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勇者VS魔王……の配下(非戦闘員)  作者: 黒江
第六章 勇者VS魔王の配下(最後の戦い)
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第六章08 王国の守護者

 体が、重い。

 ファルジオン王国城下町、お城へ続く大通りを一人トボトボ歩きながら朧げに考える。王国ここで戦った人達……トカゲの人や真っ白な肌の人と黒いエルフの人は強かった。……それでもこの国の領内に入った時に最初に遭遇した三人程ではなかったが。こんなに疲れたのは以前討伐した怪獣……何でも石に変えてしまう魔獣だったか?と戦った時以来だ。傷の治りも遅い……いつもならとっくに(・・・・・・・・・)治っている(・・・・・)はずなのに(・・・・・)

 疲労が積み重なった思考ではまともに考えが及ばない。……とにかくあのお城を目指そう。そこで魔王を倒し、約束を守ってから考えよう。それでいい。


 ぐぎゅるうううううううううぅぅぅぅ……


 唐突に大きな音が鳴り響く。腹の音だ。王国ここに来てからまともな食事は一切行えていない。食事を行おうとする度に妨害される。つらい。何故だろう?

 ふと思い出し懐を弄ると一枚のパンが出てきた。パン屋ムラクモの一番人気の商品、マハザで採れた新鮮なメローの果汁がたっぷりと染み込んだメローパン。まだほのかに暖かいこのパンを見ていると涎が止まらなくなってしまう。まずい。これはまずいぞ。



………



……





 なんとか踏ん張りここで食べるのは止められた。これは最後の楽しみに取っておこう。涎を拭い自分にそう言い聞かせた。

 辺りが急に暗くなりふと前を見ると大きな門が目に前に鎮座している。既に城門まで到達していたようだ。硬く閉ざされた城門。開けるか壊すか思案していると……。


ゴゴゴゴゴゴ……


大きな音を立てて門が開かれていく。たいした労力を使わず門を開けられた事に内心安堵していたリザだったが、城門の中から現れた重厚な鎧を纏った騎士達を見ると瞬時に思考を切り替える。


「来たな……魔王様の命を脅かす不埒者!」


鎧の擦れる独特の金属音を響かせながら騎士の一人が歩み出し、リザに剣を向けた。


「手負いの賊相手に副団長の手を煩わせるまでもない!我ら近衛騎士団で勇者を……倒す!かかれー!」


 リーダーとおぼしき騎士の号令が発せられると、重い金属音を鳴り響かせながら騎士達が一斉に動き出す。統一の取れた無駄のない進行。リザはこれを迎え撃つ。……いや迎え撃たざるを得なかった。本来の彼女なら軽い跳躍で回避出来たであろう……しかし幾多の兵士達を相手にした後での体力ではそれは無理らしからぬ行動であった。

 盾を構え一寸の狂いもない騎士達の突撃を真正面から受け止めるリザ。


「ぐっ……!」


 苦しそうな声を発しなんとかそれを受け切る。いつもの彼女だったらそのまま押しきれる物量……だが今は近衛騎士団の方が今は有利に事を進められていた。


「いける……!いけるぞ!そのまま押し出せ!槍は使うなよ!このまま押さえ生け捕りにするんだ!」


 リーダーの発破を受け俄然やる気を出す騎士達。みるみるうちにリザを城から遠ざけていく。このまま市街地まで押し戻そうかと思われたその時……。

 騎士団の動きがピタリと止まった。


「こいつ……まだ!?」


 最前線に立つ騎士はリザの姿を見て思う。ここまでボロボロになってもなお何故このような力が出せるのか?騎士達の兜越しから見えるその目……何故この状況下においても諦めようとはしないのか?その理解を越えた力へ抗うように騎士達は呼吸を整え力を更に加えていく。

