暗殺者
アイオロスが動きました。
調べはついた。
やはり思った通り、弟はおらず、俺の投獄を機にマルス様に汚名を着せていた。
しかし、それも魔術師デルバーがもみ消していた。
身元引受人の項目は魔術師デルバーになっていたのだ。
しかも、国王が恩赦を出す形で、俺の罪はなくなっていた。
ミットライト男爵はその事実と、自分のもとにもたらされる利益がなくなったことにひどく憤慨している様子だった。
ロイエ男爵家の領地は遠縁のミットライト男爵家が相続するように話が進んでいたようだが、そこにも王が割り込んでいた。
ロイエ男爵家を相続不可にして、直轄領にしていた。
この手配もおそらくは魔術師デルバーによるものだろう。
実に手際が良かった。
そして、内偵を進める俺のもとに、差出人のない封書が空から舞い降りてきた。
そこには、一言書かれていただけだった。
今夜いる。
あれから男爵は巧みにその存在をごまかしていた。
貴族だから、雲隠れするわけにはいかないが、マルス様の報復を恐れての事だろう。
その情報は、俺にはありがたかったが、素直には喜べなかった。
「謝罪のつもりらしいが、俺はあんたをまだ許す気にはなれないよ。デルバー。」
俺の意志をそこに込める。
封書は役目を終えると、その姿を灰にしていた。
「ミットライト男爵。今夜は嵐になるだろう。」
遠くから雷雲が近づいているのが見て取れた。
俺は、目を瞑り、黙ってその時を待っていた。
夕闇がその姿をいろどり、雷鳴轟く舞台が、今夜の主役の登場をも待っていた。
案内人である俺は、執事姿を闇と同化させていた。
今夜の舞台はそこにある。
そこで踊る役者もそろっているようだった。
主役のミットライト男爵。
助演の執事。
この二人は、今夜が最終公演。
世界という舞台を降りてもらう。
その他は、どうでもいいが、この家に仕えているのだ。それなりに、その責任はとってもらう。
裏口から侵入し、歩哨を彫像に変えた後、屋敷の中に侵入する。
財をなした男爵家は、公爵家に近い敷地と屋敷を誇っていた。
目指す先は最上階。
その前に執事を先に、舞台からおりてもらう必要がある。
目の前で笑うあの笑顔。
あれだけは許せなかった。
執事の部屋は1階の奥。
迷わずそこに侵入した。
俺の侵入に気が付かない奴は、椅子に腰かけ、大事そうに壺を磨いていた。
そっと背後に忍び寄り、痛みを感じさせないほど、素早く心臓と喉を一突きする。
自分の死を理解していない執事は、壺を大事そうに机に置くと、俺を見て何かを話していた。
「ああ、お前の声は聴きたくないんだ。」
お前には話す資格すらない。
出来ればその姿も見たくないんだ。
しかし、お前にはデイオペアの明日を直接奪った罪がある。その罪は死すら生ぬるい。
「ああ、興奮するなよ。心臓の一撃は血管を切っている。それ以上心拍数があがると、切れるぜ。」
だらしなく顎を垂らしている執事は、自分の状態を理解したのだろう。
暗殺者ゆえのその恐怖は、奴の落ち着きを妨げていた。
ゆっくりと拍動数が上がって行く。なまじ訓練しているから、その恐怖はさぞ厳しかろう。
もうすぐだ。
俺の顔は愉悦の笑みを浮かべているのだろう。
執事の顔は恐怖に固まっていた。
あと少し。
俺は手に取るようにわかる執事の心拍を、ゆっくり声に出すことにした。
「あと3つ。拍動数をあげたら切れる。」
「あと1つ。なかなか、頑張ってるじゃないか。」
「ああ、お前は自分の恐怖に打ち勝てなかったな。どうだ?自分で選択したんだ。満足だろう?お前はウソの情報しか与えなかったな。だから、おれもそうした。実は最初から死んでるんだよ。おまえ。」
口から血を吹き出して倒れる執事を前に、俺はその事実を伝えていた。
最初の一突きで、心臓の自律能を壊している。心臓は自分たちのリズムをもはや保つことはできない状態にしてあった。
「まず、一人。」
俺はその部屋を後にして、廊下ですれ違うメイドたちを、静かに安らかな眠りにつかせていた。
「もう仕事しなくていい。休んでなさい。」
その言葉の意味を聞くこともなく、次々と廊下で休むメイドたち。
雷鳴が轟くなか、俺はその部屋の前にいた。
ノックをして、中の返事を待つ。
どうやら不在のようだった。
「失礼します。」
礼儀正しく、扉を開けて中の様子を確認した。
室内は広く、部屋の隅でメイドが一人震えていた。
「お嬢さん。どうしたのですか?」
俺は優しく問いかけた。
「侵入者がいたようです。男爵様の警戒の魔道具が輝いていました。私には、ここで侵入者たちを迎えるようにおっしゃって、これを渡されました。」
俺の前に差し出されたのは、強制転移の魔道具だった。
