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奇襲

アイオロスは訓練を開始しました。

「まあ、それなりにはなってきたな。自分と他人をしっかりと分けることだ。そして、人の中に自分をとけこます。それができるようになれば、自分を周囲と同化させる。なに、難しいことじゃない。要は自分を持っているから相手にとっての境界を生む。自分を無くせば相手にとってはそれ以外となる。」

俺はわかりやすく説明した。


「全くわかりません。」

正面に立つデイオペアは、小首をかしげてそう告げてきた。


「おまえな・・・。少しは考えろよな。いいか?相手と自分を分けるから相手も分かるんだ。分けるな。・・・・そうだな。お前が俺の右手を見るとする。お前にとっては左側だろうが。だが、俺にとっては右側なんだ。わかるか?」

子供でもわかることを話していた。


「それはわかります。」

デイオペアは頭を二、三度縦に振っていた。


「そこで違いが生じている。その違いは気付きになる。そもそもお前が見ている時点で、俺は見られている。そうしたものが積み重なって、違和感になるんだ。わかるか?」

もう一度順を追って説明していく。

どこで分からなくなるか。それを知らなければ、先に進めない。


ここまではわかるようだった。


「それをとことん無くしていくんだ。見ない。聞かない。これが一番感知しにくい。おまえ、この家の反対側にいるボロネばあさんを知っているよな。今あのばあさん何しているかわかるか?」

俺は真顔で聞いていた。


「そんなの分かるわけない。いるかどうかも分かんないよ。」

予想通りの解答だ。俺は頭に手を当てて、さらに質問した。


「じゃあ、俺が何しているかわかるか?」

口元をにやけさせてデイオペアを見つめた。


「・・・・・・・・・私をバカにしている。」

上目づかいでにらまれた。少女だとわかってからは、少々対応に困るしぐさだった。

咳払いをしつつ、言い放つ。


「よくわかってんじゃねーか。そういう事だよ。」

「どういうことだよ!」


間髪入れず、文句が返ってきた。


「おまえな・・・・。」

もう一度説明がいるのか?

俺は扉の前に立つ人物を横目で見ながらため息をついた。


「まあ、まあ、痴話げんかはもうちょっとしてからにしな。最初はもっと甘いもんだよ。」

ボロネばあさんがそう言って割り込んできた。


「デイオペアちゃん。あのね。見ていると、見られてる感じがあるのよ。だから見るんじゃなく感じるのさ。あんた今このバカに何してると聞かれて、その様子でなく、全体から受ける印象を答えたさ。」

ボロネばあさんは、全部聞いていた。

というか、スラムの住人は、このおかしな組み合わせに興味津々だった。


「なるほど・・・・。わかりました。」

デイオペアは両手を目の前で打ち鳴らしていた。


わかったのかよ?というか俺の説明でわかれよな。


「ああ、そう言えば・・・・。そう考えると、この家、いろんな人の視線を感じますね。」


お前・・・・。上達、速すぎだろ。


「そうだ、さっきからボロネばあさんもお前の様子を探ってたのに気が付かなかったよな?でもその線をはっきりすると逆にも使えるのは、お前が今感じているものだ。その逆をすれば、お前の気配は確実に消せる。」


盗賊としての極意。

暗殺者としての極意。


それは、いかに自分を無くすかにかかっていた。


そして、それができるものは、自分を捨てた人間だけだ。

デイオペアはそういう意味で上達が早いのだろう。


教えていてなんだが、それは悲しいことだった。


本当は、こいつにはそんな思いをしてほしくない。

いつしかそんな思いまで俺の中で生まれていた。


来る日も来る日も同じ訓練を繰り返す。

訓練をつづけていくうちに、どんどん上達していった。


そんな時、俺から初めてスルことができたのは、俺がその日に買っていた髪飾りだった。


「貰うより、奪う方がよっぽど価値があるわ。」

そう言ってうれしそうにするデイオペアの顔は、まぶしいくらいに輝いていた。

それを見てしまった以上、あいまいな笑みを賞賛に変える。



それからのデイオペアは、俺にある程度のことは話すようになっていた。


両親はすでに死んでいるが、自分には弟がいること。

弟は今大変な状況になっているから、自分が何とかしてあげたいこと。


それは嘘を言うデイオペアではなかった。


おかしい。


俺の中で生まれた、その疑問。

それを解決する手段はなかったが、俺の中ではある仮説が生まれていた。


デイオペアは記憶を改竄されている。もしくは、洗脳。


ミットライト男爵がそうしたのかまではわからない。

しかし、自分が一人娘だと知ったら?弟はいないとわかったら?

そもそも、そのデイオペアじゃなかったとしたら?


この娘は、この道に足を踏み入れなくてもいいのではないか?


俺の中で生まれた小さな違和感は、日に日にどんどん育っていった。


やがてそれは俺の中で焦りとなっていた。

引き返すなら今のうちだ。


こいつを俺のようにしていいのか?

こいつには幸せがなくていいのか?

訓練を繰り返すうちに、デイオペアが上達するたびに、その想いは強くなっていった。


いつしか俺は、自分自身の首を絞めるかもしれない決断をしていた。


ある日、訓練が終わった時に俺は改まって、デイオペアに告げていた。


「結婚しよう。」

俺の一言は、少女の呼吸を止めていた。


デイオペアにとって想定外の出来事でした。

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