第一章04 勇者の実力
黒いローブを脱ぎ捨て現れた少女は、凛々しくもあり、可愛くもあり、年相応でもあり……一纏めに言うと美少女だ。間違いない。肩まである黒髪と吸い込まれそうな黒い瞳、動きやすさを重視したような軽装、そしてその華奢な体には不釣り合いな大きな剣を携えている。
そんな勇者の容姿に、兵士達に少なからず動揺が広がっていた。無理もない、将軍達を倒した猛者の正体がこんな女の子だったのだから。俺もちょっとビックリした。女性でもゴリラみたいなの想像してた。
ざわざわし始める兵士達に、俺は大声で一喝した。
「惑わされるな!」
俺の声に兵士達は我に返ったようだ。これでなんとかなる……と思ってたら
「お、おおお女の子だよゲイル兄!どうすんの!?」
「むむ!めっちゃカッコかわいい!いいね!やるねェ!」
兵士達より、こっちの方が重症だった。
「惑わされるなと言っているだろーがー!」
明らかに動揺してる弟と、なんか滅茶苦茶喜んでる妹にも一喝しながら俺は続ける。
「確かに女子だ!俺にもそう見える!ちょっとかわいいな!だがあれは賊だ!我らが魔王ファルジオン様の命を狙い、将軍達を亡き者にした賊なんだ!なにを躊躇する必要がある!」
勇者を指差し、そのまま捲し立てる。
「奴を討ち、魔王様への忠誠を示して見せろ!」
「「「「「オオオオオオーーーーーーー!!!!!」」」」」
唸り声を上げ、勇者へと向かっていく王国兵士達。魔王様の名を出したことで、兵士達の士気を大幅に高める事が出来たようだ。勇者へと、雪崩れ込むように突撃していく。このまま倒せれば御の字なんだが……。
淡い期待とは裏腹に、士気の上がった兵士達の渾身の攻撃すら勇者は難なく退けていく。マズい……これはマズいぞ。俺の後ろには吹き飛ばされた兵士達の山が出来始めていた。マジかよ……千人も配備した兵士達がみるみるうちに倒されていく。何か対策を……あれこれ思案してる内に、泳いだ視線の先には弟のヴォルトがいた。
「駄目だよゲイル兄。あれじゃあの子には勝てない」
この光景を見ていたヴォルトは、俺にそう告げてきた。今のヴォルトは勇者が女の子だという衝撃で動揺していた時の面影はなく、完全に戦闘モードになった顔がそこにあった。いわゆる『強い奴と戦いたくてウズウズしてる』状態だ。こうなると俺でも止めるのは骨だ。敵か自分がぶっ倒れるまで暴れ続けてしまう。
「やれそうか?」
「……応よ!」
愛用している長大な槍斧を振り回し、構えをとるヴォルト。俺は残っている兵士達に、勇者から間を空けるよう指示する。
こちらに気づいた勇者が、ヴォルトの気迫にあてられたのか初めて構えらしき動作をした。
「……いくぜえぇぇぇぇぇ!!!!!」
獣のような咆哮を上げながら勇者に突撃していくヴォルト。その速さは先ほどの兵士達とは一線を画していた。突撃の余波はすさまじく、激しい突風が発生した。近くにいた俺に突風で舞い上がった砂埃がビシビシ当たる。痛い。
まるでその攻撃を待ち望んでいたかのように、勇者は一歩も動かずその一撃を…受けた。金属と金属がぶつかった鈍い音が、辺り一帯に響き渡った。
「ぺっぺっ……やったか!?」
俺は口に入った砂を吐き出しながら叫んだ。ヴォルトは動かない。その槍斧の穂先には……鞘に収まったままの勇者の剣があった。当の勇者は全く表情を変えていない。
いきなりヴォルトは大きな声で笑い出した。よほど楽しいのだろう。……ほんと戦闘バカなんだから。そんな事を思ってたら、勇者が酒場での注文以来久々に声を出した。
「きみ、やるね」
