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第8話 トータス・ゴッデスふたたび

「大変だ!」


 レイナを教えるようになって1週間ほどが経っていた。

 相変わらず歌は思ったようには上達せず、伸び悩んでいた。

 昨日できなかったことが今日出来るようになるわけでもなく、やればやるほどボロが出てくる。

 それでも必死に通ってくるレイナ。


 この前のオバチャンアイドルの頃にはかなり努力したと思っていたんだけど、レイナを見ていると、そこまでガムシャラにはやっていなかったんじゃないかって思う。

 まして、その前の時のことを思うと……。

 もしわたしにそこまでの根性があったなら、総理大臣にもなれたかもしれない。

 いや、総理大臣になりたいわけじゃないんだけどもね。


 そんな時のことだった。

 夜にレッスンをしている私たちの部屋に、真っ青な顔をしてゴードンさんが入ってきた。


「この町にトータス・ゴッデスが向かってきているらしい」


 もう間もなく、このルネボレーに到着するという。街では王が自ら指揮を執り、勇者を集めているようだ。

 ゴードンさんはわたしたちに避難するように言いに来たという。


 レイナは真っ青な顔をしていた。


 でも、またトータス・ゴッデスなの……? こないだ倒したはずじゃない。

 まったく同じのばっかりって手抜きもはなはだしいわね……。


 とはいえ、魔物の代表格と言っても良いらしく、その姿形を見たことのないというゴードンさんやレイナでさえ、名前だけで震え上がっているようだ。


 うーん、ちょろっと行って倒してもいいんだけどな……。

 でも。

 また女神だなんだと言われてしまって、ここに居ずらくなるのは困るわね。


 そんなことを考えている私の目に、メイシャの初舞台用にと用意していた服がうつった。

 服……というか、着ぐるみに近いのよね。


 私の後ろで、バックダンサーとして踊ってもらう。

 まだ彼女を主役としてステージに立たせるわけにはいかない。

 機が熟してないのに出てしまうのは、その後の彼女のためにはならないからだ。


 お客様に見てもらうのに、完成品である必要は、決して、ない。

 ただ、どういうアイドルなのか、という方向性だけは見せる必要がある。

 これは前世で学んだこと。

 一度出てしまうと、そこで色を付けられてしまう。たとえ、中途半端に売れただけだとしても。


 人々のイメージを変えることはとても難しいことなのだ。

 安易に人前に出してはいけない。


 とはいえステージを経験するということは、色々と学べることがある。

 そう思って、近い将来に私のバックで踊ってもらうために、姿があまりわからない程度の服を準備していた。


 私はその服を掴むと、二人に言った。

「じっとして、ここにいてね。大丈夫だから」


 一歩店を出ると、慌てて走り回る人々が大勢いた。

 地面に膝をついて祈る人もいれば、半狂乱でなにやら叫んでいる人もいる。


「大丈夫。この街は今までも王様が救っていていくれたんだから」

「でも、トータス・ゴッデスよ」

「ひいいい」


 そんな会話も聞こえた。


 わたしは建物の陰に隠れる。

 混乱した状況なんで、恐らく空を飛んでも誰も気づかないんじゃないかしら。


 さっそく着ぐるみを身に着けた。


 う……。ごめなんさいメイシャ。設計ミスだったかもしれない。


 重いし、暑いし、動きにくい。


 でも仕方ないわね……。


 空へ飛び立った。案の定、わたしに気づくものはいないようだった。


 空から城を見ると、人々が列を乱されたアリの行列のように見えた。

 向かうは城の入り口。

 歩くと大変だが、飛べばすぐだ。


 あれが王様かしら?

