朝の散歩
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まったく、昨日は散々だった。
またしても後悔が、今度はねっとりと蛇のように絡み付いてくる。
姿形を変えて、何度も、何度も。
得体の知れない恐怖を引き連れてリッツに襲いかかる。
ぶるり、と身体を震わせてからぽつりと呟く。
「名前、聞きたかったな...」
なんとなく名前を知らないといけない気がした。
彼女とは絶対に交流しないといけない。
...そんな気がした。
「うーん...」
これは精霊より先に少女との意思疎通の方法を考えた方が良さそうだ。
まずはどうやって接触するかだが。
「そもそも普段どこにいるのかも知らないし...」
そうだ、よく考えてみれば普段どこで生活しているのかも知らない状態でよく接触を図ろうとしたものだ。
さらに言えば気がしただけでしなければいけない理由はない。
だが、リッツには謎の確信があった。
何故なのかはリッツ自身も知り得ないことだが。
「ああ!もやもやする!」
濃い霧を振り払うようにぐしゃぐしゃと自分の髪の毛を掻き回す。
「はぁ...」
「気分転換になるし図書館行こうかな」
今日は...物語でも読んでみようか。
てきぱきと準備を進める。
顔を洗って、軽く朝ご飯食べて、歯を磨いて、着替える。
いつも通りの手順を踏んでいく。
やがて準備が終わると玄関で靴を履き、外へ出る。
ドアの向こうにはまだ昇りきっていない日が煌々と輝いていた。
「んんーっ...今日もいい天気だなぁ」
玄関で確認した時はだいたい朝の8時半くらいだったので、日の出から1時間半といったところか。
まだまだ涼しい夏の風が、小鳥のさえずりと共にリッツに朝を知らせてくれる。
「さてと...今日は風が気持ちいいから寄り道しながらのんびり行こうかな」
そう言うと、頬を撫でる風に目を細めながらゆっくりと歩き始めた...
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少しして、町の中心から少し離れた所にある市場に着いた。
まだ入り口だと言うのにそこらじゅうから賑やかな声が聞こえてくる。
あるところでは、「お客さん!今日は活きのいいのが揃ってるぜ!」
あるところでは、「おやじさんこれいくらだい?」
またあるところでは、「おっしゃ!お客!こいつも持ってきな!おまけだよ!」
と。
ここにいる人たちは皆楽しそうだ、活き活きとしていて見てるこっちも楽しくなってくる。
誰彼構わず楽しくさせる、それだけのパワーがここにはあった。
売り手と買い手の距離が近いのも魅力の一つだ、買えるものはそこら辺の物より市場で買った方が断然良いし楽しいと言われるほどには。
「おっとっと...今は買い物しないしそろそろ行こうかな、いっぱい本読みたいし」
そう言って歩き出すリッツの足取りは心なしか軽やかだった。
市場を抜けて大通りを少し歩くと昨日の森があるのだが、そこは帰りに寄るとしよう。
朝日に照らされる大通りはいつもよりも、ずっとずっと鮮やかで、生気が溢れているように見えた。