 暫く拮抗していた両者の動きが少しずつ変化する。


 ザッ


 一歩。


 ザッ


 一歩。


 ザッ


 また一歩。リザは前へと進んでいく。


「ば、馬鹿な……!こんなボロボロの体のどこにこんな力が……!」


 リザの力に騎士達は驚愕し、動揺が走る。その隙をリザは見逃さなかった。


「う……おおおおおおおおおおおお!!!!!」


 押し返され、吹き飛ばされる騎士達が最後に見たのは、傷ついても前へ進む一人の少女の姿だった。




『ライラ、お前も近衛騎士団に入らないか?』


 いつものように私が冒険者ギルドへ向かおうと家を出ようとしたその時、兄であるレイリーがそう話しかけてきた。

 私と兄レイリーは人間とエルフの合の子、所謂ハーフエルフだ。幼い頃エルフであった母を亡くし人間である父と一緒に父の故郷で暮らしていた。傭兵上がりだった父から剣技を学び、それなりに充実した生活を送っていた私達。父が寿命で亡くなり暫くした後、兄は私を連れて父の故郷であったその町から出て行った。人間しかいない町で、ハーフエルフである私達は長く生きすぎてしまっていたからだ。

 旅立ち各地を転々と渡り歩いていく……だが半端者ハーフである私達に合う町は中々見つからなかった。人間の生活にもエルフの生活にも馴染めない半端な存在、いつの間にか長い旅の中で自分達をそう卑下するようになっていった。

 半ば諦めかけていた時、私達はこの地を訪れた。あらゆる種族、その多種多様な思考を受け入れる国。それが今、私達が住むファルジオン王国だ。兄はファルジオンの気風を大変気に入り王国の兵士に志願し、私も冒険者としてこの新天地で新たに活動していく事になる。

 兄は遠征での戦果や功績が評価され次々と出世していった。私が冒険者としてそれなりに知名度も上がってきた頃、王国に新たな組織が設立された。それが『近衛騎士団』。精鋭騎士団とは違う、この国を、王を、国民を守護まもる為に設立された『守護者』となる組織だ。兄はその団長に任命され更に功績を上げていく事になる。


『うーん……ああいう堅苦しいの合わないかな、私は』


 そう私が言うと兄は残念そうに……いつも着用しているよくわからない仮面の下からでもわかる程に落胆していた。正直、私は今の生活が気に入っていた。少ないが仲間達とギルドの依頼をこなしていく冒険者としての生活。仲間の事もあるし、それなりに充実したこの生活を捨てようとはあまり考えていなかった。

 だがギルドで仲間達と合流しいつものように依頼や探索をこなしている間もあの時の兄の姿が忘れられずにいた私は、仕事帰りによく立ち寄る酒場で仲間にその事について尋ねてみることにした。


『えっ何?縁故採用?そりゃマジで羨ましいニャー。ライラっちは恵まれてるニャー』

『縁故採用じゃねーし!ちゃんと編入試験受けるし!あとライラっちってゆーな!』


 開口一番そう皮肉交じりに話してきたのは獣人の弓兵ミカ。口は軽いしヘラヘラしてるんでイラッとする事は多いが弓の腕は確かだ。そして金に滅茶苦茶がめつい。


『いいじゃないっすか。期待されてるんすよ、ライラさんは』


 からかうミカを窘めるように話に入ってきたのはミカと同じ獣人のナナヤ。私やミカを姐さんと言い慕ってくれる。風の魔法が得意で、最近は私もナナヤから魔法の指導(レクチャー)を受けている。半分でもエルフの血が入っている私はそこそこ魔法の素質があるらしい。

 

