第一章05 敗北からの始まり
二人が敗北したことによってこの戦いの形勢は一気に逆転した。たった一人にここまでやられるなんて全く想像できていなかった。……将軍達も同じ思いをしたんだろうか。
空から着地した勇者は真っ直ぐこちらに向かってきた。
……まずい。
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……!
この作戦の切り札はあの二人だけだ。作戦も破られ、もうこちらには勇者に対抗できる戦力がない。手詰まりである。
「ゲイル様をお守りしろー!」
残っていた動ける兵士達が俺と勇者の間に立ち塞がる。
「馬鹿!やめろ……!」
俺の制止を聞かず兵士達は勇者へ向かっていく……が一瞬で吹っ飛ばされる。時間稼ぎにもならなかったー!
ああ、もう駄目だ……。こんな駄目な兄で本当にすまない……。俺は覚悟を決めた。
「ねえ」
勇者が俺に話しかけてきた。
「は、はい!なんでございましょう!?」
ビクッと体を動かしながらすごく情けない声を出す。勇者は、そんな俺にはお構いなしに続ける。
「それ、私が注文した飲み物だよね?」
勇者は、俺が持ってるジョッキを指差した。……あーそういえば酒場から持ってきてずっとそのままだったんだっけ。さっきからチラチラ俺の方見てたのはこれが目的だったのか。
「渡してもらえる?」
少し考えたが、素直に渡すことにした。……まぁ見ればわかると思う。
「……え?ちょっと!なにこれ!?何か浮いてるんだけど!?」
渡されたジョッキを見て勇者から非難の声が上がった。ですよねー。さっきの戦闘で起きた土煙やら何やらでジョッキの中身は悲惨な事になっていたのだ。
「何なのこの仕打ち!?信じられないんですけど!」
俺の胸倉掴みながら捲し立てる勇者。あなたさっきとキャラ全然違いますよね!?
「評判を聞いてすっごく楽しみにしてたのにー!どうしてくれんのよーもう!」
すごい剣幕で睨む勇者。ぶっちゃけさっきの戦闘時より怖いんですけど。このまま窒息死したくないんでとりあえず代案を出してみる。
「酒場に戻って新しいの作ってきましょうか?」
「よろしく!」
即答だった。
俺が持ってきたオレーのジュースを見て勇者は目をキラキラ輝かせた。この人、本当にさっきまで無表情で戦ってた人なんですかね?ジュースの入ったジョッキを受け取ると勇者はゆっくりと飲み始めた。
「……んまぁ~い!これを飲むために今まで生きてきたのね私!」
勇者が恍惚の表情でジュースの感想を漏らす。随分と安い生涯だな……とか思ったけど口には出さない。殺されそうだし。
勇者がオレーのジュースに舌鼓を打っている間に、こっそり周りの兵士達や兄妹の様子を窺っていた。怪我人はいるが死傷者はいないようだ。瓦礫に埋もれて気絶してるヴォルトや、アホみたいな顔して寝てるフレイアも同様だ。……後でフレイアにはデコピンしといてやる。
「あんたは本当に魔王を倒しに来たのか?」
勇者に訪ねてみた。
「そうだよ」
あっさり勇者は答えた。オレーのジュースが入ったジョッキはもう空になっていた。
「王様に頼まれたんだもの、ちゃんと依頼は全うするわ」
「お金ならいくらでも工面するんで帰っていただけませんか……?」
「やだ」
「……どうしてもですか?」
「うん、約束は守らないと。それに、この国の美味しいものをもっと食べたてみたいし」
提案はあっさり拒否されてしまう。
「あ、そうだ!ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
勇者が聞きたいことだと?フォルジオン王国の実情や内部情報を引き出すつもりか?だが俺も王国文官のはしくれ……どんな拷問を受けようと絶対に喋らんぞ!
「この国の美味しい食べ物を教えて欲しいんだけど!」
この子はなんなの?ただの食いしん坊さんなの?