「あんたもな!」
もうやだこの戦闘狂達。
周りに緊張感が張り詰める。そんな中、全く緊張感を感じさせない緩い声が響く。
「も~、二人だけで盛り上がっちゃってさ~」
声は俺たちのはるか頭上から聞こえてきた。
「私も混ぜて欲しいな~」
フレイアだ。杖を腰掛代わりに、空に浮いている。……あ、マズい。別の意味でマズいぞ。ちゃんとスカートで隠せよ!そのフレイアの周りには、人型っぽい何かが三つほどフワフワ浮いている。フレイアが好きな物語に出てくるキャラクターを模した人形らしい。フレイアはそれらを魔力補助用の器具として運用しているのだ。フレイアはかわいい!と、いつも言ってるけど女の子のかわいいはよくわからん。俺はキモいと思う。
「そいじゃ、いっくよ~!ふぉいや~!」
独特のイントネーションで呪文が紡がれると、フレイアの前に大きな火球が現れる。……ちょっと大きすぎない?そのまま真っ直ぐ勇者へと、ついでにヴォルトへと向かっていき……着弾して轟音と共に大きな火柱が上がる。……あ、ちゃんと避けてた。ちょっと頭が焦げてるヴォルトが非難の声を上げる。
「あっぶねーよ!当たったらどうすんの!?」
「ヴォル兄ならへーきへーき!これくらい避けられるって思ってたもん」
思っただけでやったんかい。こえーな!
「てゆうか、勇者は俺一人で倒すんだって!フレイは下がってな!」
出た。戦闘狂特有の『こいつは俺の獲物だ』理論。ホントめんどくさいな!いつもなら許容してたが今回ばかりはそうはいかない。国の存亡がかかっているのだ。
「ヴォル、フレイと協力して戦え」
「で、でもさゲイル兄……」
弁明しようとするヴォルトを無言で睨み返す。こういう時くらい兄の威厳を出しておかないと。ヴォルトは渋々だが了解してくれたようだ。
「……じゃあいくよ、フレイ!」
「はいよー!」
戦闘体制に入る二人。勇者は、何故か律儀に待っててくれた。その間なんかチラチラこっち見てる気がしたけど、気のせいかな……?
戦闘が再開されると一進一退の攻防戦が続いた。先程とは打って変わって二人は、一糸乱れぬ槍と魔法の連携を勇者に繰り出していく。しかし勇者は、二人の攻撃をすんでのところで躱してしまう。こんなやり取りが何百回と続いたのち、兄妹は勇者から距離を取った。
「あんた、全然本気出してないだろ」
ヴォルトが少しイライラしながら勇者へと話しかけた。あれだけの動きをしても、勇者は息一つ切らしていない。
「俺は手を抜かれるのが大嫌いなんだよ!」
一対一で押されるならまだしも、二人がかりで挑んでるこの状態でも手を抜かれている。この事がヴォルトのプライドを傷つけたようだ。
勇者がヴォルトの真意を察したのかはわからない。だが構えを変え、剣を前に突き出し、更に深く腰を落とした。
……たったそれだけなのに、素人の俺ですら先程とはまるで空気が違う事を察した。ヴォルトやフレイアも肌で感じたのか一歩も動かない。……動けないのか。この緊迫は、とてつもなく長く感じられた。しかし終わりはすぐ訪れた。
たった一瞬。
勇者は消えた。
俺には何も見えなかった。
その後、轟音が聞こえ振り向くと何かが商店の壁を何重も破り、隣の通りまで吹き飛ばされていた。ヴォルトだった。
「ヴォル兄ー!」
フレイアは叫ぶが、自分に向かう殺気に気づいて、慌てて呪文の詠唱を始める。……が時既に遅かった。勇者は目の前にいた。フレイアのいる高さに。
「あいたっ!」
頭を鞘で叩かれコンッと軽い音が鳴った後にぽてっ、とフレイアが落下した。
勇者の剣は、最後まで鞘に収まったままだった。