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チェリーロード

まもなく待ち合わせの時間10時になる。


通勤ラッシュは終わっているが、池袋駅のホームはベビーカーの子連れの主婦や学生で混雑していた。


ジュース店のフルーツの濃厚な匂いが鼻をつく。


約束の場所は、いけふくろう像の所。


優香にメールを送ると、近くの階段を下り、そばの改札を出た。


緊張で胸の鼓動が高鳴り、口の中が乾いている。


東口の方に進むが、西武線の改札に行ってしまう。


西武デパートに入って出口を探すが、迷う内に明らかに違うと気づき元の入口に戻ってきた。


東口の矢印はアゼリアロードを指していることが分かった。


「何だこの人ごみは。くそっ」


この時点で彼は相当焦り、構内の暑さで、苛立ちがつのっ

ていた。


通路で寝ているホームレスを横目で見ながら進み、右手にある階段をのぼる。


表には出たが、また西武池袋線の改札とデパート入口付近で、ふくろうの像らしきものは無い。


目の前の通りを「高収入」をうたったバイト募集の街宣車が、けたたましく走っていく。


「像って、どこにあるんだよ」


彼はイライラするばかりで、約束の時間になってしまった。


そこに優香から着信が入る。


「どこにいる?」


「東口にいるよ。像ってどこ?」


「そこって西武東口じゃない?東口って2つあるんだ。外に出たんでしょう?ドンキとか見えない?階段降りてJR東口の方に歩ってきて。けっこう人集まってるから、ふくろうの像って、すぐ分かるよ。JR東口だよ。」


彼女からの電話で、苛立ちから情けなさに変わり、半べそかきそうになりながら、駅構内に戻った。


フラワーショップの女性店員が、しゃがんで陳列してる姿に目がいってしまう。


JR東口へ早足で進むと「チェリーロード」がすぐ見えた。


パン販売店からバターの香りが漂っている。


心臓がはやく鳴る。


チェリーロードを抜けると、ひとだかりから、そこが待ち合わせ場所だと分かった。


そばの靴修理店の所にいた彼女は笑顔で、ただ正面を見て待っていた。彼は落ち着きを少し取り戻す。


淡いブルーのロングスカートの彼女は彼を見つけると、白い歯を見せ手を振ってくれた。


今日家に来てくれる可能性を考えると期待が高まり、緊張感が増す。


いけふくろう像は思ったよりも小さく、触れることができる所にあった。


「迷ったでしょう?」


「ごめん。ごめん。時間すぎちゃった。今日は、よろしくお願いします」


「ふふふ。」


並んで歩くと、初対面よりも小柄に見え、横から見ると、上唇がとんがっていて愛嬌がある。


背が低い女性は性欲が強いと聞いたことがあるが本当だろうか。


サンシャイン通りは若者や子ども連れの主婦が多く、肩が触れることもあったが、それで不安になることはなかった。


優香のおかげで、彼の神経症は影をひそめる。


アパート近くのレンタルビデオ店でアダルトビデオを借りるのが唯一の楽しみだが、ジャンルはマニアックに限定されつつあり、女性が恥じらいを感じて生理現象する姿に興奮して、深夜まで鑑賞するものだから、慢性的な寝不足だった。


こうした習慣が彼のホルモンバランスを崩している。


店員の笑い声が聞こえると明らかに彼に向けられたものだと感じることがあるが、中毒の彼は陰でどんな「あだ名」がつけられていたとしても、通い続けるのだった。


こうして女性と出かけるのは不健康なことではない。


彼女は自分からよくしゃべってくれるので、会話に困ることは無かった。


大学4年生にして、ようやく理想のキャンパスライフが始まったと思う。

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