ふしぎなほん
お久しぶりです、頭がパンクしそうです
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公園から戻る頃には図書館は開いていて、もう何人か入っているようだった。
別に競争しているわけではないのだが、不思議と急かされているような気持ちになって、リッツはぱたぱたと図書館に駆け込んだ━━━
「うわぁ...」
広い空間を埋め尽くす本たちの圧倒的な存在感は、何度来ても慣れそうにない。
大小さまざまな本が作り出す模様は、見る人を押し潰してしまいそうだ...
「今日は何を読もうかな?」
とりあえずいつも読んでいる精霊の本がある辺りに移動する。
精霊関連の本の数も非常に多いのでまだ読んでいない本はたくさんある。
どれを読もうかな、と心の中で呟きながら本棚の本たちを目で追っていく。
「ん...?」
本棚の右下、目立たない位置にそれはあった。
本にはしっかりとした装丁がされていていかにも重そうだ。
背表紙には特に何も書かれておらず、タイトルはわからない。
吸い込まれるようにその本に手をかける。
ひんやりとしているのが指先から伝わってくる。
紙と言うより金属のイメージだ。
ずっしりと重いそれを、ゆっくりと本棚から引き抜く。
慎重に、慎重に...
この本だけは何があろうと落としてはならないような気がして。
やがて本を引き抜くと、どうやら表紙にもタイトルが記されていないことがわかった。
いつの間にか緊張していたらしい心臓がバクバクと脈うっているのがわかる。
音として伝わる生は、やけにうるさくて、鬱陶しかった。
「はぁぁ...」
思わず床にへたり込んで安堵のため息を吐く。
全身の筋が程よく弛緩して少しくすぐったい。
「これくらいの大きさだったら一冊で足りるかな...」
少し大きすぎる本を大事そうに胸に抱えてのそのそとカウンターへ向かう。
精霊関連の棚からカウンターまでは大した距離もないのだが、本が大きすぎてどうにも歩きずらい。
やっとの思いでカウンターに辿り着いても本が乗せられない。
「うんしょっと...あの、これ借りたいんですけど...」
どうにかカウンターに本を乗せてその奥を見てみると、普段と少し違っていた。
あれ?と思った。
いつもにこにこ笑いかけてくれるお姉さんの顔が少し怖い。
なにかまずいことでもしたのかな。
「あら、その本を読むのかしら?」
あ、いつもの顔だ。
気のせいだったのかな...?
「その本とっても難しいから読めないかもしれないわよ?大丈夫?」
心配してくれているように見える。
「大丈夫です、今日はこれ読みます」
そう言うとまたいつもの笑顔に戻った。
さっきはどうしたんだろう...
「そう?なら貸し出すわね、難しいけど頑張って!」
お姉さんが胸の前で小さくガッツポーズしてくれた。
なんだかやる気がみなぎってきたぞ!
「頑張ります!」
僕もお姉さんみたいに胸の前で小さくガッツポーズをしてみる。
「読む時間なくなっちゃうわよ?」
いってらっしゃーい、と手を振ってくれたので僕も振り返して部屋へと向かう。
リッツが居なくなったカウンターで、司書はぽつりと呟く。
「...あの本を選ぶとはね、とても読めるとは思えないけど」
私も目を逸らした人達の1人だから。
目を逸らさずに夢を見続けられるだけでも凄いと思う。
果たして、その夢は叶うだろうか。
「考えても無駄ね、お仕事しなくちゃ」
カウンターを離れて読書室に移動したリッツは、ぱたんと扉を閉めて机に借りた本を置く。
「さ、読むぞー」
浅めに椅子に腰掛けてぱらぱらと本をめくってみる。
本の中にもタイトルと呼べそうなものがなく、そこには圧倒的な量の情報だけが詰め込まれていて、本と言うよりは誰かのノートのようにも見える。
「うぇ...確かに読むの難しそう...」
情報の波に飲まれないように気を付けながら、リッツは最初の1ページからゆっくりと内容を読み始める。
どうやら冒頭部分は前書きのようだった。
『果たして、この本を手に取り、目を通し、活用出来る者がどれくらいいるだろうか。
おそらく、これを読んだ者のほとんどは呆れ、笑い、馬鹿にするだろう。
しかし、これを必要とする者も存在するだろうと信じている。
もしかしたら私がただ遺したいだけなのかもしれない、誰にも言えなかった秘密をここに書いておきたかったのかもしれない。
それでも誰かの役に立つなら是非とも使ってほしい。
彼ら、「精霊」と呼ばれるなにかについて私の持てる情報の全てをここに開示しよう。』
次のページからは図解入りで、おそらく精霊のものだろう説明がびっしりと書かれていた。
図だけ見ても、今まで読んできた本とは明らかに違う部分を取り上げている。
リッツは静かに、ゆっくりと、本の世界に身を沈めた━━━