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勇者VS魔王……の配下(非戦闘員)  作者: 黒江
第六章 勇者VS魔王の配下(最後の戦い)
27/32

第六章03 兵士として

「……チッ、もう朝か」


 ファルジオン王国城内にある修練場の真ん中で大の字に寝ていた男……蜥蜴男リザードマンが朝の日差しを受けムクリと起き上がった。いつもなら血気盛んな兵士達が朝まで鍛錬を積んでいる修練場に今日はその蜥蜴男リザードマン一人しかいない。


「……いくか」


 ふらっとした足取りで修練場を後にした蜥蜴男リザードマンは同じく城内にある兵士用の大浴場で汗を流す。冬場この時期は蜥蜴男リザードマンにとっては辛い季節だ。元々暖かい南方での暮らしが主な蜥蜴男リザードマンにとって冬は辛い季節である……とてもつらい。

 彼はこの国きっての兵士……ファルジオン王国精鋭騎士団一番隊隊長にして副団長カイン・シャムシール。若くして精鋭騎士団に入団した彼はメキメキとその頭角を現していき精鋭騎士団の主力である一番隊の隊長、そしてついには副団長の座へと上り詰めた。だが彼が騎士団で名を上げているのは名誉の為だけではない。自分を打ち負かした精鋭騎士団団長グフタフを越える為だ。

 最年少で部族最強の戦士となったカインはその足で更なる強さを求め武者修行の旅に出る。どんな猛者相手でも剣術の才能と持ち前の負けん気の強さで打ち倒してきたカインだったが、戦い続けるうちにいつしか思い描いていた『強さ』の未来像を見失い、用心棒や傭兵稼業に身をやつし鬱屈した燻る毎日を送っていた。そんなある日、いつものように賊達の用心棒として汚れ仕事をしていたカインの目の前に大きな壁が立ち塞がった……それが当時騎士団への勧誘活動の一環として山賊退治をしていたグフタフだった。一騎打ちの末、打ち負かされたカインはその強さに感嘆し、グフタフの要望を受け入れ精鋭騎士団に入団する事となる。グフタフという具体的な『強さ』の目標が出来たカインは彼を超えるべく騎士団員の兵士として常に最前線で戦い続けた。暫くするとその姿は敵から『蒼ノ剣鬼』とまで呼ばれ恐れられるまでになった。

 

「ふん……よく出来てるじゃねえか。いい仕事しやがるぜ」


 自室に戻り頼んでいた特注である白の軽装鎧レザーアーマーの出来を見て一人賞賛する。いつも装着するのは王国が支給する黒の鎧なのだが今回は違う。『白』は蜥蜴男リザードマンにとって死と覚悟を司る色なのだ。それを装着し同じく白で統一された鉢巻を巻き、使い慣れた武器を手に取り兵士達……精鋭騎士団が集結している王都正門前へと動き出した。

 目標であったグフタフが死んでもカインの仕事は変わらない。この王国の兵士として敵を排除する。……どんな手を使ってでも。

 城門まで差し掛かった時、カインは城門の端にある人影を見つけた。


「ゲイルか」

「よう」


 王国書記官ゲイル。いつもの姿と違うのは彼が王国の伝統行事の時に着用する由緒ある黒のローブを羽織っている事。彼なりの最大限の覚悟の現れだ。カインはそのままゲイルの横を抜け王都正門前へと変わらず歩き続ける。


「……死ぬなよ」

「勇者なんぞ何度退けたかわからねえよ」


 この日、二人が交わした最初で最後の言葉だった。




「……総員揃ってるな!」

「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」」」」」」」」」」


 王都の前方にはなだらかな平原がどこまでも続いている。王都正門を抜けるとそこには黒の鎧と兜に身を固めた兵士達……その数ざっと8万。この平原を埋め尽くすかの如く並び立つ大軍勢が団長代理であるカインの到着を今かと待ち構えていた。