『そ、そうかな?』

『そうっすよ!……俺も妹にちゃんと兄貴らしい事してやらないとなぁ。……そういえば妹が看板娘をやってる実家の菓子屋がですね……』


 しみじみと呟き……いつもの実家の宣伝を始めるナナキから目を逸らす。ナナヤには妹がいるので兄の話に共感を持ってしまうのも無理からぬ話だ。一応思う所があるのだろう。


『いいじゃんいいじゃん入っちゃえば。別に冒険者に命懸けてるわけじゃニャいでしょ?ライラっちは』

『まぁ……そうなんだけどさ』


 中々煮え切らない私にミカが畳みかけるように喋り始める。こうなるとミカは止まらない。止められない。


『ライラっちは何の為に生きてるニャ?』

『えっ何よ急に』

『ちなみに私は……金ニャ!』

『いきなりぶっちゃけ始めたよ!まぁらしいとは思うけどさぁ……私は』

『お金が手に入るなら楽で命の危険がない方が良いに決まってるニャ!こんな毎日野生のよく分からないモンスターと戦い命張って雀の涙ぐらいの報酬しか貰えない冒険者より適当に城や城下町の見回りだけしてれば高い賃金貰える近衛騎士団の方がずっと良いに決まってるニャ!』

『軽く近衛騎士団ディスってるだろお前!』

『わかれ!わかってくれニャ!』

『分かるかボケェ!』

『まぁコネも何もない私が近衛騎士団へ入隊する方法なんて全くわからないがニャ』

 

 そう捲し立てると急に頭を下げ黙りこくるミカ。暫くして上げた顔はいつになく真面目な表情だった。こんな顔するのは、うっかりドラゴンの巣のど真ん中に落ちた時以来だ。


『……うちらの事心配してるなら、それはお門違いニャ。ライラっちがいなくなってもなんとかやっていけるニャ』

『そうっすよ!だから遠慮せず行ってください姐さん』

『お前達……』


 普段は金の事や銭の事やゴールドの事にしか興味を示さない獣人女と、隙あらば故郷の菓子屋の宣伝を差し込んでくる獣人男がふいに見せた優しさにガラにもなく感動してしまう。


『よーし!今日はライラっちの近衛騎士団入隊祝いニャ!飲むニャー!』

『いいっすね!景気よくいきましょうや!』

『まだ入隊できると決まったわけじゃないんだが……まぁいっか!飲みますよ!私は!』


 急遽私の送別会が始まったが、それなりに楽しかったかな。……結局飲み代全部私が負担する事になったのは今でも納得いかないけど。

 そして数年経って所属は違えど、また同じ職場で働くことになるとは当時夢にも思わなかった……。




「「「「「うわあああああああああああ!!!!!!!!!」」」」」


 重い鎧を纏った幾人の騎士たちが宙を舞う。信じられない光景が城門と城を結ぶこの場所で繰り広げられていた。


「わ、我ら近衛騎士団の密集陣形ファランクスが通じないなんて……」


 未だに信じられないといった顔である方向を見やる。その先から並みいる騎士達を掻き分けて、一人の少女が姿を現した。黒髪の一見すると普通の少女だが、この少女がたった一人でこの騎士達の密集陣形ファランクスを押し返したのだ。


「くっ……!勇者……なんて強さだ……!」


 そんな騎士達には目もくれず、勇者リザはただ前進していく。

 その前方、城へと続く渡り廊下の先、城扉の前に一人の女騎士が立っている。小柄ながら地面に大剣ロングソードを突き立て静かに佇むその姿にはただならぬ気迫が感じられた。リザもその気迫を感じ取ったのか歩む足を止める。