「……王国国産のワニ鳥を使ったタキノ町の串焼き、あれは中々の絶品だな。タレも中々いいが俺が勧めるのは断然塩だ。荒塩によって鳥本来の旨味が引き立てられている。やみつきになるぞ。あとロジメダイ渓谷の茶屋が出しているお饅頭も美味でな……」
俺は知りうる王国内の食べ物事情を延々と喋ってしまっていた。いかん、王国宣伝部長でもある性が……!勇者は目を輝かせながら話をずっと聞いていた。おい涎垂れてるぞ。
「さて!美味しいジュースもいただいて良い話も聞けたし、そろそろ行こうかな」
俺の話が終わると、勇者は落ちていた黒ローブに手を掛けるとそのまま羽織り、身支度を済ませた。
「ごちそうさまでした。後お得な情報ありがとね!」
軽く会釈すると勇者は歩き始めた。笑顔で手を振りながら送り出しそうになって俺はハッと我に返った。
「いやいやいや!ちょっと待ってくれ!!」
慌てて勇者を制止する。俺には聞かなきゃならないことがある。
「なんで俺だけ倒さなかった!?」
「うーん、一番弱そうだったから?」
自覚はしてたが正面きって言われるとやっぱり傷つく。くそぅ!ちくしょう!
勇者は残った俺達に背を向けて町を離れていく。その無防備な背中にすら俺の攻撃は届かないんだろう。情けない。
「次に会った時はお前の最期だかんな!絶対に俺を倒さなかった事を後悔させてやるかんな!」
悔しくてそんなセリフを吐いてみる。これが今の俺に出来る精一杯。
「いいよ」
勇者が振り返る。そこに先程まで見せていた笑顔はなかった。
「私の邪魔をするならそれなりに覚悟しておいてね……えっと……名前何て言うんだっけ?」
「ゲイル!王国書記官ゲイル・クロウだ!覚えとけ勇者!」
「勇者……?私の名前はリザ。覚えておいてね」
それからリザは微かに笑ったように見えた……気がする。
「じゃあまたね」
「お前は絶対この俺が……魔王の精鋭達が倒してやるからなー!」
渾身の捨てセリフを聞きながら、手を軽く振って勇者リザは町から消えていった。
「勇者かかってこいやぁー!!!!…………あれ?」
ヴォルトが何か叫びながら飛び起きた。
「よう、起きたか」
まだ目が点になってる弟に話しかけた。そんな俺を見てヴォルトは察したようだ。
「負けたのか……俺達」
「完敗だったよ」
とりあえずヴォルトが気絶した後の顛末を話して聞かせた。
「ごめんなゲイル兄。あんな大口叩いて役に立てなくて」
「何言ってんだ。お前達にまともな指示を出せなかった俺の責任だよ」
正直な所、勇者リザが包囲作戦に引っ掛かった時、俺は自分達の勝利を信じて疑わなかった。その油断もあってリザが暴れ始めてからは混乱し、満足に指示を出せなかった。一端の書記官の初戦闘としては頑張った方だと思う。……だがそれでは駄目なのだ。
「あ!ヴォル兄起きたんだ!良かったねゲル兄!」
「だーかーらー!ゲル兄は止めんかい!」
両手を振りながらフレイアが寄ってきた。額には俺の起き掛けの一撃がまだ薄く残っている。
「強かったね、勇者のお姉さん」
「そうだな」
神童と呼ばれ負け知らずだった二人も、今回の件で自分達の力量と上には上がいる事を知り落ち込んでしまうのではないかと俺は心配していた。
「次は負けないようにもっと鍛えないとな!」
「私ももっともーっと魔法の勉強するよー!」
だがそんな心配は杞憂だったようだ。
次は勝つ。
二人がちゃんと前向きに考えているのに兄である俺が挫けてなんぞいられるかって話だ。
今度こそ覚悟を決めるんだ……俺!
「お前達、撤収作業済ませたらすぐに城へ戻るぞ。次の作戦会議だ!」
「「了解!!」」
まだだ、まだ終わってないぞ勇者リザ。お前を倒す為なら、何度だって挑んでやる。魔王様とクロウ家の名に懸けて。
俺達の戦いはこれからだ!