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勇者VS魔王……の配下(非戦闘員)  作者: 黒江
第五章 魔王の配下(非戦闘員)VS海賊団(勇者は食べ歩きしているのでいない)
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第五章04 決戦は夜明け前に

 雲一つない快晴の中、ファルジオン王国記念式典は定刻通り開催された。今年はファルジオン王国首都ではなく西方の港町で開催されるとあって来客数に若干の不安があったが、それは杞憂だった。沢山の来場客と招待された友好国の使節団が見守る中、例年以上の盛り上がりを見せた記念式典は寄贈船の進水式が始まり最高潮となった。寄贈船には魔王ファルジオンか乗船する予定だったが、体調不良により魔王が式典に参加することはなかった。これがこの式典での唯一の落ち度になるだろうか。魔王の代わりに選出された王国使節団が乗船し多くの護衛船に厳重に守られ、そして大勢の観客に見送られながら『エレナ女王の祝福号クイーン・エレナ・ゴッドブレス』は友好国マチルダへと出航していった。式典のフィーナーレを飾る豪華な演出であった。




 昼間のお祭り騒ぎも収まり、夜になるといつもの日常を迎える港町ノミナミ。そんな町を照らしている星空と灯台の灯りを掻き消すかのように暗雲と霧が立ち込めていく。霧はあっという間にノミナミの町全てを侵食していった。程なくして霧の中から巨大な船が次々と現れる……その数ざっと20隻。どの船にも帆には共通の髑髏のマークが掲げられている。北海を中心に海を荒らしているザトー海賊団だ。ある一定の距離まで進むと中心に居座る最も大型の海賊船は動きを止め、それに呼応するかのように他の海賊船も航行を停止させた。海賊船から独特のマスクを装着した船員達が続々と小舟を繰り出し、そのままノミナミの浜辺へと進行を開始していった。最後に浜辺へ現れたのはマスクを付けた大柄の魚人マーマン。ザトー海賊団の船長を務める男だ。


「ふん、ここまでは予定通りだな」

「へい船長。霧も町全土へと行き渡りました。後は陸から来る別動隊の合図を待つだけでさぁ」

「あーそれは悪いね。別動隊そっちの人達はもう来られないってさ」


 船長と部下の男がギョっと驚き肩を震わせ振り返る。そこにいたのは黒いローブを纏った細身の男が一人。


「な、なんだてめえは!」

「おいおい、俺達の事ちゃんと調べてなかったのかよ」

「!……王国の奴らか!何故ここに!?船の護衛に行ってるはずだろうが!」

「それを説明する前に……ちょっとこの霧は邪魔だな」


 男が指を鳴らす。すると停泊している海賊船の一隻から轟音と共に巨大な氷の柱は打ち立てられる。それだけでは終わらず氷の柱は次々と打ち立てられ船を沈めていく。合計五本の氷柱が打ち立てられた時、ノミナミの町全土を覆っていた霧は瞬く間に掻き消されていった。


「霧がなくなってもやっはり冬の港町は寒いな。……もうそのマスク取っちゃった方がいいのでは?船長殿」

「付与魔法を張っていた船を特定していたのか……!?」

「それはあそこにいる人達が頑張ってくれたんだよ」

「!……くそが!」


 船長がマスクを外すとそれを地面に叩きつける。中から右頬に傷がある険しい顔が現れた。突然の氷柱にどよめく海賊達を尻目にローブの男……ゲイルは氷柱の頂上にる複数の人影に手を振った。その中の一人、氷柱頂上で優雅に佇む身の丈以上の大きな槍……大薙刀を従え白い装飾を纏った人影はそれに気付くと優雅に手を振り返した。


魔王軍うちらの中でもあの部隊(あいつら)は特にヤバいんだ」


 白い人影……ユキメが率いるファルジオン王国魔法戦術団第六部隊、通称『氷雪組』は海賊船の来航と共に行動を開始した。凍結の付与魔法が施された専用の靴を使って海上を移動し霧の付与魔法が施された船をすぐに特定し、合図を待った。

 氷雪組はユキメを筆頭に部隊の過半数が最前線での戦いを志願するという魔法戦術団でも一、二を争う超好戦的な魔法集団だ。それでいてモズの部隊程ではないが偵察や斥候といった仕事もこなせる小回りの利く(・・・・・・)部隊なのだ。

 氷柱が作られるのと同時に柱から強烈な冷気が迸り、辺り一帯の海が凍り付き海賊団の船は全て航行不能状態になった。付与魔法と一緒に退路まで断たれる形になった海賊達から動揺の声が上がる。


「霧に何かしらの効果があったのはわかってたんでね。船と一緒に潰させてもらったよ。それとさっきの話なんだが……あんたらが潜入させてた陸からの別動隊はここへ来る前に全員とっ捕まえたんでよろしく」

