こりないやつ
アイオロスは仕事中です。
「なっ」
俺は思わず自分の目を疑っていた。
飲んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになっていた。
数日前と同じ時間、確かに俺はこの場所にいた。
ここは俺の物色の場所。
ここを通るのは、大抵金を持っている。
貧乏人は通らない道だからだ。
王都の中央広場に向かう道。ここから中央広場を抜けると、王城まで一直線となるこの道は、いつも人であふれている。
しかし、それは富裕層だ。
ここの人が多いのは、アウグスト王国の繁栄を意味している。
しかし、地方ではそうではない。
王都を離れていくと、そこは貴族によって差が出ていた。
ベルン近郊は恵まれている。
魔の森に近いとはいえ、守備隊もいるし、往来は活発だった。
しかし、それ以外は・・・。
特にヴィンター公爵領は例の不死者騒動で以前の半分の流通量だと聞いている。
そんな中、王都に来る人間も増えていた。
「ここに来たっていいわけないのにな。」
独り言を大きくつぶやく。
目の前の奴らは、いいことだらけだろう。あてつけるようにつぶやいたが、誰からも反応はなかった。
まあ、あたりまえだ。
基本他人には無関心。
相手とは、自分に利益をもたらすもの。それ以外は他人。
これがこの場所の共通認識。
いやむしろ、自分の利益のためのものとしか思っていないだろう。
むさぼり。
すいとり。
すてる。
それが当たり前の世界だった。
だから、おれもこの場所で仕事をする。
おれは奪うものだ。
金を奪い。
時に命を奪う。
そんな生き方になっていた。
その俺の仕事場に、またしてもやつは現れていた。
金髪の小僧。
もう二度と会うのはごめんだった。俺はそっと隠れるように息をひそめていた。
そして、俺は見てしまった。
「おまえな・・・・・。」
俺の視線の先に、あの赤毛がいた。
数日前と同じように、また金髪の小僧をねらっていた。
「バカな奴。でも、望み通り、俺は助けないよ。」
せっかくくれてやったチャンスを生かしきれない奴は、そのうちのたれ死ぬ。
そこまで俺はお人よしじゃなかった。
「本当に馬鹿な奴だ。なんであの小僧を狙う。少なくとも、他にいるだろう。」
数日前よりも、さらにみすぼらしい格好になった赤毛は、この場所では人目に付きすぎていた。
奇異の視線というよりも、場違いゆえに、異端の目を向けられていた。
「本当に、馬鹿な奴だ。」
何度でも言ってしまうほど、愚かしいその行動は、俺の中でも疑問だった。
俺は疑問を晴らしたくなる衝動に駆られていた。
そして忘れていた。
金髪の小僧。
俺の追尾を見事に感知したあの洞察力を。
「おお。アイオロス!またあったな。」
通り過ぎたくせによく言う。
明らかに、俺を巻き込んでいる。
しらんふり、しらんふり・・・・・。
俺は視界の端に小僧をおき、優雅に紅茶を飲もうとした・・・・。
別に手が滑ったわけじゃない。
飲みたくなかったわけじゃない。
しかし、俺の手の中から、紅茶のカップはきれいさっぱり消えていた。
しかも、テーブルに中身をぶちまけて、粉々になってその役目を終えていた。
「ひどいじゃないか、アイオロス。無視するなんて。俺の挨拶を無視したら、間違って手が滑ることだってあるんだぞ?」
すぐ近くに、金髪の小僧が来ていた。
「あれ?短剣がなくなってるぞ?ああ、さっき手を振った時に、間違って飛んでっいったんだな。どこにいったんだろう?知ってるか?アイオロス。」
白々しくも、俺のすぐ横の壁に刺さっている短剣を引き抜きながら、話しかけてきた。
「いえ、わかりませんね。おや?私の紅茶もなくなりました。」
紅茶の容器の取っ手の部分をすてさり、給仕の女性を呼び止めた。
「お嬢さん。すまないが、私の紅茶がひとりでになくなってしまった。カップごとだ。弁償はするから、代わりのものを。そして、こちらの方にもお出しして。会計はまとめてくれて結構。」
金髪の小僧が椅子に座るのを傍目にとらえて、俺はそう注文していた。
「おお、気が利くな。アイオロス。ちょうどのどが渇いてた。」
笑顔だった。
「なあ、ところで、あっちのもさそうか?」
視線で示すその先に、標的を見失った赤毛が右往左往していた。
どんだけ早い動きでここまで来た・・・・。
「あちらさんは、困るでしょう。ああいう馬鹿はほっとくのが一番です。」
ため息をつきながら、そういうのが精一杯だった。
「だな。なんだかあれの手を切る気にもなれない。」
用意された紅茶を飲み、金髪の小僧は俺の意見に同意していた。
「じゃあ、このあいだの約束だ。時間はあるのだろ?なんだったら、俺の袋かけようか?」
とれるもんならとってみろと言う顔で、俺を見ていた。
お手上げだった。
今日は仕事ができそうにない。
というか、またあの赤毛のせいで、俺はこの金髪の小僧の相手をさせられた。
「いえ・・・。それで、おはなしとは?」
俺はあきらめて、話を聞くことにした。
「ん?おまえが話すんだろうが?」
なんでそうなる?
目標を突如失って、うなだれて帰る赤毛をみながら、俺の気分は赤毛と同じだと思っていた。
「俺は逃げれないけどな・・・。」
ぼそりとつぶやいた俺の言葉に、金髪の小僧はにこやかに返事をしてきた。
「逃がすつもりもないからな。」
笑顔というのは、とても怖いものだと、俺はその時初めて知った。
次回、マルスとのお話です。