空間が歪み、視界がぼやける。
メイドの安堵の表情が手に取るようにわかっていた。
「残念ながら、お嬢さん。それは私の幻影です。私はあなたの後ろですよ。」
その首を持ちながら、質問する。
「男爵は別館ですね。」
必死に抵抗するが、体は正直だ。
「なるほど、そこに行くには・・・・。この部屋のどこかに転移装置があるわけですね。」
恐怖に目を見開く。なぜそのことがわかるのかと言いたげだったが、教える義務も親切心もなかった。
「それは、どこですか?」
メイドの目を広げつつ、部屋を見て回らせた。
「ありがとう。あなたは役に立ちました。お礼に苦痛なく死んでください。」
首の後ろを一突きし、その死体に向けて強制転移の魔道具を発動させた。
「さて、いつまでも逃げれるとは思わないことですね。」
転移装置を発動させて、俺はその別館に飛んでいた。
転移装置を抜けた先には、同じような屋敷があった。
敷地の中ではないが、同じ王都だろう。
空の状態が同じだった。
注意深く気配を探る。
間違いなく、奴はいた。
2階の廊下の先。
ちょうどこの真上に何かあるのだろう。
俺は窓を破り、壁を登って、そこに至った。目の前には、息を切らせた男爵が後ろを振り返る姿があった
「ふっ、ここまでは追ってこれないようだな・・・。」
震える声でそうつぶやいていた。
汗ばんだ額を腕で拭い、注意深く廊下の先を見てる。
「明日は大事な日だというのに・・・。」
言い終わる前に、俺は親切に教えていた。
そっちに俺はいない。
「明日はすでにお帰りになりました。」
低く、押し殺した声。
仲間からひどく恐れられる声を出していた。
「もう、今日との別れもすまされましたか?」
俺の方を向く男爵に、問いかけた。
「ひっ、いつのまに!?」
恐怖が声に現れていた。
再び雷鳴が轟き、窓際に立ち俺の姿を克明に描き出した。
「なっ、おまえはアイオロス・・・。馬鹿な。どうやって!?」
男爵はひどく狼狽し、周囲を見回していた。
自分一人で逃げたのだろう?
そこに自分を守るものを見つけようとしてどうなるというのだ。
そろそろ舞台を降りてもらいたい。
その醜悪な顔を見るのも限界だ。
俺は、ゆっくりと優雅にお辞儀をし、死の案内を告げていた。
「では、ご案内いたします。」
低く太い声で、案内を申し出た。
「いらん。」
短くそう言うと、男爵は走り去っていた。
その醜悪な後ろ姿に、俺の気持ちも切り替わっていた。
「せいぜい逃げ回れ。そうやって死の恐怖を味わいながら、じっくりと、じっくりと旅立ちの用意をしていくんだ。まだまだ、楽には殺さんよ。お前には死すら生ぬるい。」
その顔はこれ以上見たくないが、かといって楽に殺すのはデイオペアに申し訳がなかった。
短剣を取出し、狙い澄ませて投げつけた。
予想通り振り返った男爵の頬に、うっすらと傷をつけた。
「さあ、ゆっくりとご案内いたします。すでに皆さんは、向こう側でお待ちですけどね。」
必死で逃げる男を、俺はゆっくりと追いかけていた。
暗闇の中、ほんの少ししたところで、男爵は予想通り倒れていた。
「もう少し頑張ってほしいものです。では、この毒消しをお飲みください。」
もう一度新しい傷を首筋につけて、毒消しを飲ます。
「ひぃぃ!」
もはや、二足歩行すらしていない男爵を眺めながら、ゆっくりと立ち上がる。
暗闇に消えたはずの男爵は、すぐそこに泡を吹いて倒れていた。
無様な男爵に光が当たる。雷はすぐそこに来ていた。
「まったく、根性がありませんね。麻痺毒は厳しすぎましたか?そうですね、足の親指を切る代わりに、麻痺を治してあげましょう。」
靴を脱がせて、親指を切断する。
麻痺をしているため、悲鳴すら聞こえないが、涙しているから、痛いのだろう。
「彼女はもっと痛かったです。」
そう言って麻痺毒を消してあげた。
その途端、転げまわるようにして、俺から遠ざかる男爵は、まさに転がるようにして逃げていた。
「そんなことでは、階段が大変ですよ。」
俺の忠告が届く間もなく、大きな音と悲鳴が聞こえていた。
「人の忠告は聞くものですよ。まあ、親切心ではありませんが。」
俺はゆっくりと、その場所に向かっていた。
「ああ、もはや虫の息ですね。死にたいですか?生きたいですか?」
もはや返事をする気力もないのだろう、目だけで俺に訴えていた。
「まあ、どちらにせよ死ぬんですけどね。質問を変えましょう。」
改めて、襲い掛かるように俺は告げていた。
「苦しんで死にたいですか?苦しみぬいて死にたいですか?」
俺の質問には答えず、しぶとい男爵は気絶を選んでいた。
次回が最終話となります。
ありがとうございました。