「なん……だと」


 襲われた船の乗組員の証言やロゼ達のクラーケンとの戦いで感じたと言う違和感、それらを踏まえてゲイルは霧に視界を奪う事以外に何かしらの弱体化デハブ効果があるのだと結論付けた。そしてそれは概ね間違いではなかった……霧には吸い込むと体力や魔力を一時的に奪う効果が更に施されていた。

 そしてゲイルはモズがもたらした情報から海賊団の真の目的を読み取り、モズにいくつかの指示を出した。一つは兵士の増員……海賊団の全体像が分かると今の戦力では足りないと判断し王国から増員を要請する事にしたのだ。相手に作戦が看破されていると悟られないよう囮とはいえ寄贈船の警備を厳重にしなくてはならず、そこにも少なからず兵士を割かねばならない。とにかく人手が足りなかったのだ。二つ目は陸路から来る敵への対応……これはゲイルの直感だったが、ここまで用意周到に計画する敵が最後の手を抜くとはどうしても考えられなかったのだ。案の定陸路からノミナミに向かってくる武装集団を発見したモズは己の部隊を駆使しこれを一掃、全員生け捕りにする事に成功していた。


「スパイが捕まる事も計算に入れて計画の全容は伝えてなかった狡猾さ……恐れ入る。どこかの実直な褐色魔法剣士なら引っ掛かったかもしれないが残念だったな。こんな捻くれ者(・・・・)がいたせいであんたの計画はオジャンだ」

「……貴様、何者だ」

「ただの王国書記官ですよ。しかしこれだけ魔法を駆使する海賊、初めて見ましたよザトー船長……いや元ノミナミ漁業組合副会長ロージュンさん」

「……!」


 驚きの顔を浮かべる海賊団の船長……ロージュンだったが、ゲイルの前に歩み出た男を見て顔が険しくなる。


「本当にお前だったのか……ロージュン!」

「……マッコイ」


 対峙する二人の魚人マーマン。……冬、しかも夜、寒空の下だといのにここだけやたら温度が高くなった気がしたゲイルだったが、とりあえずツッコまない事にした。


「何故このような事を……!」

「何故だと……!?王国に尻尾を振った犬が!!!」


 ロージュンの顔がみるみる赤く激昂していく。


「俺達は誇り高き海賊だ!貴様もそうだったろう!それなのに何だこのザマは!?あの時(・・・)みたいに王国の奴らに頼らないと何も出来ないのか?この腰抜けめ!」


 今にもマッコイに喰らいつきそうな勢いで捲し立てるロージュン。


「俺達の為と言ってお前は魔王やつの軍門に下らせこの町を作らせた。だがその結果があの150年前のあの事件だ!牙の抜かれた俺達ではクラーケン共に対処できず、結局魔王(やつ)に尻を拭かれる無様な結果に終わっちまった……だから俺はもう一度海賊の誇りを取り戻すんだ!魔王やつに心酔し、海賊であることを捨てたお前とは違う!」

「あんたがこの町に拘る理由はそれか……海賊を辞めてまで作ったこの町を破壊して、海賊の誇りを取り戻す……と」

「そうさ書記官!海賊おれたちの航路にこの町は邪魔なんだよォ!!!!!」


 ロージュンが合図を送ると、浜辺にいる無数の海賊達が一斉に戦闘態勢に入る。それを見ていたマッコイは険しい中に悲しげな表情を浮かべながらロージュンへと話しかける。


「お前のその海賊としての気概、嫌いじゃねえよ。だが俺は自分の選んだ道が間違っていたと思ったことは一度もねえ。血気盛んだった(やんちゃしてた)頃に魔王様あのかたとの決闘タイマンで負けた時、俺のやるべきことは決まったんだ。魔王様あのかたの力になりてえ!魔王様あのかたの夢の先に何があるのか俺も一緒に見てみたいってな」


 そう話すマッコイの口調はいつもとは違う船の上にいる時のような真面目なものだった。


「だからノミナミ町長、そして漁業組合会長である今の俺がいる。もう海賊に戻る気はねえしこの町はお前にやるわけにはいかねえんだロージュン」

「どうしてもか」

「ああ」

「そうかい……なら港町ノミナミ(このまち)ごと消えてなくなりな」


 今にも総攻撃が始まろうかと思った矢先、浜辺に響く凛とした声がこの状況を遮った。


「貴様らの思うようにはさせんぞ賊共!」


 漢達の間に割って入ってきたのは銀髪のダークエルフ、ロゼだ。それを見計らったかのように辺り一帯からローブを纏った者達が暗闇から次々と姿を現す。彼らの腕には同じ腕章が括り付けられている。あれは――。