「「ふ、副団長!」」

「……正直、ここまでやれるとは思ってませんでした。噂以上の強さですね、勇者リザ」


 騎士達の言葉を遮り佇む女騎士……副団長ライラは意外な事にリザへの賞賛の言葉を述べた。それを聞いた後、暫く無言だったリザも口を開く。


「えっとあの……ありがとうございます」

「あっいえいえこちらこそ。正直な感想なので、私の……って違う!」


 リザからの感謝の言葉にライラもつられて会釈し、緩い雰囲気になりそうな所でライラがハッと我に返る。


「……まぁそれは置いておくとして」


 落ち着きを取り戻したライラは改めて周りを見回す。リザに吹き飛ばされ倒された多くの騎士達。誰もがその表情に悔しさを滲ませていた。


「も、申し訳ありません副団長……!」

「……動ける者は倒れている者を介抱し、この場から離脱して下さい。後はやりますよ……私が」

「副団長……御武運を」


騎士達が離れこの場にはリザとライラ、二人を残すだけとなった。

剣を地面から引き抜き、更に背負っていた盾を取り出しライラは近衛騎士団で使われる剣術の構えを取る。リザも構え、お互い臨戦態勢へと移る。


「ファルジオン王国近衛騎士団副団長、ライラ・イーゲル!」

「……リザです。よろしくお願いします」

「はい!こちらこそ……ってあぁもう!……近衛騎士団もファルジオンも負けはしません…この『守護者』である私がいる限り!……いくぞ!」


先に仕掛けたのはライラだった。重厚な鎧を纏っているとは思えない程の速度でリザへと間合いを詰める。


「はぁ!」

「……!」


その剣撃を紙一重で避けると今度はリザが攻勢をかける……がその動きが一瞬止まる。


リザが剣を振るおうとした予測の先には既にライラの持つ大盾があったからだ。


「流石に深追いはしてきませんか!いいですとも!……ならば!」


一手遅れたリザにライラは新たな攻勢を仕掛ける。


ガキィン!


「くっ……!?」


 守りに使うはずの盾を何の躊躇もなく投げ飛ばすライラにリザは一瞬驚きの表情を浮かべる。ライラの手から放たれた盾がリザへと直撃するが間一髪、剣で受けきる事が出来た。だが金属がぶつかり合う甲高い音と共に後方へと吹き飛ばされてしまう。

 弾かれた盾を片手でキャッチしライラはまた構えを取る。

 ファルジオン王国近衛騎士団で使われている剣術は一つ……剣と盾を使った攻防一体の剣術だ。普通の剣術と違うのは近衛騎士団が使う盾はバックラーのような小回りが効くものではなく、主である魔王を守護まもる為の重厚な大盾という一点。この馬鹿みたいにデカい盾をバックラーのように動かし戦うのがファルジオン王国近衛騎士団の基本的剣術なのである。重曹歩兵も真っ青な無茶苦茶な戦い方の為、並大抵の力と体力では近衛騎士団は務まらない。礼節を重んじ主を守護まもる高潔の精神を宿した力馬鹿・・・がなれるエリート職、それがファルジオン王国の『近衛騎士団』なのだ。


「そぉい!」

「……!」


 近衛騎士団が常に携帯している大剣ロングソードから繰り出されるライラの速く正確無比な一撃。これ程の剣撃を放てるのは近衛騎士団でもライラか団長のレイリーくらいだろう。だがその一撃をもってしてもリザへは届かない。リザの顔をみれば相当の疲労が見て取れる。このまま戦えばいずれはリザの体力が尽きライラの勝利となる……はずだと、この戦争が始まる前ならば考えていただろう。

 ライラには一つの懸念があった。リザの戦闘を逐一観察し、報告を行っていたモズ達諜報部隊の報告を鵜呑みにすれば、リザにはどんな太刀筋でも見切る事が出来る『目』があるのだという。精鋭騎士団一の剣客であるカインの剣術を捌き、魔法戦術団随一の魔法剣士ロゼの剣速を凌いだ事実からしてその報告に嘘偽りはないと言える。だとすれば……長期戦は危険だ。その『目』がこちらの攻撃を捉える前に潰さなければいけない。


「見事!カインやロゼを倒した実力は本物のようですね!素直に賛辞を送りますよ、私は!」

「えっと……度々ありがとうございます」

「ふふ、いいんですよ……この方が燃えるんです、私は!」


 ライラは決断する。自分の全身全霊をもって、この勇者という外敵を排除すると。

 リザと距離を取ったライラは『とっておき』の為の準備を始める。速く。迅速に。


「まずは……『配備セット』!」


 ゴカオオオオオオオオン!!!!!


