タピオカ マンボウ
ランチの会計を優香と済ませ、サンシャインシティで彼女が目をとめるショップに次々と立ち寄った。
「このお店のブランドは美香好きだよ」
「へぇー、そうなんだ」
気づくと彼女の友人、美香の裸はどんなかと想像を巡らす。
彼も雑貨のショップには興味を示し、彼女と面白いね、かわいいね、などと共感してみるのだった。
「何か飲みたくなっちゃった」
「俺ものどかわいたよ」
彼はこの店どう?とタピオカミルクティーを、彼女はストロベリー味を、それぞれ注文した。
「タピオカなんて、かわいいね」
「甘いの好きだからね」
優香の上唇は横から見ると尖っていて、時折、独り言の様に早口になる。
ちょっとごめんねと、メールを返信する親指の動きが素早い。
小鳥の様に、せわしないかと思うと、目を細め愛くるしい笑顔になる。
噴水広場の所、縦横複数並ぶベンチに2人は腰掛けた。
カップルや子連れ主婦が目立ち、何人かの子どもが噴水の前で奇声を発したり走りまわっている。
「ただ今のお時間、50%OFFでーす」
アパレルショップの店頭で呼び込みをしている女性店員の甲高い声が彼の耳より先に下半身から入り、疼く。
「何で今まで彼女いなかったの?」
「うーん。自分に自信がないからかな。だから就活する気も起きないし」
「自信持たなきゃ駄目だよ。格好良いんだしさ」
「そろそろ何か行動起こさなきゃと思ってさ」
「だから、この間声かけてくれたの?」
「まあ、そうだね」
「今年は楽しくなりそうだね。就活は私もこれからだから、一緒にがんばろうよ」
彼女は彼と同い年だが浪人しているため学年が1つ下である。
「そろそろ行かない?」
「そうだね」
そう言って彼女が時計を見て、彼は立ち上がった。
エレベーターは結構なスピードで上昇している様だ。
エレベーターを降りると事前に金券ショップで購入した2人分のサンシャイン水族館のチケットを財布から取り出した。
一緒に展望台のチケットも取り出した。
「えーっ。買ってくれてたの?展望台のチケットも!ありがとう!払うよ」
「いいから。いいから」
「嬉しい。ありがとう。女の子はこういう風に準備してくれるの、すごく嬉しいんだよ」
彼は前もって買っておいて良かったと思う。
滝の様な音を立て、水が広範囲に上から下へと流れ落ちている。
「マイナスイオン出てるよね」
彼女が右手をうちわにしてあおいでいる。
彼もスピリチュアルな話題は苦手ではない。
なんなら水族館にいる生命から元気玉の様に、エネルギーを受け取り、運気を上げることができると信じたい気持ちがある。
彼女との出会いも、荒川区の地下鉄町屋の駅ビルで500円ぐらいで買ったパワーストーンのおかげだと思ってる痛い男だ。
マンボウが水槽にぶつかり、体を大きく傾かせながら、ゆっくりと向きを変えている。
「ははは。面白い。なんか悠太くんみたいだよね。」
「そうかな」
「似てるよ。不思議。これから悠太くんのことマンボウって呼ぼうかな」
「言われたことないな」
「これからも、いろんな所に行こうね。マンボウ」
水族館には1人で来た様で、安くはなさそうなカメラで写真を撮ってる者が、ちらほら見受けられた。
年パスでも買って1人で来た方が、よっぽどリラックスできると彼は思う。
自宅に水槽要らずで、手間や気苦労無く、年パス料金だけ払えば好きな時、好きなだけ通える。
異常に人目を気にする彼にはできないだけに、それができる人間が幸せに生きられるのではないか。
ハタから見れば、デートしている彼を、うらやましがる者がいるかもしれないが、今の所、心からリラックスできることは無く、下半身の欲を満たしたいがために無理してる様なものだ。
ただ、1人では決して行かない場所で異性と気持ちを共有できるのは良いし、彼の人間性などを、しっくりとした言葉で表現をしてくれ、客観的に自分を見つめ直せるので、女友達は何人いても良いと思われる。
一通り見終えると水族館のお土産などを扱うショップを通らないと出口に行けない様だ。
魚のぬいぐるみなどのグッズを見るのは、これはこれで楽しい。
これが目的で来たと錯覚してしまいそうだ。
「あっ、マンボウいたよ」
気づくと外はもう暗い様だ。
「そろそろ展望台行きたいな」
彼女が思い出した様に、そう言う。
夜景が見れるムードの中、これから何が起きるか彼は想像すらできないまま、彼女と向かった。