「遅かったニャー」

「 …… 」


 弓兵隊・隠密部隊と共に隊長であるミカとモズも既に待機していた。これで精鋭騎士団全ての戦力が出揃った事になる。

 カインは並びいる黒の軍団の前へ出ると全軍に聞こえるようあらん限りの声量を捻り出しながら演説を始めた。


「俺達のやるべきことは昔から変わらねェ!魔王様へ刃を向ける敵をぶっ倒す……それだけだ!」


 ファルジオン王国の最高戦力である三つの組織、精鋭騎士団、魔法戦術団、近衛騎士団の中でも精鋭騎士団の歴史はとりわけ古い。その発足はファルジオンが魔王を名乗りその志に集まった義勇軍が始まりだと言われている。魔王ファルジオンが国の内乱を平定した後も他国の脅威に備える為にこの隊は必要不可欠な存在となった。


「俺達のようなクズを今まで見捨てず、更に騎士の称号まで与えてくれた魔王様や亡き団長の為にも……!」


 いつからかファルジオン精鋭軍と名を改めた隊はゲイルの父アスマが団長を務める頃になると少し毛色が変わってくる。戦争で行き場のなくなった孤児、国を失くした敗残兵、生きるために罪を犯した犯罪者、ならず者といった所謂『日陰者』を積極的に受け入れ始めたのだ。これには魔王ファルジオンの意向も汲まれていたようでこういった行き場のない人々を受け入れて精鋭軍はどんどん拡大していった。

 グフタフの代になって念願である騎士の称号を与えられ、正式に騎士団を名乗る事が出来るようになる。精鋭騎士団はこうした日陰者達の誇りであり『居場所』でもあるのだ。


「勇者を……潰す!さぁ掲げろ!我らが誇りを!!!!!」

「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」」」」」


 大型の巨人族の兵士たちが一斉にファルジオン王国の軍旗を掲げると兵士達の士気ボルテージは最高潮に達していた。鳴り止まない歓声。カインは満足そうに今だ興奮が収まらない精鋭騎士団の兵士達を眺めている。


「カインにしてはまぁわかりやすくていいんじゃないかニャ」

「 …… 」

「おめーそれ褒めてんのか?……後でモズが何言ったか教えろよミカ」


 ミカに茶化されてもカインはどこか満足気だ。この歓声はその後暫く鳴り響いた。

 ……暫くすると斥候として出されていたモズの部隊所属の兵士が戻ってくる。


「副団長!目標の勇者、こちらに向かってきます!」

「どれ程で着く?」

「数刻……いえ半刻にはこちらに到着します!」

「よーし!てめえら!翼竜の陣だ!勇者を迎え撃つ!配置急げぇ!!!!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」」」」」


 カインに号令により精鋭騎士団はこの世界ではポピュラーな陣形である翼竜の陣の陣形を形成していく。防御に優れた翼竜の陣は昔から籠城等の戦場で活用されてきた戦術の一つだ。

 配置が完了し臨戦態勢が整うと目標である勇者の到着を待つ。それから暫く、先程とは打って変わって緊張という名の静寂が騎士団を支配していく。


「……」


 兵士達の緊張の糸が切れる寸前……それ(・・)は悠然と姿を現した。迷いなく真っ直ぐこちらへと向かって来る。最初は豆粒大にしか見えなかった形がどんどん鮮明になっていく。

 カインはその姿とやってきた方向を見て数日前にゲイルと行った作戦会議を思い出していた。


『は?勇者やつは北西からやって来るんだろ?なら西門の守りを固めればいいじゃねえか』


 カインの返答は至極同然だ。目的地であるこの王都へまっすぐ向かって来る。カインでなくても誰もがそう思うはずだ。


『ああそうだな。俺も少し前だったらそう思っていただろうよ』


 話を聞いてゲイルは半笑いで首を横に振ってみせた。その仕草にカインは少しイラッとする。


『監視してる諜報員の報告だと勇者あいつはまだあそこ(・・・)には行ってない。必ずそこを通って南からこちらに来るはずだ』

『何かなんだかさっぱりわからねぇ……そこってどこだよ!?』


 イライラしながらカインは疑問をゲイルへぶつけてくる。

 

『そこは……』


 いつもの黒マントを羽織いカインの位置からでも目視で見える距離まで歩いてやってきた勇者リザは、片手に大きな紙袋を携えていた。袋から取り出したそれをリザは美味しそうに頬張って見せる。