 ライラの掛け声と共に大きな金属音が鳴り響く。そしてリザの目の前で不可思議な事が起こった。

 ……盾が二つに、ライラの持っていた盾がいきなり増えたのだ。突然の事にリザも自分の目を疑ったが、これから起こる事はそれ以上の出来事だった。


「次に……『起動スタンドアップ』!」


 地面に落ちた二つの盾それぞれに手を添え、『力ある言葉』を投げかける。すると二つの盾はカタカタと音を立てて浮き上がり、爆発音と共に嵐のような竜巻が盾を中心に辺り一帯へ吹き荒れ始めた。


「そして最後は……『分離パージ』!」


 『力ある言葉』が紡がれるとライラの鎧がほのかに光はじめ――。


 パキィィィィィィィィン!!!!!!


 鎧が四方八方に飛び散った。厚い鎧の中から見えたのは細いエルフの肢体がくっきりと見えるレオタードのような軽装。


「これこそ私の全てが詰め込まれた戦闘スタイル……『大いなる嵐の双璧ツインシールド・ビッグウィンド』!」


 腰に下げた二本の曲刀を抜き、ライラは幼い頃から父に叩き込まれた双剣術の構えを取る。その周りを風を纏った盾がライラを守護するかのように浮遊していた。


「いくぞ勇者!『攻撃アタック』!」


 叫び声が鳴り響くと、二つの盾は竜巻を纏ったままリザに向かい物凄い速さで突撃していく。なんとか避ける事には成功したリザだったが、竜巻によって吹き荒れる土煙で視界が遮られてしまう。

 目を無理やり凝らして辺り一帯を警戒するリザが見た最初の光景は……目と鼻の先にまで詰め寄って来ていたライラの姿だった。


「遅い!」


 鎧を着込んでいた時とは比べ物にならない速さ。そして二本の曲刀から繰り出される連撃。あまりの速さに剣だけでは受け止めきれず、そのまま後方へと下がろうとしたその時……。


「『挟撃シザース』!」


 ブーメランのように軌道を変え、リザの背後を襲う二つの盾。だが流れが変わった風を即座に感じ、咄嗟にしゃがみ盾の一撃を回避して見せた。そのしゃがんだ反動を利用してライラへと攻勢をかける。


「甘い!『帰投リターン』!」


 渾身の一撃は間一髪、戻ってきた盾によって防がれライラには届かない。


「ふふ、待っていましたよ……この時を!私は!」

「!?」


 リザの動きが止まる。剣が二つの盾に挟まれる形になり、身動きが取れなくなっていたのだ。


「喰らえ!『風神砲ウィンゴッド・カノン』!」


 盾の裏側で膨大な風の魔力が圧縮し、一気に爆発。盾は砲弾のように弾け飛びリザを吹き飛ばした。


「!?ぐあっ……!」


 嗚咽に似た悲鳴を残してリザはそのまま城壁に激突した。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンン!!!!!!


 大きな爆発音と共に壁にぶち当たった衝撃が辺り一帯に響く。

 散乱する石の破片。立ち上がる土煙。リザの生死はわからない。

 それでもライラは警戒態勢を崩さない。その周囲には風の加護を受けた盾が滞空し常時警戒を敷いている。

 この『大いなる嵐の双璧ツインシールド・ビッグウィンド』は幼い頃ライラが父から教えられた剣術、冒険者時代に培われた魔法の知識や経験、そして兄から教えられた近衛騎士団としての守護まもりの戦闘術、その全てを余すことなく組み込んだライラ独自の戦闘スタイルだ。盾に仕込まれた風の付与魔法を起動させ、それを口上魔法で自在に操り攻撃、防御と意のままに操る。盾を手で持つ必要がなくなる為、ライラが本来使っていた父から習った二刀流での迅速な剣術を防御力を一切下げる事無く可能にする事が出来た。付与魔法と口上魔法を同時に、それも戦闘をしながら迅速にこなさなければならない為、戦士としてだけでなく魔法使いとしても高い技術を要求される。


