勉強机
「今日学校帰ったらヨシキくん家行っていい?」
駆け寄ってきた級友の久志がボクのランドセルをぐいと押した。
西に傾いたお日様がボク達の影を長く伸ばす。
ひょろりとした影と少し体格のいい二つの影。
「えーーー、オレも行きたいー」
今度はキャップを被った影が一つ増えた。
いつもと変わらない下校風景。
同じぐらいの背丈のボクたち三人は幼稚園の頃からずっと一緒の幼馴染みだ。
「オレもヨシキの家に行ってもいいよね?ねぇねぇ、今日は何するの?」
キャップを被ったコウヤが太っちょのタイガに聞いてくる。
「やっぱり、ゲームでしょ?ねっ、ヨシキくん」
「…ボクは今日遊ぶって言ってないよ。明日理科のテストだから家に帰ったら勉強しないと」
そうだ、明日は理科のテストがある日だ。
子供の時からきちんと勉強しない兄貴のような大人になってしまうと事ある事に母親にきつく言われている。
9歳年上の兄貴はある時期までバカでは無かった。
そんな兄貴が母親が呆れてしまう大人になってしまったのは今から半年前の事である。
小学生の頃からボクと同じようにしっかりと勉強をしていい中学に入っていい高校に入って有名な大学に進学して立派に卒業してきちんとした公務員になるんだと言っていたし、家族の誰もがその言葉を信じていた。
実際、人生の途中までは兄貴は自分の言葉通りその生き方を実践していた。
しかし。
事件は急に起こった。
どんな経緯があったのか分からないが高校卒業式前日に兄貴は退学届けを出したのだ。
兄貴のした行動に誰もが驚きを隠せず両親は怒りを通り越し正に開いた口がふさがらない状態になっていた。
人間本当に予想だにしなかった事が起こるとあんな表情になるんだと思うぐらい、家族の誰もが見た事の無い顔になっていた。
最も怒り狂ったのは母親だった。
これ以上目を広げたら飛び出て下に落ちてしまうのでは無いぐらい大きく見開いて、『今すぐに学校に行って退学届けを返してもらって来い、謝って謝って謝り倒せば先生だって許してくれるはず』そんな言葉を絶叫していたが当の本人は、どこ吹く風で、全てをやり遂げた顔で脱いだ制服をキレイに畳み正座をした状態で制服に頭を下げた。
その後も母親はガミガミ怒鳴るのを止めなかったが、清清しい兄貴の顔をみていたらボクはもう何を言っても無駄だと子供ながらに悟った。
それ以降兄貴は家で引きこもり…もとい自宅警備員に徹してほとんど家から出てこない生活を送っている。
呆れきった母親は兄貴を存在しない人間として扱い、一切面倒を見なくなった。
部屋の中からひっきり無しに聞こえてくるパソコンのキイを叩く音が兄貴が元気にそこにいる事を教えてくれていた。
「そんな事言わないで、オレたちまだまだ子供なんだから、いっぱい遊ばないと!遊ぶのが仕事だよ」
「そんな事言ってたらあっという間に大人になって今してた事後悔しても知らないからね!」
コウヤの言葉を遮りボクは言った。
そうだ後悔先に立たず、光陰矢のごとしだ。
それからボクは二人の会話に一切聞く耳持たずで黙々と歩いていた。
「あれ?何だ?あれ?」
そろそろ家が見えてきた空き地にそこにある訳無い物があったのだ。
コウヤとタイガが急に歩を止め、前方を指差す方向にある物、それは…。
「ヨシキくん!あれは一体何ですか?」
二人が声を揃えて聞いてくる。
それは学校の勉強机とイスに二セットだった。
「ヨシキくん!」
ボクに聞かれても全く分からない。
いくらボクが賢くても分からない事もあるのだ。