなに言われるかわからないんで、とにかく黙ってたけど、内心ずっと「でも」「だって」って。
ブラック企業っていうだけで、そこで働く社員はかわいそうなんて言われたりするけど、今ならわかる。
それはただの口実だってこと。
だって、こんなブラックな会社にいるんだからうまく行かなくて当然だ、とか。
でも、なにか言ったところで変わるわけでもない、とか。
オバチャンアイドルで、なかなかうまく行かない時もまだ、そんな考えだったの。
ところが、あるきっかけから「でも」と「だって」をやめるようにしてから、なぜか歯車が回りだしたのよね。
思いがけない仕事のお誘いが来たり、知り合いが出来たり。
それからはどんな時でも、アイドルのことを考えるようになったわ。
……ん、ちょっと違うわね。
仕事のことなんて忘れて、思いっきり遊んでた時もあるわ。
でもね、ちょっとでもアイドルのお仕事に結びつきそうだと思うと、カチッとすぐにスイッチ切り替わるというか。
夢の中で歌詞が浮かんで、飛び起きて書き綴ったこともあったわ。
どんだけブラックなお仕事かっていうのよねぇ。
ただ、楽しかったの!
そう、楽しかったのよね。
少しでも思いついたことをやってみると、徐々にファンが増えてもきたし。
それまでのわたしは、どこか自分を見下してたのかも。
どうせなにも出来ない自分……。
そういう卑屈さがブラック企業を引き寄せちゃったのかもしれない。
いや、でも……。
卑屈であっても許されてしまう環境ってのが、ブラック企業なのかもしれないわね。
卑屈のままでいいのよ、チカラがないんだからとにかく手を動かしてくれれば、みたいな?
どうせアタマ使ったところでなにもならないんだから、言われたこと聞いていればいいのよ、みたいな?
黙って働かせることはできるってことよね。
ただし、決して能力は向上しないけど。
これって鋭い指摘じゃない?
でも不思議なことに、トータ姫からは、自分を低く見るようなところが一切感じられなかったの。
こういうのを天然っていうのかしら。
うーん、ちょっと違うかな?
もしかしたら、ただワガママに育てられただけなのかも……。
……そんな考えを頭に巡らしながら話が出来たほど、まぁ実に長い話だったのよ。
もっとも、こうして色々と考えてるのには訳があってね。ちょっと考えていることがあったのだけども……。
その時ドアがノックされた。
「そろそろ王様のところへ」
タキシードを着た小柄な老人が顔を見せた。
「わかりました」
「その者は?」
指を差した先には、私の肩の上ですっかり真っ赤になったトータ姫の顔があった。
「ちょ、なにすんのよ」
わたしはトータ姫をカーテンを束ねる紐で椅子に結いつけた。
「こらーっ、つれてけー」
この状態で王様に会ったら、なにを言うかわからない……。
わたしは独りで、王様のところへ行くことにした。
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