第1話 アイドル転生
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「やっぱりまたお前だったか」
人型の真っ白な炎が喋る。
そう。
この部屋、この人のことははっきり覚えている。
あれからもう何年前になるのだろう。
最初に来たのは「俺」。
名もない大学を無事に出たのはいいものの、就職した会社が超のつくほどのブラックで、仕事に追いかけられる以外は、会社との往復を含めて寝ることのみ。
残業代は出るはずもなく、給料も少ないので、昼のコンビニ弁当代に化けてしまう。
もっともお金があったとしても、使う時間なんてないのだが。
一応デザイナーという技術職の肩書だった。
技術職というものに憧れていた俺は、デザイナーとしての就職が決まった時には喜んだものだ。
しかしテンプレートに黙々とデータを打ち込むことと、報告書や30分ごとの作業日報という名の監視カメラを書かされつつ、ECサイトの運営用の物販の梱包を行いつつ、夜は遅くまで毎日接待というのが実際の仕事。
有給は取らせてもらえず、風邪ひいて休もうなら、携帯にガンガンと嫌味なメールが届く。
ノルマもあって、毎月一定額以上の受注を取ってこないと、ペナルティとして給料がカットされる。
カットされたら、コンビニ弁当代も出なくなってしまう。
加えて上司のうるさい説教を3時間も4時間も受けなきゃならない。
ただ、なんとか頑張ればカットされない量なのよね。
だから、なんとか頑張ってしまう。
逆に規定より多く受注が貰えたら報奨金というのが出るそうで、最初はやる気になっていたが、こちらはとてもじゃないが、達成できる数字ではない。
入社する時に「頑張ればがんばるほど評価するシステムを採用しています。社員の自主性に任せています」と説明を受けた。間違ってはいない。
間違ってはいないが、実態を正確には示してはいないということだ。
月給についても平均額がやけに良かったのだが、役員だけがいっぱい貰っていて、平均すれば高くなるということ。
10万円が9人でも1000万円が1人いただけで、平均額は101万円になる。
遊んでないで、そういうことを学校できちんと勉強していれば良かったなと思うも、後の祭り。
それなら辞めたらいいじゃんと言われるだろうが、大した仕事もしておらず、技術職だというのに技術のかけらもない。
他に雇ってくれるような会社なんてないんじゃないかと思うのだ。
就職活動するにも時間もないしね。
職場の同僚も同じようなもの。
そうなると何とも連帯感というのは強くなるもので、仲は良かった。
ただ、それだけが救いだった。
それで5年ほど勤めた。
「顔が緑色だよ」とアパートの管理人さんに言われて出勤した日、梱包作業中に倒れてそのまま。
土気色だよとか青いよと言われたことはあったが、緑色というのはさすがに初めてだった。
そんな映画を見たこともあるが、あれはSFのお話。
脳溢血だと医者が言い、来てくれた会社の同僚が泣いていた。親はひたすら怒っていた。
幽体離脱というのだろうか。天井辺りから皆の光景を見ていたのを覚えている。
その時に連れてこられたのが、この部屋だ。
意味のわからない説明を受け、希望はあるかと聞かれたので、アイドルになりたいと言ったのだ。
もっとも、本気で話を信じていたわけではないけれども。
そして、その先は「私」になる。
しかし困ったことに、今でいうところの地下アイドルというのだろうか。しかも若くはない……。
結婚して娘が一人いる39歳の母親。
家のことなど一切気にかけず、アイドルが好きで追っかけを続けていたが、なにを勘違いしたか自分がアイドルになると宣言。
とり立ててて美人なわけでも、若く見えるわけでもない。
ダンスが得意とか、そういう必殺技も持ち合わせていない。
地球ではなく別の星だったが、そういう者ってどこにでもいるのだな。
どういう理由で移り替わったかしらないが、「僕」は「私」になった。
そこでは「女性のアイドル」というものは存在していなかった。
女性蔑視というか、そういうものが激しい世界で、女性が人前に立つということさえ許されない世界だった。
当然に旦那とは離婚。
まぁ、風当たり含めてきっつい、きっつい。
ただ、ブラック企業に勤めていたことを思えば、そこまで体の負担は大きくなかった。
聞いたこともないような言語だったが、必死になって一週間で日常会話程度はできるようになったし。
前の世界じゃ英語だってろくに喋れなかったって言うのに……。
必死になれば、なんとでもなるものだ。
しかも、夢があるしね。
アイドルって、本気で夢見られたんだよね。
いわゆる「女性が仕事をする」ということで、色んなところでバッシングに会いもした。
でも徐々に人気が出てきた時とか嬉しかったし、女性ファンが、周囲の冷たい目にもかかわらずコンサート会場に足を運んでくれたりも。
難病の少女がライブを見に来てくれた時は、本当に勇気づけられたな。
