第90話 天国への階段
見渡す限り緑の大草原。
そして私の目の前に、大きな白い階段がある。
どうやら、この階段を昇れということらしい。
雲一つない大空。照りつける太陽。
鳥のさえずる声が遠くに聞こる。
だが、風は清々しかった。
あ、ケットちゃん。
右上にケットバシーが飛んでいる。
だが、声をかけても、返事はしない。
ただじっと私の方を向いている。
辺りには、他に誰もいない。
この広い草原の中に、私だけが立っている。
階段の下から見上げる。
真っすぐ伸びていく白い階段は、
どこまでも続いているようであり、
また、とても短いようでもある。
不意に、右手の奥から煙が上がった。
きっと、亀たちが料理でも始めたのだろう。
鳥たちは歌を歌い始めた。
それは、今までに何度も聞いたことがあるようでも、
初めて聞く歌のようでもある。
繊細なメロディー。
とても穏やかな気分になる。
私はこの階段を昇らなければいけない。
陽が落ちて、辺りが真っ暗になってしまう前に、
昇りきらなくてはならない。
その時、私の背後から声が聞こえてきた。
汚らしい声だこと……。
なにを言っているのかわからないが、
身体の奥から不快なものが押し寄せてくる感じ。
私はこの階段を昇らなくてはいけない。
静かにして欲しいのに。
耳を塞ぐ。
耳を塞いでも、汚らしい声は私の身体の中で鳴り響く。
騒がしい。
消えない。
消えてくれない。
徐々に苛々としてきた。
私は声のする方を振り向く。
……ん、メイシャ?
目の前にはメイシャの顔があった。涙でぬれている。
「良かった!」
声が聞こえた。周りを見渡すと、私の教え子たちの姿が見えた。
ここは、ベッドの上?
茫洋とした意識のまま、メイシャに「どうしたの?」と尋ねる。
メイシャは泣くばかりだった。
昨日の夜、私はレッスン中に突然倒れたらしい。
病院に緊急搬送され、手術を受けたという。助かる見込みは半々。
生死を彷徨い、なんとか意識を取り戻したとのことだった。
ああ、ビリーさんやカズくん、ヒロさんまでいたのね。
まるで、何年か前にやったゴードンレストランのステージのようじゃない。
そう私は思った。
みんなにさっきまで見ていた出来事を話す。
きっと、それは天国への階段じゃないかって言われた。
ケットちゃんのことも話したんだけど、「それってもしかして……」とメイシャは恐ろしい顔をした。私には意味が分からなかったので、何度も訊いてみたが、最後まで教えてくれなかった。
とても汚い声で呼ばれたんで、苛々して振り向いたのよ。そう言うと笑いながら「あんたらしいわね」と言われた。
これも何を言われているか、わからなかったけども。
倒れた原因は、長年にわたる過労、そして年齢のせいだと言われた。
まだ私はベッドの上にいる。
退院までは、まだ何日もかかるそうだ。
アイドルは体力が命。
……というわけでもないんだけど、そろそろ限界かなと思っていたのは間違いない。
翌日、私は社長の職、加えてトレーナーを引退した。
後任の社長は、マイン君になった。
もちろんトレーナーは出来ないので、まだ現役を続ける教え子や、引退した人たちに声をかけているらしい。
さぞやしばらく退屈になるかと思っていたが、そうでもない。
毎日、ひっきりなしに誰かがやって来る。
カズ君だったり、ヒロさんだったり。
魔王が来た時は、ちょっとびっくりした。
あんた、人間界にそうそう来ちゃダメよ。驚かれるから。
コソコソと来て、ひたすら魔王が喋って、コソコソと帰っていった。
王立楽団の女性担当者も、一週間おきくらいに来る。
今度の演奏会、演奏者が仮装してやったらどうでしょう。子供たち向けに。
そんなことをひとしきり話して帰っていく。
ビリーさんも、ちょくちょく来てくれた。
私が辞任したと同時に、ビリーさんも会社を辞めたそうだ。
「まだ、あの時のこと覚えています」
ビリーさんがある日、私に話してくれた。
「途中から会社に入って来たし、しかもアイドル育成なんて、もちろんやったことありませんでした。副社長として来たからには、なんとか良いところを見せないとと躍起になってたんですよね。そんな時のオーディションのこと」
そういえば最初の頃だけ、オーディションにビリーさんは立ち会ってたなぁ。
「私は絶対この娘がいいって言ったんですが、冷たくダメよ、と言われたんですよ。で、選んだ子は、どうにも垢ぬけない娘で。でも、知的さできっと人気が出るわよとおっしゃいました。そしたら、あれよあれという間に、その通りになっていきましてね。その時から、この方は特別な人なんだなと思ったのです」
そんなことがあったっけ、と記憶にもなかったが、ビリーさんが言うんだから間違いないのだろう。
その出来事の後から、ひたすら会社の裏側の仕事を担当し、私のやろうとしていること以外、わずかであっても負担をかけまいと考えるようになったという。
ビリーさんは黙々と仕事をしていたんで、時々なにを考えているんだかわからないこともあったけど、そんなことを思っていたのね。
「本当にお世話になったわ」とお礼をすると、とんでもない、私の方こそと言う。この人が居なかったら、もっと早くに私は潰れていたんでしょう。
多くのアイドルグループを世に送り出せたのも、ビリーさんのような人が傍にいてくれたからよ。
そう言うと、とても照れていた。
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