赤いリュックサック
悠太は優香と同じパスタを注文する。
会話も彼女がリードしてくれるおかげで、間に困ること無く、少し気持ちに余裕ができた。
麺類はお腹にたまりにくく、食べ放題のパンはサイズが小さいのが何種類かあるので、満腹感が気持ち悪さに変わり、吐いてしまうのではないかという不安は消えていた。
店内には大学生と思われる女子や子連れのママ友が何グループかいて、店員がいるカウンターからは見えない位置にテーブル席があった。
店員の目を意識することなく済んだし、店内は適度に騒がしく、肩ひじ張らない雰囲気が良かった。
彼女は自分からよくしゃべり、彼が話すと身を乗り出して聞いてくれたので、間を持て余すことは無く、落ち着くことができた。
「悠太くんて服のセンスいいよね」
「そうかな」
「いいと思うよ。どこで服買うの?」
「北千住かな。今度コーディネートしてよ」
「えー。男の服って、どんなのがいいんだろう。今度、原宿行ってみようよ。新宿駅から歩いてさ。私、バイトしたお金で服買いに行くの大好き」
彼は、おせいじを言われたとしか思えなかった。
春夏は、薄着でごまかしがきくが、秋口から冬にはアウターを買う金を渋り、安く済ますため、ただ着込むだけの、モサっとダサくなるのを、まだ彼女は知らない。
リアルに充実している若者の無造作な髪型や自然にセンス良く着こなす姿を見る度、彼は引け目を感じた。
彼は考えれば考える程、不自然な格好になったし、髪にワックスをつけすぎてトップだけ下手に立ち上がって他はベタッとなってしまう。
センスはどの様にして身に付くのだろうか。
お洒落な家族や友人に恵まれた結果だろうか。
思い起こせば、高校で彼は部活をやらない帰宅組で、少ない友人とプロ野球チップスを買うのを楽しみにしていた。
教室で阪神の桧山のカードが出ただの騒ぐ時の周囲の冷やかな視線を思い出す。
彼の友人は野球カードを綺麗に取り出すための「マイハサミ」まで持ち歩いていた。
周りのリア充の髪型、通学バッグ、靴は垢抜けて見えた。
彼はどこをどう探し、なぜそう決めたのか、EDWINの赤いリュックサックと、旧ドイツ軍のコートで通学し、せっかくの共学だが女とは無縁の3年間を過ごした。
彼は優香とパンをとりに行く。パンはひとつひとつ小さく、お腹に余裕を持ち、何種類か食べられる。
ドリンクバーも嬉しかった。
「彼女いたことないの?モテそうなのに。サークル入ってた?」
「入ってないよ。大学生のノリが苦手で。飲み会多そうで、嫌だからさ」
「バイトはしてないの?私もサークルしてないけど、バイトは楽しいよ」
「地下鉄M駅でホーム整理のバイトしてるよ。朝ラッシュの時間帯だけ」
「何それ?どんなことやるの?」
「お客の荷物がドアにはさまったら、ドアを手と足で少し開けてあげたり、この間はドアが開くと女子高生が、おっさんをビンタしながら出てきたよ」
「えっ?!何で?」
「痴漢だよ。こいつ、あたしに(ピー)してきたんですよ、って俺に言ってきて、おっさんが、もー何回も、ぶたれたんだから良いじゃないですか、だって」
「それで、どうしたの?」
「あくまで、お客様だから、犯人扱いしないで、女子高生と、おっさんを駅事務室に連れて行ったよ。被害者と被疑者そろえて警察官に引き渡さないと意味ないからね。被害者が訴えなかったら、それまでだし」
良い感じに彼の調子は上がってきた。
人とコミュニケーションをとりたくない、強迫性障害だから単調な仕事ならできると彼なりに判断した結果だが、この様なバイトの職場では女を見たことなく、出会いとは無縁だった。
お金を扱うバイトは、とても恐ろしく無理だ、などと選択肢がどんどん狭まり、ホーム整理員の仕事に落ち着いたのである。
出会いがありそうな仕事がしたい、でも能力的に無理そうだなどと堂々巡りで、フラストレーションがたまるばかりだった。
「そろそろ出ない?見たいお店あるんだ」
男が払うべきか、どうすべきかと、彼らしく何かのマニュアルを参考にした「~すべき」思考で何が正解か分からないまま、問題の会計となった。
「俺がはらうよ」
「いいのいいの」
彼女は、そう言い、テーブルの上の丸まった伝票を手際良くとるとレジに向かい自分が食べた分だけ支払った。
残りを彼が支払い、あっさりと割り勘成立となった。