意志無き意志の中で
固まったデイオペアはいかに?
俺の目の前で、少女が呼吸を忘れて立ち尽くしていた。
言った俺が言うのもなんだが、こいつの頭の中をのぞきたくなった。
しかし、そう悠長に構えてもいられない感じがする。
「おい、しっかりしろ。」
デイオペアの肩をつかんでゆすってみた。
なかなかこっちに意識を向けない。
軽く頬をつねってみる。
やわらかく、どこまでも伸びていきそうな感じだった。
おもしろい。
俺はそう思ってしまった。
俺の考えが伝わったのだろうか?
ゆっくりと、少女の時は再び動き出す。
「大丈夫か?」
顔を近づけ、尋ねていた。
改めてその意味を理解したのかのように、顔を真っ赤にして後退していた。
「ばっ、なっ・・・じょ・・・・」
必死に伝えようとするも、うまく言葉にできないようだった。
「いや、本気だから。」
言いたいことを理解した俺は、正確にそれにこたえていた。たぶんあっているだろう。
こいつの記憶は改竄されている、もしくはデイオペアだと思わされている。
男爵家を再興する目的を、いるはずのない弟、もしかしたら、傀儡としている弟のために、こうしてこの世界に足を突っ込もうとしている。
そうして用が済めば殺される。
恐らくはこういう筋書きだろう。
強欲のミットライト男爵。
その呼び名にふさわしい悪党だ。
言い知れない怒りは、俺の中である種の感情になっていた。
この娘に、違う生き方を示せないか?
男爵家を再興するという目的以外に生きる目的を見つける手助けはできないか?
そう思うと、それは人任せにできるものではなかった。
せめて、俺が何とかできる方法。
それは、俺が面倒見る以外なかった。
幸い、マルス様の執事という道が俺にはできていた。
ならば、そこで共に暮らすことでなにか新しいものが見つかるかもしれない。
本当に夫婦になる必要なんてない。
俺は、そばでこいつのことを見守っていれればよかった。
そして、もう一つ。
黒幕へのけん制。
強欲のミットライト男爵がこの行動でどう動くか。
デイオペアの行動と、強欲のミットライト男爵の行動がデイオペアの状態を物語るだろう。
俺の調査と推測、魔術師デルバーの調査によって、強欲のミットライト男爵のマルス様への感情は逆恨みだとわかっていた。
詳しくは教えてもらえなかったが、マルス様が強欲のミットライト男爵の陰謀を知らない間に阻止したというのが魔術師デルバーの答えだった。
そして、俺の調査では、御前試合での賭けの大負けが関係している。
いずれにせよ、はた迷惑な話だった。
そして、人ひとりの人生を台無しにしていいものではなかった。
「まあ、俺とお前の年齢を考えると、お前にも考える時間は必要だろう。ゆっくり考えてくれ。少なくとも、俺は十分に考えた結果だ。言っとくが、師弟関係はそのままだ。お前が一人前になるまではな。俺も、そういうところはしっかりしておきたい。」
今の段階では、デイオペアは指示を受けなければ行動できないはずだ。
指示を受ける時間を用意する。
俺の申し出を受ける。
それは、強欲のミットライト男爵がマルス様に直接危害を加えるのと共に、デイオペアが殺されることが十分に考えられることだ。
ようは、使い捨てということだ。
俺の申し出を断る。
これは、デイオペア自身にまだ何か価値があることを意味している。当然、師弟関係を維持しているのは、断れる選択肢を残すためだ。
俺は、こういっちゃなんだが、申し出を受けることを恐れていた。
「先日のことですが、よくよく考えました。」
そう言って切り出すデイオペアは、左手をしきりに触っていた。
それから後のことは聞かなくても分かっていた。
目をそらさずに、まっすぐに見つめるその視線は、自分を賭した者の目だった。
「これまでのことを考えると、私は何か恩返しをしなければなりません。」
両手を体の正面で軽く握ったその姿は、先ほどまでのデイオペアではなかった。
「あなたと共に世界を見たいと思います。」
清々しいほどに、きれいなお辞儀だった。
「今までの私を捨てて、新しい生き方をあなたと共に歩みたいと思います。」
頭をあげたデイオペアは元の姿勢になっていた。
しっかりと結んだその口は、決して明かせぬその思いを、鮮明に表していた。
デイオペアはアイオロスの求婚を受けることにしたようです。