第二章02 とりあえず
「なぁゲイル兄。ちょっと相談があるんだけど」
勇者討伐に失敗し、城へ帰還している途中。弟のヴォルトが話しかけてきた。
「どうした?」
「俺……今のままじゃ勇者には勝てないと思うんだ」
盛大に負けたからなぁ……無理はない。勇者は強すぎる。
「それで思ったんだけどさ」
「うん」
「俺、修行したい」
「ほう」
「霊峰タタオで修行してもっと強くなりたいんだ!」
霊峰タタオはフォルジオン北部にある神体山である。この山は1000年以上も前から多くの英雄や英傑を輩出している修行のメッカなのだ。大きな力を得るには相応の険しい山であり、常に危険が付き纏う。魔王様もここで修行して大きな力を身に付けたという話だ。
「いいんじゃないか。しっかり強くなってこい」
「ありがとうゲイル兄!」
「期待してるぞ」
俺が肩を叩くとキラキラ目を輝かせるヴォルト。……帰ってきたらどれだけ強くなっているのか見物だな。
喜ぶヴォルトをずっと見ていたフレイアが俺に話しかけてきた。
「ゲル兄!ゲル兄!私も私も!」
「今度はフレイか?お前その呼び方止めろって言ってるのに止める気更々ないな!」
とりあえず聞いてみる。
「私は王立図書館で魔法の勉強したいなーって」
王立図書館はファルジオン王国王都にあるこの国随一の大図書館だ。かつての大戦で失ったと思われていた魔導書、禁書が多く残っており、魔法使いを目指す若者や熟練の魔導士も足しげく通っている。そういえばフレイアは昔、ここに住みたいとか言ってたっけ。
「お前なぁ……ちゃんと一人で出来るのか?」
「だいじょーぶダイジョーブ!私も一人前の魔法使いなんだから!」
「一人じゃ飯も作れないのに~?」
「それ魔法使いとは関係ありませんよ~だ!」
まあやる気は伝わってきたので、からかうのもこのへんにしておこう。……帰ってきたらどれだけの魔法を覚えてくるか楽しみだな。
「わかったわかった。二人共暫く仕事は出来なくなるだろうから、俺が休職届を出しておいてやる」
「何から何まで、ありがとうゲイル兄!」
「いいさ。お前達は自分の事だけ考えていればいい」
「よっしゃー!絶対に強くなってやるぞー!」
「うへへ~どんな本読もうかな~?楽しみだなぁ~」
意気揚々と城に戻っていく二人を見送りながら俺は一人考える。二人の気持ちはすごく嬉しい。……
嬉しいんだけど、一つ気になることがね。……かなり大事なことなんだけどね。あるんだよね。
それは……
「「間に合うの?勇者来るまでに?」」
この顛末を聞いてたカインとロゼが俺に聞いてきた。
俺は徐に窓から遠く外を眺め
「おいコラ逃げんなや!」
カインに呼び戻される。仕方ないんで渋々弁明する。
「しょうがないだろ!せっかくやる気出してくれてるのに無下には出来ないでしょ!?」
「だからってこの忙しい時に行かせんなよ!貴重な戦力だろうが!」
「大丈夫だ!弟達は必ずやりとげて来ると俺は信じてる!」
「そこじゃねーよ!?勇者すぐそこまで来てんのにどうすんのって話だよ!親馬鹿かテメーは!」
「おめーに馬鹿とか言われたくねーよバーカ!」
「なんだと!バカバーカ!」
「バーカバーカバーカ!」
「やっかましいわ馬鹿共!会議中だぞ!」
流石に低レベルな言い争いだったかロゼが一喝してきた。
「私達を招集した当人がアホと低次元の言い争いしてるとか何事よ!」
「おいアホって」
「そこは受け流さないと話続かないよカイン」
俺はカインを窘めながらとりあえず席に座らせる。
「ねー話終わったー?」
いつの間に会議室へ入ってきたのか、パジャマ姿のフレイアが俺に話しかけてきた。かわいい。
「まだ始まったばかりだからフレイは戻ってなさい」
「えーお腹空いたよー」
「終わったら御飯持って行ってやるから」
「私アレ食べたい!さんだー屋のスフレパンケーキ!」
「あそこのスイーツすげえ人気だからなぁ……今度買ってくるから今日は勘弁してくれ」
「約束だよ!絶対ゼッタイだよー?」
俺ははいはいと相槌を打ってフレイアを送り出す。プラプラと大きめのパジャマで隠れた手を振りながらフレイアは会議室から出て行った。かわいい。
「……お前の妹なんでこんな所にいるんだよ!修行に行ってるんだろ!?」
「なんでって言われても図書館がこの城の地下にあるからなぁ」
何を隠そう王立図書館は王国首都にあるファルジオン城の地下にあるのだ。魔王様の計らいで観覧は自由という事になっているが、危険な本が多い為か本の貸し借りは禁止されている。そのせいでこの図書館には幾人も住み続けてる輩がいるらしい。今はうちの妹もその一人だ。ベテラン利用者ともなると数年から10年以上も住み続ける猛者もいるほどだ。貸し借りは禁止なのにそっちは許可出るんだな……。
「そんな事も知らないとか……お前本とか読まなそうだもんなぁ」
「うるせー!図書館に住むってただの引き篭もりじゃねーか!」
言われてみればそうである。
「話が逸れ過ぎですゲイル!とりあえず結論だけ言いますが、勇者を倒すのは近衛騎士団ですからね!そこのところよろしくです!」
ライラが自信満々に宣言する。誇らしげだ。それにカインが食って掛かる。
「ロクに城から出た事もない引き籠もり騎士団が偉そうに言ってんじゃねーよ!勇者をぶっ倒すのは精鋭騎士団だ!なぁモズ!」
「 … 」
「だーかーらー!何言ってるかわっかんねーよ!」
それをずっと聞いていたロゼが反論した。
「勝手に話を進めて貰っては困る……馬鹿や引き籠もり共に、この国の存亡が掛かった任務が務まるものか!勇者を倒すのは魔法戦術団なのだ!」
「うちは誰でもええんやけどねぇ」
「おおい!お前私の味方だろ!?」
「そぉんなキツそうなお仕事より、ここで阿呆共の阿呆な会話聞いてた方がおもろいしねぇ」
「うん?その阿呆には私も含まれてるのかな?含まれてるんだな?ころす」
やべーぞ!こっちでも喧嘩始まりそう。
まったくどいつもこいつも自己主張ばかり……これじゃ纏まるものも纏まらないぞ。……勇者の力を知らないからそんな事軽々しく言えるんだ。
勇者リザの力は本物だ。会うまで疑っていた俺も戦ってみて納得せざるを得なかった。……まぁ俺が直接戦ったわけじゃなんだけど。
口だけで言ってもわからないか。……見てみないとわからないか。
「よし!皆の意見はわかった!」
閃いてしまった。とても分かりやすく直球な案を。
「このままでは誰が勇者を倒すだかで揉めてずっと話は平行線のままだろう……だからな」
「とりあえず調査がてら、ちょっくら皆で勇者の所へ行ってみないか?」




