僕にサーフィン教えてください
悠太が上京して3年経つ。
堀切菖蒲園駅から京成関屋駅方面に線路沿いへ。
高架下のトンネルで、いつもの路上生活者の姿を確認する。
古本屋の主人の奥さんが通りに背を向け、パソコンを開いている。
悠太は、人を必要以上に観察する所がある。
振り返っては、さっきすれ違った人間を凝視した。
煎餅屋を右折し、しばらく進み、ラーメン店を左折する。
左手にサーフボードの販売店がある。
この店の先の交差点を左折すると、レンタルビデオ店があり、隣が悠太のアパートである。
立ち止まり、通りから、日焼けした、ガタイのよい男店員と店内を目を見開き、なめまわす様に見る。
そうすると、決まって、その店員は仁王立ちで悠太を、にらみつけた。
強迫性障害の症状のひとつで、他人に唾を吐くなど、危害を加えたのではないか、石を投げて窓ガラスを割ったのではないか、と不安になり、確認しないと、いてもたっても居られなくなるのである。
確認作業で疲労困憊するのは悠太の常だった。
自分でも馬鹿げていると分かるのだが、やめられない。
実際に損害を与えることは無いのだが。
優香と出会い、メールをする様になってから足元が軽く、こういった確認作業も、あまり苦痛ではなくなった。
学生相談室のカウンセラー、大山に報告する。
「よかったですね。最近も人にバカにされ、笑われてる気がしますか?」
「相変わらずありますけど、前よりはバカにされても、気にならなくなりました。」
悠太の周りの笑い声、「ダサイ」など、ネガティブな言葉も、自分に向けられていると信じて疑わない。
「女友達ができたからかな?」
「それはあるかもしれませんね。でも不安ですよ。すぐ嫌われるんじゃないか、とか。」
「いきなりセクハラみたいなことしなければ、嫌われないんじゃない?」
「そうですかね。今度ご飯行くことになりました。」
「いいですね。」
「気持ち悪くなって吐いちゃうんじゃないかと不安で、全然食べれないかもしれませんよ。」
「残しても良いんじゃないですか?」
「嫌われませんかね?」
「嫌われませんよ。」
悠太は吐くことも恐れているので、食べる前から不安で気持ち悪くなることが、よくあった。
「どこに食べに行くんですか?」
「これから決めます」
「楽しみですね」
優香は1学年下だが、1年浪人してるので、同い年だと分かった。
悠太はカウンセリング効果もあり、気分良く帰路についた。
優香と、ひんぱんにメールしながら。
すぐに返信しなければ、せっかく築いた関係が崩れてしまうのではないかといったプレッシャーが、彼の神経をすり減らしてることは、今の段階では分からなかった。
サーフボード販売店の店先で立ち止まり、いつもと違うのは微笑みながら、店員と店内を、しばらく見ていた。
そうすると店員は、いつにも増して険しく悠太をにらみつけるのだった。