「南町アサカのパン屋ムラクモが作る朝限定100個のバターブレッド…!」


 カインはゲイルが言った言葉をいつの間にか口に出していた。この大軍勢を目の前にして朝食のパンを美味しそうに食べる勇者に兵士達はどよめきが起こる。寒空の中、出来立てのパンからはほのかに湯気が立ち上がり騎士団の兵士達にも焼きたてのパンから溢れ出るバターが醸す美味しそうな匂いが伝わってきていた。


「我らを見ても物怖じせず食事とは…!」

「なんという豪胆な娘よ…!」

「そういや俺、朝飯食うの忘れてた…」

「あーめっちゃ美味そう…」

「ええい!やっかましいわぁ!!!!敵が目の前来たんだぞぉ!……いけえ!歩兵隊及び重装歩兵隊、突撃ィ!!!!!!!」

「「「「「ウ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」」」」」


 号令をかけながら自分も朝飯を食べ忘れていた事にカインは気付く。大声を張り上げる度、腹の中の虫が小さく鳴り響いていた。




「始まったか……」


 王都の最奥、ファルジオン城王の間へと続く渡り廊下。俺がいるここにまで兵士達の雄叫びが聞こえてきていた。


「ねーねー兄ちゃん。カインさん達やれそう?勝てそう?」


 廊下の窓際に腰かけながらフレイアが小首を傾げながら話しかけてくる。いちいち仕草が可愛い。流石我が妹。


「父上も団長を務めた事のあるファルジオン(うち)の騎士団は最強だ。負けるはずがない。そうだよなヴォルト?」

「そうだね兄さん」


 落ち着かないのか待機してからずっと腕立て等の筋トレをしているヴォルトが答える。ヴォルトはすぐ修行で離れてしまっていたが精鋭騎士団に所属している兵士だ。騎士団の練度も把握している。


「でも……実際に戦ってみた勇者はとてつもなく強かったよ。いくらカインさん達でも……」

「おいおい折角鍛え直したって言うのに弱気になってどうするんだ、弟よ」

「そーだよそーだよ!私はめっちゃ強くなったんだから絶対負けないよ!すごいでしょ?」

「お前のその自信過剰っぷりも色々フラグが立ちそうだから少し控えなさい」

「はーい」


 対照的なこの兄妹を見比べて溜息を付く。お互いもうちょいすり寄ってたら丁度いいんだが。……昔はこの性格が全く逆だったというんだから成長というものは面白い。


「確かに勇者は強い。なんせ俺は何度も戦いを見てきたからな。……だがな、カイン達だって全ての実力を見せたわけじゃない。俺達にも明かさない奥の手(・・・)を隠し持っている!……はずだ」

「えー本当かなぁ」

「長い付き合いだから俺には解るの!」


 そう言ってから窓から高く聳える壁の外を見据える……今まさに戦場となっている場所を。


魔王軍おれたちにも意地がある。いつまでも甘く見ていると痛い目見るぞ……リザ」




「くそっ!どうなっている!?」


 精鋭騎士団一番隊所属、騎兵隊中隊長を務める人馬ケンタウロスのバルドは今自分が置かれている状況に焦りを感じていた。今までどんな敵でも臆することなく戦ってきた生粋の兵士であるバルドだったが、たった一人(・・・・・)に対して全兵力をもって突撃するという作戦は今まで経験した事のない前代未聞の出来事だった。それでも兵士として作戦には文句一人なく従事していたが、バルドにとって予想を大きく上回る事態が発生する事になる。まず一つは歩兵隊と重装歩兵隊が壊滅的打撃を受けて後退した事だ。騎兵隊はその機動力の高さを活かした電撃作戦に投入される事が多いが今回の討伐目標が人間一人という事もあって騎兵隊の初期投入は見送られた。かわりに精鋭騎士団の主力である歩兵隊と重装歩兵隊を使った包囲作戦を展開させたのだ。しかしこれが上手くいかず歩兵隊及び重装歩兵隊は勇者一人に大打撃を受け戦線が崩壊する事態となってしまった。すぐに騎兵隊を戦線へ投入させたが戦況は一向に変わることはなく今も悪化の道を辿っている。


