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語らぬ想い

アイオロスとデイオペアが結婚します。

聞いた。

表に出した、その言葉。


感じた。

裏に隠した。その想い。


もはや、迷いはなかった。


「あなたと共に世界を見たいと思います。」

ただ、それだけが唯一表に出たデイオペアの意志だ。

そこだけは、まぎれもないデイオペアの想い。


隠そうとしたデイオペアの意志。

表に出した、デイオペアの言葉。


ならばそれをかなえるのみ。

それが俺の意志だ。


俺は言葉を隠して、その意志を貫いていく。

裏に潜むその想いをかなえ、この娘に少なくとも自分の人生を歩ませてみせる。


自分自身の幸せのために。


例え、そう思わされたにしても、自分で決めているには違いない。

しかし、もし、それがなかったとしたら、どうなっていた?

それを含めて考え直すくらいの時間はこの娘にあってもよいだろう?


この娘の語る言葉は信用できないかもしれない。

しかし、信じるのは俺自身のためだ。

たとえ、デイオペアが自分を信じられなくなっても、俺だけは信じてみるのものわるくない。


デイオペアが自分に価値を見いだせなくなったら、俺がその価値を認めてやる。





そして、俺たちは夫婦となった。

今でもはっきりと思いだす。デイオペアは笑顔だったんだ。


そう、俺たちは互いを必要とするようになっていた。



スラムのはずれでひっそりと、俺たちは、互いの誓いを確認した。


「私を信用しないでね。私は悪い女。でも、あなたといることを望みます。」

デイオペアがそう誓う。


「信じるのは俺の自由。世の中悪いやつもいれば、良いやつもいる。すべてがよいやつなら、世の中つまらんことになるだろう。俺は少なくともよいやつじゃない。だが、お前と共にいる時だけは良いやつでいよう。」

俺の誓いは陳腐なものだった。


だが、デイオペアにとっての新しい出発に、これ俺がともに歩く。


こいつの人生。

これから俺が見守っていく。




そう思っていた・・・・・・・。






その後も相変わらずスラムで暮らす俺たちは、スラムの中で皆に祝福されていた。


「私はスラムが好き。スラムの人たちが好き。でも、スラムの人がもっと世間に認められたらいいなと思う。」

その考えに俺は驚きを隠せなかった。


「そうだな、それはなかなか難しい。でも、俺もそう思うよ。」

俺一人ではあきらめていたことだが、俺たちならできるのではないかと思ってしまった。

そんなことを思える日が幸せだった。


その時の俺は、これが俺たちの幸せなのだと思っていた。


ときおり一人泣くデイオペアは、自分自身の気持ちに揺れているのだと勝手に判断していた。

このときの俺は、自分自身の心地よさに警戒心が緩んでいくのを気が付くことができなかった。



一仕事終えて、帰宅した俺をまつデイオペア。

笑顔で俺を待っているデイオペア。

今日はどんなことがあったのかを、話をするデイオペア。


そんな当たり前の暮らしを、俺はいつまでも続くものと感じていた。


その日、デイオペアはいつも通りに俺を送り出し、いつも通りに俺を迎えるはずだった。


しかし、その日に俺を待っていたのは、きれいな赤毛をどす黒く変え、穏やかな顔で横たわるデイオペアだった。


叫んでみても、言葉にならない。

俺は自分の愚かさを、この日ほど恨めしく思ったことはなかった。


俺になにも語ってくれないデイオペアを、いつまでもいつまでも抱きしめていた。


こうなることは十分に警戒していたつもりだった。

こうなることを避けるために、いろいろ細工をしていた。


黒幕との接触には十分気を使っていた。

デイオペア自身が自分の命を絶つことを避けるようにしていた。

スラムの人間にそれとなく見張ってもらっていた。


だから、警戒がおろそかになったのか?


いや、俺の慢心だ。

デイオペアの心をつかみきれていなかったんだ。

その顔は、目的が果たされることを確認したためだろう。


「ばかやろう・・・・。」

意味もなく拳をたたきつけた。


お前に人生、お前だけの物なのに。

俺と共に世界を見るんじゃなかったのか?

俺と共に新しい人生を歩むんじゃなかったのか?


俺は、お前の心を変えることができなかった。


両脇を抱えられ、連れて行かれる時に、デイオペアに布がかぶせられた。

それを黙って見ながら、俺は泣くこともできずに、自分の愚かさを悔いていた。


「まあ、こうなるとは思っていたよ。あれほど英雄に迷惑をかけるなと注意したのにな。」

なぜか聞き覚えのある声に、俺はそうなのかと納得していた。


デイオペアの死に、アイオロスは己のふがいなさを感じています。

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