愛のために。自分のために。
悠太は今日のデートのために上野にある、いくつかの金券ショップをまわって、サンシャイン水族館と展望台のチケットを、あらかじめ買っていた。
1円でも安い買い物をしなければと、ここでも思考は、がんじがらめである。
「いけふくろう」の所の階段を上がると、母子像があり、その辺りでも若者たちは携帯をみながら誰かを待っている。
横断歩道を渡った所に老舗の洋菓子店がある。ここでケーキでも買って、優香を彼のアパートに連れて帰りたい。
雑踏に彼の神経は耐えられるだろうか。
「私から連絡先渡されて、どう思った?」
「こんな自分に話しかけてくれて、びっくりしたよ」
「私、友達と一緒にいたの覚えてる?美香っていうんだけど、かわいいでしょう?美香も悠太くん、かっこいいって言ってたよ」
美香は目がクリクリと大きくて印象に残っている。
こんな言われ方をすると美香のことも気になってきた。
不細工な容姿でないことは分かっていたが、見た目は「やれるかやれないか」どうかには、さほど関係ない。
これまで、そんな事象をさんざんみてきた。
大学の体育の授業で卓球などをしているが、肌は汚く、小太り眼鏡、スポーツがりの男が悠太と同じ時間の実技をとっていた。
1つ下の学年の男だったが、悠太と同級で専攻も一緒のモデルみたいな女と付き合ってると知ったときは
「なんで、あんな醜男が!」
御茶ノ水駅に向かいながら怒鳴った記憶がある。
隣にいた友人、柳が
「いろんな女食ってるらしいよ。やさしくて、面白いらしいよ。そう言えばさ、松下もこの間バイトで面白くないことあったらしくて、ほら、あいつ目が悪いじゃん、電柱に頭ぶつけて、ちっ、とか言って電柱にらみつけてたよ。ほんとあいつ馬鹿だよ」
松下も同級生だが、顔がラッキョウみたいに細長く、目はたれていて、眼鏡のレンズは紫色にあやしく光っていた。
腰のウェストポーチにガラケーを入れていて、柳と「だせー、だせー」と陰で馬鹿にしたものだった。
そんな松下が大学に、バイト先で知り合った彼女を連れてきていると柳からメールの着信が入る。
何かの間違いだろうと、講義のある教室前に来ると、松下と女が長椅子に座っていた。
「よっ!」
松下が悠太に気づく。
「聞いてますよ。初めまして。松下くんと同じクラスの悠太です」
動揺を隠し、できるだけ爽やかに挨拶すると
「あっ」
とだけ言って、彼女は彼をいちべつしただけだった。
「じゃあ」
と松下は手を上げる。
彼女の顔は「化け物」そのものだった。どこをどう探しても、なかなか見つけられないだろう。
そんなことよりも、松下でさえ、彼女ができて、おそらくもはや童貞ではないことに大きなショックを受けた。
大学前の通りにある中古楽器店から奥田民生の『愛のために』が大音量でながれている。
店員がエレキギターをアンプにつなぎ、チューニングしてる音もきこえてくる。
悠太は柳と待ち合わせして、ロッテリアの2階席で話を聞いてもらう。
「うーん。確かにあれは相当なブスだね」
「よく連れて来るよね。見せつけたかったのかな?」
悠太が分析するに、頭の回転がはやく、テンポ良く会話でき、聞き上手であれば、顔の良し悪しは二の次、三の次に思える。
また、どんなことを言われても、柔軟に受け答えする、器の大きさも必要である。
彼の様に被害妄想で傷つきやすい性格では、会話を楽しむ余裕も無い。
強迫性障害が彼女ができない原因の1つだと自分を納得させることで悠太は心の安定をはかっていた。
「体育で一緒のあいつでさえ、ヤリまくってるんだし、幸せな思いして生きてるのがいることに納得いかないよ」
柳は冷静で真面目に答えてくれるので、悠太にとって知恵袋な存在である。
「幸せって言うけど、1人でヤルのと、たいして大きな差はないと思うよ。俺は十分幸せだけどね」
「巨乳発電してるもんね。心の許容範囲は狭いんでしょう?」
「そうそう」
柳のアパートで『巨乳発電所』というタイトルのアダルトビデオを見つけたことがある。
彼は彼女と1年前別れていて「心の許容範囲が狭いね」が彼女の最後の言葉だったそうだ。
彼は、最後に1回でいいから、ヤラせてほしいとお願いして断られたらしい。
優香は新大久保に家族と住んでいて、買い物は新宿が多いから池袋にはあんまり来ないと言う割には、悠太をリードする様に颯爽としている。
サンシャインシティへ長いエスカレーターをおりる。
今日は、すれ違う者の笑い声が自分に向けられているのではと、いちいち心配しないで済む。
優香といることで彼の神経はだいぶ落ち着いていて、前向きに考えられる様になっている。
症状が酷いときは、直接2人組の女子大生に話しかけ「確認作業」をしたことがある。
神田駿河台を神保町方面へ向かってる時、悠太を見た女性2人組に「ダサい」と笑われた気がするので、いつもは思いとどまるのだが、この日は思い込みが激しく
「さっき俺見て笑いましたよね。このブスが!」
「何者?!」
彼はUターンして御茶ノ水駅へ早歩きしたが、2人が、ぶつぶつと怒りながら後ろから追いかけてくる足音がしたので焦り、駅前の交差点を左折し、郵便局方面に急いだ。
「あ、逃げたよ!」
この後、2人は駅に向かったと思われる。
前夜もアダルトビデオ鑑賞による慢性的な寝不足のために、彼の判断力は低下し、ノイローゼ的な行動にでてしまった例の1つである。
サンシャインシティは子連れのママ友や学生で賑わっている。
昔この場所が拘置所だったことを何人が意識して歩いてるだろうか。
彼は優香に知ってるか聞いてみようかと思ったが、やめておいた。
自分がしゃべるよりも聞き上手でなければ。
悠太は普段から自己啓発や恋愛のマニュアル本を読んでいた。
「あー、お腹すいた。ここでいい?」
エスカレーターをおりて、すぐの所にある、パン食べ放題のランチに決めてくれた。
彼は、あらかじめ調べていたが、結局どこで食事したら良いか分からず、落ち着かなかったが、あっさり決定し、少しほっとした。