「……この程度でやられた訳ではないでしょう?」


 ライラはいまだに土煙漂う大穴に向かって話しかける。すると土煙が吹き飛び一人の少女が現れる。


「……ふぅ」

「ですよねー」


 多少はダメージが残っているものの、リザは五体満足でライラの前に再び姿を見せた。


「まだ戦いますか?万全の状態ならいざ知らず、今のあなたでは私の盾は突破する事は出来ませんよ」

「それでも……押し通ります」

「……見上げた根性ですね。ならばやってみる事です。受けて立ちますよ、私は!」


 盾を前面に出し攻撃態勢に移るライラ。リザもそれも合わせ構える。


「……そういえばあなた、すごい必殺技があるそうですね」


 リザが構えた剣を見てライラがふと思い出したかのように語りかける。


「……ええ」

泥人形ゴーレムやクラーケンの群れをなぎ倒し、あの魔法戦術団最高の防衛魔法すら打ち破った技、是非とも見てみたいと思ってたのですが……」


 リザの顔を見てライラはふっと笑みを零す。


「今のあなたでは無理そうですね。残念ですよ、私は」


 安い挑発。だがライラの『大いなる嵐の双璧ツインシールド・ビッグウィンド』への絶対的自信が成せる挑発。ここまでの戦いを経てリザはライラへの攻撃を一度も成功してはいない。まさに鉄壁の守りと言っていいだろう。これを打ち崩すには……。あの技を使う事もリザ自身も視野に入れてはいる。だがこれ以上の消耗はリザも経験した事がない、未知の領域なのだ。出来れば魔王と戦うまで力を温存しておきたい。それが正直なリザの思いだ。だが……先の戦い、精鋭騎士団の蜥蜴男カインと戦った時の記憶が鮮明に蘇る。


『ムカつくだろ?手抜かれると』


 精鋭騎士団、魔法戦術団も、そして先程戦った近衛騎士団の騎士達も、誰もが全力でリザと戦い、敗れていった。全力で立ち向かってきた相手に自分が出来る事はなんだ?これまでただ生きる為に力を振るうだけだったリザの中に、一人の戦士としての矜持や覚悟の心が芽生え始めていた。


「……やれます。これを使ってあなたを……倒します!」

「……それでいい!」


 ライラは笑う。待っていたのだ。この時を。あの技を。兄を倒したという忌まわしきその力を。

 勇者討伐の際、ライラは団長であるレイリーに同行する事が出来なかった。レイリーに止まられたのだ。万が一に備え、お前がこの国の『守護者』になれ、と。

 レイリーは勇者の放った光の中に消えた……この『守護者』たる盾を遺して。同行した騎士達の話と兄の遺した盾を受け取り、ライラは決意する。自身と兄、二つの盾を使い勇者を完膚亡きまでに打ち倒すと。

リザが剣を掲げると切っ先から光の柱が天へと昇り、空気が、大気が、大地が震えていく。その光景をライラは穏やかな気持ちで眺めていた。恐怖はない。国の為、魔王様の為、そして志半ばで倒れた兄の為……突き進むのみ。


「……いきます!」

「来い!その攻撃、全て受けきって見せますよ、私達(・・)が!……『大防御ダイガード!』」


 ライラの前に展開されていた二つの盾が急速に回転を始め大きな竜巻が発生する。リザが大きく振りかぶり、叩きつけようとした光の柱に向けてその二つの竜巻をぶつけて見せた。


「討ち払え!『双嵐の奇術師ツイスト・イリュージョン』!!!」


 二つの竜巻に挟まれる形となった光の柱は暫くの間拮抗していたが、徐々に力を失っていき……。


「……!?」

「打ち破ったぞ!」


 光の奔流は完全に掻き消された。回転方向の違う二つの竜巻に挟まれた光の柱はその力を少しずつ外へと流されてしまい最後は完全に消滅してしまう。『双嵐の奇術師ツイスト・イリュージョン』はライラが編み出した最強の防御術にして最高の打ち消しカウンターだったのだ。


「勇者!これで貴様も……」


 勝利を確信し、リザを見下ろすライラが見たものは……諦めのない、いまだに闘志に満ちたリザの瞳。

 その瞬間ライラに一つの疑問が浮かぶ。……見下ろす?私が?ハーフエルフであるライラはお世辞にも背が高いとは言えない。よくミカにからかわれたり、年下のフレイアにも同情される程だ。その私が見下ろしている……だと?