 遠目からは顔などはわからないのだが、門の外で馬に乗っているように見える。

 王様っていうくらいだから、一番後ろでビクビクしていて前に出てこないもんだと思ってたけど、この世界の王様ってのは随分と勇気があるのね。


 大勢の兵士や冒険者が、列をなして一方向に進んでいる。

 遠くを見ると、その先には見覚えのある姿。

 背中が丸く、そこから飛び出た首。時折閃光で明るくなる。

 やはり、トータス・ゴッデスなのだろう。


 これだけの兵士の数がいれば、なんとかなるかもしれない。

 わたしが手を出さずに済む方が良いわよね。



 その考えが甘かったということに、すぐ気づく。


 今はもう、例の亀の姿が細部までわかるほど近づいてきている。

 多くの兵士が、一瞬にして亀の放つ閃光の前で消滅していた。

 その中には、私のステージに来ていた顔見知りの者もいた。


「く……仕方ないわね」


 わたしは亀の右側、少し遠くに降り立った。

 混乱している兵士たちは、やはり私の姿に気づかないようだった。


「みなさん、離れてください」


 ありったけの大声で叫んだ。

 こんな状況だとて、ステージで鍛えた私の声。

 届かないわけがない。


 兵士たち、そしてトータス・ゴッデスまでがこちらを振り向いた。


 トータス・ゴッデスは向きを変え、わたしの方に向かってくる。


 兵士たちは唖然としたような顔をしている。


 無理もない……。


 戦場に突然、ウサギの着ぐるみを着た者が現れたのだから……。


 兵士たちと亀の距離が十分に離れたのを見計らって、わたしは静かに唱えた。


「ファイア」


 その一言で終わり……のはずだった。


「あつっ!」


 もちろんトータス・ゴッデスの姿はない。

 しかし、着ぐるみの手の部分に、火が飛び移ってしまったようだ。


「ひゃ」


 慌てて地面に叩きつけて火を消そうとするものの、慌てれば慌てるほど、火がからみついてくるようで消えてくれない。


「ええい、ウォーター!」


 後悔したわ。


 敵に向かって放つのはいいけども、自分に向けて撃つなんてバカ。

 身体がきしむばかりの衝撃を感じながら、私は吹き飛ばされていた。


「ひゃー」


 声はわたしじゃない。

 兵士たちだ。


 自分に向けて撃った魔法で吹き飛んだ先は、兵士たちがいる方だった。


 何人かの屈強な人々をなぎ倒しながら、わたしは地面に叩きつけられた。

 あたり一面を水浸しにして……。


「やったぞ!」


 しばらくしてそんな声が聞こえてきた。


 少し朦朧とした意識の中で、その意味が、トータス・ゴッデスを倒したということだと気づくのにしばらくかかった。


 水浸しの服が重い。

「せ、背中のジッパーを……」

 気づいた兵士の一人が私の服を脱がせてくれた。

 ん、でも頭のかぶり物は……つらいけどガマン。


「ありがとう、もういいわ」


 後で聞いた話だが、トータス・ゴッデスの攻撃で亡くなった兵士は50人ほど。

 だが、幸いなことに、わたしの自爆で病院送りになった者は多数いたということだが、死亡したひとはいなかったそうだ。

 そして、入院した人も、なんとわたしに感謝しているという。

 まぁ、きっと、良かったのよね……。


「ぜひ王様のもとへ。お礼をさせてください!」


 わたしに話しかけてくる兵士がいた。


 いあ、もうそういうのは勘弁して……。

 その時、頭の被り物の重さで、首ががくっと前のめりになった。


「おおおおお」


 歓声が沸き上がった。

 あ、イエスと言ったわけじゃないんだけども……。



 ふう。

 とんだ目に遭ったわね。


 その時、そばに脱ぎ捨てられている服がモゾモゾしているのに気づいた。


 気になって服を手元に引き寄せ、中を探った時だった。


「やあ、ありがとう」


 そこには小さな亀がいた。


 兵士たちが驚きの声を上げる中、亀は私の肩の上に乗り、キスをした。


お読みいただき、ありがとうございました!


ブックマークなどなど、まことにありがとうございます。

更新の励みとなっております!


引き続きよろしくお願いいたしますm(__)m

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