第二章01 魔王の精鋭
「では第二回勇者討伐作戦会議をはじめたいと思いまーす!」
俺はいつもの会議室で高らかに宣言する。以前ここで作戦会議をした時は俺と兄妹含め三人しかいなかったが、今はそれ以上の大人数で占められている。
「それよりもまず聞きてえんだが」
会議室の最前席に陣取る男がそう尋ねてきた。こいつの名前はカイン。王国精鋭騎士団一番隊隊長を務めるリザードマン族の戦士だ。口は悪く喧嘩っ早いが、戦場では真っ先に敵に切り込んでいく命知らずの特攻隊長だ。何故かこいつとは馬が合って仕事帰りにはよく一緒に飯を食いに行く。だいたいは俺の奢りになるのだが。おのれ。
「ゲイル、お前が魔王様から勅命を受けたってのは本当なのかよ?」
「本当だよ」
「え~?信じられないんですけどぉ~?」
「俺が一番信じられないんだけどなぁ」
カインの言いたい事もわかる。将軍達が敗れてから次に勇者討伐の命を受けたのが、王国で書記官やってる非戦闘員の俺なんだから。今でも俺自身がこの事実を信じられてない。
「まーそう言われる事は百も承知だったんで、こんなものを用意してもらった」
俺は書記官になった時に配布され、長年使い続けている鞄から一枚の紙を取り出した。バーン!という効果音でも出てそうな勢いで見せつける。
「これが証拠だ!」
魔王様からいただいた直筆の勅書である。こんな事もあろうかと魔王様から授けていただいたのだ。
「この筆跡は…!すげえ……本物じゃねえかよこれ!」
「フフン!だがらいっただろう!」
これ見よがしに勅書を見せびらかす。カインも納得したようだ……ちょっと呆れ顔されたけど。
「お前が魔王様から勅命を受けた事はわかった……では我々を招集した理由をもう一度教えてもらおうか」
カインと同じく最前席にいる女、ロゼだ。ダークエルフの魔法剣士で将軍ミランダ率いる魔法戦術団の副官を任されている。『雷剣ロゼ』の異名通り雷魔法と剣術を駆使した戦いを得意としている。長い銀髪とエルフ特有の美貌を持ち合わせた美人さん。おっぱいはそれなり。見た目に反してすごく好戦的だ。酒飲むともっとヤバい。
「だから最初に言ったでしょ!勇者討伐作戦会議だと!」
「精鋭騎士団と魔法戦術団でか?」
カインを指差し思いっ切りメンチを切るロゼ。ガタッと椅子を蹴飛ばしカインが立ち上がりメンチを切り返す。やだこわい。
「オウオウオウ!いいぜぇ!その喧嘩買ってやろうじゃねえか!表出ろやクソエルフ!」
「フン!焼き蜥蜴にしてやろう……速攻でな!」
あーまずい、すぐにでもおっぱじめるつもりだわこいつら。
精鋭騎士団と魔法戦術団は昔から仲が宜しくない。前線で戦うのが仕事の精鋭騎士団と、後方からの援護が主な任務の魔法戦術団では考え方や価値観が色々違うらしい。それなのにそれぞれの部隊を率いる将軍同士はそんなに仲は悪くなかったという。不思議だね!
