第一章02 兄弟
「ではこれから勇者討伐作戦会議を始めたいと思いまーす!」
デカデカと『勇者討伐作戦会議』と書かれた黒板を前に、俺の声が会議室に高らかに響いた。最近は勇者討伐について色々熱い議論がなされる事が多いこの会議室には、今は俺を含めて三人しかいない。
「やったなゲイル兄!こんな大任をまかされるなんて!」
「やっぱゲル兄ってすっごいなー!」
会議室の最前席に陣取るこの二人は俺の弟と妹だ。
弟の名はヴォルト・クロウ。軽装のレザーアーマーを装備した戦士風のイケメン。魔族特有の角が一本、俺と同じ黒髪だが目を覆うくらいあってちょっと長い。ウザったそうだから髪切れば?と言っても切ってきたためしがない。おのれイケメン。背は俺よりも高く、長身の脂肪が少ない筋肉を持つ……いわゆる細マッチョだ。子供の頃から運動神経がすこぶる良く、体を動かす事にかけては他の奴らとはあきらかに違っていた。騎士学校を主席で卒業できたのも当然だろう。今年将軍グフタフのいた精鋭騎士団に入隊し、今は期待のルーキーという扱いだ。
妹はフレイア・クロウ。魔法使い用のローブを着ているが、大きすぎてちょっとブカブカだ。そこがかわいい。胸はこのまま育たない方がいいかもしれない。頭の角がその小さい体に似合わず大きいのが二本(魔族は角の数と大きさが魔力の総量に比例している、と最近学会で論文が発表されて話題になった)まだまだあどけなさの残る顔と角と同じくらい目立つ真っ赤な髪を持つ。髪色は母親からの遺伝だ。生まれつき高い魔力の素質を持っていたフレイアは魔法学校を飛び級で卒業し、今年からヴォルトと一緒にこの王都にやってきた。将軍ミランダの元で、今まで学んできた魔法を実践したかったらしい。
平凡以下である俺の兄妹にしておくのはホント持ったいない。
「将軍達が戦死したんでお鉢が回ってきただけさ……それとフレイ、その呼び方前からやめてって言ってるよね?なんかネバネバした奴っぽく聞こえるからさぁ!」
「えーかわいいじゃーん」
兄妹っぽいフワフワした会話を一旦止めて、本題に入ることにする。
「調査隊の報告で勇者はもうすぐマハザの町に到着する事がかわった」
マハザはファルジオン王国北東に位置する、王国で最も国境に近い町だ。三つの国と隣接する国境近くというだけあって貿易が盛んなこの町の収益は、やはり貿易による輸出品だ。ファルジオンでも比較的気温が低いこの地域は、寒さに強い果物であるオレーやリゴーの名産地になっている。そのまま出荷される事が多いが、最近は観光目的にこれらの果物を使った商品を色々生産しており、特に人気なのが果物を原材料としたお酒やジュースだ。
「俺はこのマハザの町で勇者を迎え討とうと考えている」
「道中でなく町で迎え撃つのか」
「町中に逃げられたらどうするのー?」
勇者は単独なので二人の懸念も納得できる。マハザもそこそこ大きい町なので、逃げられたら探し出すのは中々骨だ。
「俺はこの町に罠を仕掛けるつもりだ。その為に兵士も大人数準備させている」
俺のこの作戦に兄妹達はおおっと感嘆したようだ。
「そして罠にかかった勇者を……」
「俺たちがぶっ潰すってわけか!」
「あーなるほどねー」
ヴォルトはすぐ察してくれたようだが、フレイアはまだフワフワしている。昔から魔法くらいにしか興味を示さなかったせいなのか。ちょっと心配になったので聞いてみる。
「フレイ……お前ちゃんとできるのか?」
「フッフフーン!ゲル兄まっかせってよー!魔法で勇者を吹っ飛ばせばいいんでしょー?」
「だからゲル兄はやめてマジで」
とりあえずフレイアにツッコミを入れる。そんな掛け合いをしてから俺は、一度咳払いをして真顔になる。この作戦実行前に俺には聞かなくてはならない事があった。
「この作戦の成功でお前たちは人を殺すことになる……そして自分達も死ぬ危険性もだ」
王国精鋭騎士団に入隊したヴォルトはこの命のやりとりを嫌でもする事になるだろう。しかしフレイアは別だ。研究だとかで引き籠っていれば戦場に出ることなぞ一度もないまま過ごすことだって出来る。
「それでもやってくれるかい?」
聞かなくてはならない。二人を戦いに送り出す作戦の責任者として。二人の兄として。
「俺達はゲイル兄に恩返ししたくてきたんだぜ!勇者討伐なんて絶好の機会じゃないか!」
「今まで私達がちゃんと学校や魔法の勉強できたのは母上やゲル兄のおかげなんだしね。もっと私達を頼ってくれてもいいんじゃないかなー?」
クロウ家は、ファルジオン王国でもそこそこの名家だった。しかし俺が物心ついた頃、父上が戦争で亡くなりクロウ家は没落してしまった。まだ幼かった兄妹たちを養うために、俺と母上は様々な仕事に就き、働いた。戦死した父上のかわりに、一家の大黒柱にならなければと俺は奔走した。王国書記官になったのも、家族を養う為だ。必死に勉強して手に入れた王城城内勤務だけあって、今の仕事給料いいしね!
そんな俺の働きを、兄妹達はちゃんと評価してくれていたんだ……。やばいちょっと涙出てきた。なんとかそれを隠しながら話すよう試みる。
「俺はクロウ家の長男なんだからそんな事当然だろぉ」
「ほらほらー照れ隠ししないのー」
あっさり俺の心を見透かしたフレイアに茶化される。こいつには隠し事できないんだよなぁ。
「う、うるせー!」
くそう。あんまり反論できない。
それから一呼吸あけて俺は……兄として、この作戦の責任者として命令した。
「お前たちの命、俺に預けてくれ」
兄妹達への意思確認も済ませひと段落した後、俺たちは…
「うーん、こんな感じかな?」
「えーちょっとゲル兄くっつき過ぎじゃないー?」
「イヤイヤこれくらいだろ……だからゲル兄は止めろとさっきから」
円陣を組んでみた。
「よーし、最後に掛け声いくぞオラー!」
「了解」
「あいよー」
俺は会議室中に響きように叫んだ。
「魔王勅命勇者討伐隊ーーー!!!ファイトオーーーーー!!!!!」
「「オー」」
若干兄妹達の声が低いような気がしたが気にしないでおく。
勇者よ、マハザの町をお前の墓標にしてみせよう。魔王ファルシオンとクロウの名に懸けて。