そうして色々と苦労しながらも今までの経験を駆使して、いつしか「女性を解放したアイドル」という肩書まで貰ったほどになった。
しかしアリーナで空中に吊るされ歌うという時に、ロープが切れて落下。
そのまま。
空の上から見て知っているのだが、どうも私のことを良く思っていない者が細工をしていたようだ。
この話はどこかですることもあるだろう。
「二度目っていうのは滅多に、というより、まずないことなんだが……。まぁ、特に説明することもないだろう。希望を聞こうか」
実に淡々と喋る。
二度目でなければ、冷静になる前に聞かれたことを適当に答えてしまうところだろう。
現にそうだった。
「ちょっとその前に、いくつか質問をしたいのですが、良いでしょうか?」
聞きたいことは一杯あるのだ。
「ふむ。わしも忙しいので、あまり時間は取れないんだが……」
もしかしたらブラック企業なのかもしれない。
手短に聞くことにしよう。
「まず、この仕組みというか、これって一体なんなんですか?」
「転生じゃよ。そういうの聞いたことないのか?」
『転生』という言葉一つで片づけるとは……。
たしかにそういう小説があるということは聞いたことがある。
「これって、アリなのですかね?」
思わず聞いてしまった。
「アリかナシかというのは無駄な質問だな。現に今いるではないか。しかも経験しただろうに」
言うとおりだ。
今の質問で機嫌の悪い声になったようだ。
機嫌を悪くさせるとロクなことがない。
罵詈雑言を言われるだけで時間の無駄だ。
ヘタしたら殴られるかもしれない。
ブラック企業で学んだ処世術である。
こういう時は、早々に切り上げるのが良い。
「わかりました。希望ですが、アイドルで」
前の転生では途中までうまく行った。ただ、もっとやりたいことは一杯あったのだ。
「またアイドルか?」
「それと、若い女の子、しかも可愛くて、歌が上手くてダンスが上手なのにしてください!」
女性は譲れない。
さらに、若ければどんなに楽だったろうかと思うのだ。
容姿のことや歌やダンスも、上手いに越したことはない。
「やけに注文が多いな……。しかし、普通は戦闘能力をチートにしてくれとかいう者が多いのだが、いらぬか?」
ちょっと勘違いしていたのかもしれないと思った。
普通は、剣や魔法の世界というものに転生するのか。
たしかに転生小説というのは、そういうものが多いのだろうな。
せっかくの提案というのを断ってさらに、機嫌が悪くなられてもしょうがない。
これもブラック企業で学んだ教訓、その2だ。
「いえ、お願いします。ただ、よくわからないのでお任せします」
仕事ばっかりしてて、ゲームで遊んでいた時間はない。
わからないことは、お任せするのが良い。
すべて任せるというと、たいがい相手は責任を感じて、良いように扱ってくれるものだ。
ブラック企業で学んだ教訓、その3である。
あ、言葉はすぐに通じる方がいいな。
「そうか、お前の得意な、地球の日本語が使えるところにしてやろう」
日本語が使える世界が、他にもあるのだろうか。
いや、あるというのだから、質問しないでおこう。
単に「アイドルになりたい」と言って、中年の女性に転生させられた経験からすると、相当にうっかり者なのかもしれない。
もし困ったことがあったら、もう一回変更することが出来たらいいんじゃないか、と言ってはみたが、それはダメらしい。
「ただし、なにあったら相談に乗るという業務はやっている。ワシが多忙なのはそのせいだ。もし誰かと話し中の時は、諦めてくれ」
『業務』なんですか、そうですか……。
うんざり、という雰囲気が言葉から感じられた。
さらになにか付け加えることはないかと考えながら、じっと白い炎の方を見ていた。
ん、炎の後ろになんかないか?
じっと目を凝らしてみた。
小さな黒い猫?
「初めてばれたニャ」
猫は恥ずかしそうに前に出てきた。
「アタイの名はケットバシー」
「ケット・シー? 北欧かなんかの神様だったかな?」
「ケットシーじゃないニャン、『ケットバシー』。間違えないで欲しいニャ」
「あなたが今まで話してたの?」
「うーん、そうだけども、ちょっと違うニャ……。
あくまで答えているのはこの方なんだけども、話が出来ないのでアタイが代わりに喋ってるニャ。
アタイは人が考えてることが、すぐにわかるニャン。
まぁ、他人の思考を読み取るのはとってもくたびれるんで、いつもはその能力をオフってるけどね!」
うーん、なんだかややこしいな。
でも、誰と話してるかなんて、まぁこの際どうでもいいか。
「それで、他に希望はあるニャ?」
相手が猫だとわかったからか、ちょっと肩の力が抜けた気がする。
でも、歌もダンスも上手い、しかも可愛くて若い女の子。
最強じゃないか?
他になにも必要なさそうだぞ……。
「いいニャね? 準備ができたって言ってるニャ!」
思考を読み取ったのかどうかは知らないが、ケットバシーが言う。
そして転生した。
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