おもいでばなし
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実はもう少し小さかった頃、少年は一度だけ精霊に遭遇したことがある。
それはある夏の日の出来事だった。
━━━少年はいつものように一日を過ごしていた。
「せーれー様の事もっと知れるかなぁ」
楽しげな口調で、足取り軽くいつもの図書館へ向かっていた。
途中、考え事に夢中になるあまり石に躓いたりしたが、それ以外はいつもと変わらなかった。
いつものように図書館へ行って、
いつものように精霊の本を読む。
飽きはしなかったが、気分転換に別の本も読んでみようかな。と考えていた。
ぺらり、ぺらり...
静かな空間にページを繰る音が響く。
時間を気にする様子もなく、少年は本を読み続けた。
...しばらくして、時間が来た。
少年は丁度読み終わった本を返して、図書館を後にした。
今日はどこに寄り道しようか。などと考えながら、普段は歩かない森林沿いの道を歩いていた時だった。
木々の隙間に人影が見えた。
少女のような、しかし大人びたような人影。
外見だけではまず年齢を判断できないであろう見た目だ。
しかもよく見てみると宙に浮いているではないか。
(もしかしてあの人がせーれー様⁉︎)
高鳴る鼓動を抑えつけて、謎の人影の様子を伺う。
本で手に入れた情報とほとんど同じ外見だ。
(多分...せーれー様だよね...?)
(でもなんか様子がおかしい...)
しばらく観察すると、精霊が何をしているのか少しずつ分かってきた。
...おそらく迷っているのだ。
辺りをキョロキョロと見回して、少し進んでは元いた場所に戻る。
(絶対、迷子...だよね...)
(道を教えてあげた方がいいかな...でもどこに行きたいんだろ)
うーんうーんと唸っているだけでなかなか行動に移せない。
あれから少しだけ時間が経った。
少年と精霊は、まるで石像であるかのように同じ場所から全く動こうとしない。
謎の緊張感が場を包んでいる。
...さらに少しだけ時間が経った。
(ええい、話しかけちゃえ!)
ありったけの勇気を振り絞り、おそるおそる精霊に近づく。
「あ、あのぉー」
おっかなびっくり精霊に尋ねる。
━━━返事がない。
「あ、あの!」
するとこちらに気付いたらしい精霊が、
「む?ふむ?私が視えるだけでなく話しかけるとは...面白い人間もいたものだな」
驚いたような顔をした後、
「して、何用かな?私は今忙しい。」
(せーれー様って普通に喋れるんだ...!)
「え...っと、道に、迷ってます、か...?」
「まぁ、そんなところだな。」
困ったような顔をして言う。
「... "家" を見失ったのだ。」
だが、と精霊は続けた。
「我々精霊には帰るべき "家" があるのだが。しかしそれは人間には見つけられんよ。」
「もちろん、迷っていた私を心配して声を掛けてくれたその善意には感謝している。」
直接触ることが出来ないのだろうか、精霊が少年を撫でるように手を動かしているが、少年は不思議そうな顔をしながら言葉を返す。
「そ、それほどでもないですっ!」
ぶんぶん、と手を振って否定する。
「謙虚だな。どんな事があっても善い人間のままでいなさい。」
撫でる手は止めずにどこまでも優しい口調で少年に言った。
「はい!」
元気よく返事をする。
「いい返事だな。喋りかけてきた時よりもずっと良い。」
━━━それじゃあ私は行くよ。
━━━またどこかで会えるのを楽しみにしているよ。
「行っちゃった...?」
「んー!また会いたいなー!」
よしっ、と気合を入れて家路に着く。
━━━少年に向けられた視線には気づかぬまま。
「...精霊に撫でられるなんて相当よ、なにがあったのかしら」