「おいやめろ!今はそんなことしてる場合じゃねーだろ!」
二人の間に割って入る俺。
「おいモズ!お前も手伝えって!」
この一触即発の状況の中、カインの隣で静かに腕組みしている男、モズに話しかけた。……寝てないよね?精鋭騎士団二番隊隊長で奇襲・陽動・斥候等、主に機動性を重視した部隊を率いるオーク。普通のオークと違うのは、力・イズ・パワーな見た目の一般的なオークとは打って変わって、しなやかなバネのある肉体を持つ俊足の暗殺者、それがモズだ。全身黒装束だがオーク特有の鼻だけは出している。オークはあの大きな鼻で色々感知できるのだ。将軍グフタフがどこかの暗殺教団から直にスカウトしてきたらしい。どんなコネだろう。大抵の仕事はそつなくこなす優秀な男なのだが……一つ厄介な事がある。それは……
「 … 」
「……え?なんだって?」
「 … 」
「いや聞こえないよ!」
「 …… 」
「だから聞こえねーって!」
声が恐ろしくか細いのだ。隣にいるカインが全く聞き取れてないって相当だよ。しょうがないんで近くまで来てもらってモズに耳打ちしてもらう。
「えーっと……『とりあえず話し合おう』?……あんだけ手間かけた割には普通の事だな!」
話の骨が挫かれたおかげか喧嘩してた二人は落ち着いて席に座ってくれた。助かった……。
「……茶番は終わりましたかえ?ぼちぼちお話はじめんと、おてんとさん沈んでまうで」
ロゼの隣でこのやり取りをずっとケタケタ笑いながら傍観してた女がなんか露骨に棘のある言い方で話しかけてくる。この女……ユキメは魔法戦術団氷雪組の隊長を任されている雪人だ。その綺麗な白髪は雪人の特徴の一つで、長年の雪山生活で変わった……らしい。ここよりはるか北方が生活圏の雪人がファルジオン王国にいるのはかなり珍しい。一度ここに来た理由をユキメに聞いてみたが、はぐらかされた。
魔法戦術団は得意な属性によって部隊の組分けがなされていて将軍ミランダは炎、副官のロゼは雷、ユキメは氷と他にも属性や魔法の傾向によっていくつか隊が存在する。氷雪組はユキメの『熱き吹雪』の異名通り数ある分隊の中でも特に攻撃的な部隊だ。……口の悪さは更に攻撃的なんだけど。
俺は咳払いしつつ会議を続ける。
「ここにいる皆一丸となって戦わないと勇者には勝てないと俺は思っている」
「ミランダはんやグフタフはんの時でも出来なかった事を、あんさんが実現できるん?」
……うんそうなんだよね。昔合同演習が計画された時も結局実現しなかったんだよな。
両軍……いや三軍か。俺は会議室の最も離れた席に鎮座している女騎士を見る。
「精鋭騎士団も魔法戦士団も関係ありません……勇者を倒すのは、この私なのですから」
近衛騎士団副団長ライラ。団長だったレイリーさんの実の妹で兄に引けを取らない剣の腕を持っている。年は上だが、小柄な体はうちの妹といい勝負してると思う。レイリーさんと同じく金色の髪がやたら目を引く。超がつくほど真面目で、近衛騎士団と団長である兄のレイリーさんを誇りに思っているようだ。やたら俺に突っかかってくるんで苦手なんだよな……。ツンデレなんだろうか?
「そもそもゲイル、あなたが魔王様の命を受けた事自体が間違いなのですよ」
「私ならすぐにでも勇者の首を魔王様に献上できると自負できます!」
自慢するように話すライラ。誇らしげだ。
『まぁレイリーさん達が負けなければ、こんな事にはならなかったんだけどな』
……なんて迂闊な事言ったら絶対殺されるから黙っておく。
俺はライラに諭すように話しかける。
「勅書もあるように、勇者討伐……この件に関して魔王様は俺に全て託されたんだ」
最後に付け加える。
「それを否定する事は、魔王様を否定する事と同じことだぞ」
ライラは一瞬ハッと口を抑えてから悔しそうに口を噤ぎ俺を睨んだが、渋々引き下がった。あ、ちょっと涙目になってる。か弱いメンタルだな……うちの妹が図太過ぎるだけか。
だがこれでなんとか話を戻せる……と思った矢先にカインが口を挟んできた。
「そういやよ。精鋭騎士団所属になってるお前の弟からこんなもん受け取ったんだけどよ」
カインは懐から取り出した一枚の紙を俺の前に出す。それを見たロゼも同じ紙を取り出した。
「お前の妹からだ」
「「これは一体どういうことだ?」」
その紙、封筒にはただ一言、『休職届』と書かれていた。
そう、この会議に参加する予定だった俺の兄妹達、ヴォルトとフレイアは今この場にはいないのだ。