「くっ……!たとえこの身が砕けようとも……我らの意地を見せてやる!騎兵隊、突撃ィ!」


 今日何度目かも忘れてしまう程の号令をかけ、勇者へと攻撃を試みるバルド率いる騎兵隊。攻撃する度に勇者の反撃によって数を減らされいきその数は初期の5千から半分以下の数にまで減らされてしまっていた。だが僅かになってもがその機動力と突進力はいまだ健在だ。勇者一人を吹き飛ばすには十分すぎる力だろう。騎兵隊の足並はどんどん加速していき、バルドの武器エモノである大型のランスが勇者の頭を貫かんとする刹那――勇者リザの姿は忽然と消え失せた。


「なん……だと!?奴は一体どこに!?」

「た……隊長ー!うしろうしろ!」

「なっ……!」


 バルドが振り返るとそこには、バルドの背中(馬の部位)に横座りで腰かけている勇者リザがいた。風を切りたなびくリザの黒い髪、そしてどこか儚げな横顔。美しい……喉元まで出なかったその言葉をバルドはなんとか飲み込んだ。


「き、貴様ぁ!俺の背から離れろ!」

「えー駄目?」

「駄目に決まっているだろう!敵だぞ!それに何故乗っかった!?」

「乗馬とかやってみたくて……つい」

「つい!?」

「むー、じゃあしょうがない……とうっ!」

「えっ」


 バルドの背中から重さが消えリザの姿は一瞬で無くなった。あまりの出来事に目を白黒させる。


「くそっ何なんだ一体……」

「た……隊長ー!まえまえ!」

「へ?」


 バルドが向き直るとそこには大木が目の前にまで迫って来ていて……バルドの記憶はそこで途切れた。




「歩兵隊、重装歩兵隊に続き騎兵隊も壊滅状態ニャ」

「……」


 ファルジオン王国城壁正門前に組まれた陣地。その中でミカから現在の戦況をカインは腕組みをして静かに聞いていた……が、顔には青筋が浮きピクピク痙攣を始め、それと一緒にビタンビタン音を立てて尻尾を地面へと叩きつける。もはや我慢の限界という様相だった。


「……ギト(あいつ)が一番槍を是非とも任せて欲しいと言うからやらせてみたら初撃で何もしないうちにのびちまうわ、『ワシの鉄槌で一撃の元に叩き潰してくれるわガハハ!』とのたまったグンブは逆に脳天一撃かまされてぶっ倒される始末……そして『たった一人相手これだけで数で挑むとは……むぅ』とかお堅い事ほざいてたバルドもこのザマだよ!」


 言い終えてからカインは部下達のその惨状に頭を抱えた。


「朝から戦い続けてもう昼過ぎだっつーのに、たった一人相手にここまで苦戦するのかよ……クソが!」

弓兵あたしらもちょくちょく仕掛けてはいるんだけど中々当たらないんニャ。鉄砲・大砲・投石とかもっと当たる気がしないニャー」

「 …… 」

「モズの隠密部隊も死角から狙ってるんだけど……何故かすぐバレちゃうみたいニャ」

「死角もなし……か。本物の化物だなあの女」

「それでいて被害は甚大なのに死人はゼロ(・・・・・)なのがまたねー……」

「……舐めやがって」


 吐き捨てるように呟くと、カインは重い腰を上げいまだ戦いの続く戦場へと歩き始めた。


「いくのか……死ぬなニャ」

「いやお前らも来いよ!奥に引っ込んだまま燻ってるのが隊長の仕事だってんならそのままでいろ」

「いやーずっとらしくない事やってるなーと思ってたら、やっぱり団長グフタフさんっぽい事意識してたんだニャ」

「ハッもう潮時だがな……やっぱ俺には奥でドンと構えるなんて性に合わねーわ!」

「まぁカインらしいと言えばらしいニャー」

「 …… 」

「おっモズもやる気十分ニャ。私もまだまだ稼ぎたいし……そいじゃあやってやりますかニャー!」

「おーしいくぞ!目にもの見せてやるぜ!勇者女ァ!」


 ファルジオン王国精鋭騎士団と勇者リザ……その戦いは更に激しさを増そうとしていた。

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