 リザは初撃が打ち消された後も勢いを緩めず、振りかぶってそのまま後方へと振り抜ける形になった。足腰を落としその低い姿勢のまま……下から上へと逆袈裟切りの要領で再び光の柱をライラへぶつける為に剣を振り上げた・・・・・


「う……あああああああああ!!!!!!!!」

「くっ!?まだまだァ!!!!!」


 再び迫った光の剣にライラは『双嵐の奇術師ツイスト・イリュージョン』を再発動させ迎え撃つ。


「ぐっ!うううううう!!!!!!!」


 先程よりも力の増した一撃にライラの顔が歪む。そして最初の攻撃を受け切り浮かれていた自分を恥じた。一撃目は偽物フェイク……この二撃目を叩きこむ為の動作フェイントに過ぎなかったのだ。それを見通せず……なんて愚かな!


「だが……それでも……!」


 ライラにはまだ余力があった。残った魔力を全て引き出しこの一撃をどうにか受け切る。剣から放たれた光は虚空に消えた。


「受け切ったぞ!どうだ勇……者?」


 目の前にいるはずのリザはいなかった。必死に目を顔を動かし探そうとし、そしてすぐに気付く。もう刻は夕暮れ。そこにはライラに向かい大きく動く一つの影。


(上か……!)


 見上げるとそこには……剣から溢れる光を背にこちらを切り伏せんと飛び掛かるリザの姿があった。


「……はは」


 乾いた笑い声が漏れる。こちらは力をとうに使い果たした。ライラに出来る事はもう……ない。それでもリザは凛前と立ち向かって来る。彼女の方が一枚上手だった。それだけだ。

 ……いや違う。リザを見て悟る。力の使い過ぎによる無理がたたり傷だらけの体、そしてあの流れる血を噛み殺すように食いしばった必死の形相。彼女も限界をとうに超えているのだ。ライラは動かない手足に力を加える。私はまだ……戦える!……どんな時でもライラを気にかけ、優しかった兄はもういない。この国も守護まもれるのはもう私だけなのだ、と己に活を入れる。


「この国の『守護者』は……私だぁ!!!!!」


ライラも限界を超え防御姿勢を形作る。次の瞬間、二人の影が交わる。


「「うおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」


 この日、一番の叫び声と衝撃、そして爆発音が王都に鳴り響いた。




「……あ……ぅ……」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。倒れていた一人の少女が起き上がろうとする。だが体に力が入らない。そのまま崩れ転げてしまう。


「くっ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 剣を杖代わりにして再び起き上がる少女、リザ。肩で息をしてなんとか呼吸を整える。周囲を見回すが、周りはいまだに二人がぶつかった衝撃で舞い散る土煙で視界が悪い。リザと戦っていたもう一人の少女、ライラの姿はまだ確認できない。

 土煙が収まり始めると、リザもある程度の力を取り戻し改めて剣を構える。


「……っ!」


 リザの目が鋭くなる。土煙に中からうっすらとだが人影が見えてきたのだ。再度戦う為そのまま影の方へ向かって走り始める。影がその姿を完全に姿を現した時、リザの動きはピタリと止まった。

 影は、ライラはそこにいた。立っていた。リザを迎え撃った姿のまま。既に彼女は気を失っていたのだ。


「……守護者、か」


 気絶してもなお倒れず、彼女を迎え撃とうとする。そんなライラの雄姿にリザも何か思う所があったのか。動かないライラへ向かい一礼し、城へと向かう。

 リザがライラとすれ違おうとした……その時――。


 リザは真紅の光の中へと消えていった。

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