「大人しくお縄になるなら良し!拒むと言うなら魔法戦術団が相手になろう!」


 ロゼが率いるファルジオン王国魔法戦術団第五部隊、通称『雷牙隊』だ。

 王国に所属する一般的な兵士と魔法使い、数では圧倒的に兵士の方が多い。魔法使いが少ないのは魔法習得にはそれなりの素質が必要になるからだ。更に魔法使いから近接戦闘をこなせる所謂『魔法剣士』『魔法戦士』を選出すると更に数が限られてしまう。ロゼとユキメが率いる隊にはその魔法剣士や戦士が多く所属していて、二人の隊が好戦的と言われる所以はこれにある。


「チッ!まだ援軍がいやがったのか!?」

「あらあら、うちらも忘れてもらっちゃ困るわぁ」


 前衛に配置された『雷牙隊』と海賊の船を止め後方を固める『氷雪組』、前門の虎、後門の狼……それでもなお海賊団船長であるロージュンには引き下がる気など毛頭なかった。


「どこまでもコケにしやがって……!野郎共!やっちまえ!!!!!」

「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!!!!」」」」」


 ロージュンの一声と共に戦闘の火蓋が切られた。海賊達はまるで示し合わせていたかのように前方後方二手へと綺麗に分かれ、雪崩れ込むように襲い掛かった。


「来い!ファルジオン王国魔法戦術団第五小隊隊長であるこのロゼが相手だ!殺しはしないが死ぬ程痛いぞ!」

「かかってきいや~。まぁ生け捕りって命令やし、死なない程度には嬲っておくけどな~」

「た、頼んだぞ二人共ー!」


 物騒な発言をする二人に戦闘は任せ、後方にセコセコと下がっていくゲイル。そんな中ゲイルは一人浜辺に立ち尽くすマッコイを見つけてしまう。


「おっちゃんもそこにいたら危ないぞ!俺と一緒に下がろう!」

「すまぬゲイル殿……元々これはわしが原因で起こった不祥事……ならこれを収めるのもわしの仕事!」


 マッコイの手には船に乗っている時に見せたあの大きな銛が握られていた。ゆっくりと確かな足取りで戦闘が繰り広げられている浜辺の戦場へと向かっていく。だがマッコイの前にノミナミ漁業組合の屈強な漢達が仁王立ちで立ち塞がった。


「会長!水臭いぜ!俺達も参加させてくれ!」

「身内の恥は俺達自身で拭ってやらんとな!」

「組長!」

「おやっさん!」

「お前達……!」


 マッコイの目から大量の汗がとめどなく溢れる。漢泣きである。


「よォし野郎共!あの馬鹿共(ロージュン)に俺達組合の底力……見せてやろうじゃねぇか!いくぞォ!!!!!!」

「「「「応ッ!!!!!!!」」」」


 銛を担いだ、この町の平和を守護まもる漢達が破壊者である海賊達へと突進していった。


「……まぁ、いっか!」


 漢達を見送ったゲイルは、とりあえずその辺の岩陰に隠れて事の成り行きを見守ろうと決心した。だがそんなゲイルの前に乱戦から飛び出してきた一人の海賊が向かってきていた。


「てめえさえ……てめえさえいなけりゃこんなことにはー!」

「……!」


 海賊の雑兵がゲイルへ剣を振り上げる。……だがその剣がゲイルへと届くことはなかった。


「ぐはっ……!」


 交差したと同時、その場に倒れこむ海賊。ゲイルの手には鞘に収められたままの剣が握られていた。ローブで見えなかったが、腰に剣を携えていたのだ。


「見た目ヒョロガリだからって舐めんなよー!才能なくても日課の素振りは毎日欠かさず行ってきたんじゃーい!」


 初めて実戦で舞い上がったのか思わずガッツポーズを取るゲイル。だがそれが思わぬ不幸を招いてしまう。


「いたぞ!あそこだー!」

「ぶっ殺せー!」

「えっ!?ちょ!流石にその人数は無理だー!」


 ガッツポーズを取ったせいで数人の海賊に追い立てられる事になったゲイル。必死で逃げるが追い付かれあわや袋叩きにされようとした所で――。


「「「ぎゃああああ!!!」」」


 取り囲もうとしていた海賊達が全員吹き飛ばされた。そこにいたのは刀を構えた一人のリザードマン。ゲイルの良く知る男だ。


「お前は……カイン!……カイン?」


 顔を見てカインの名を呼んだゲイルだったがすぐ疑問形に変わる。何故ならいつものカインとは似ても似つかぬ姿をしていたからだった。全身防寒具だらけで達磨のようなずんぐりむっくりな恰好になっているカイン。それを見たゲイルは……思わず吹き出した。


「てめえ!折角はるばる助けに来てやったのに笑ってんじゃねーよ!」

「だってお前さープフゥー!何その恰好!オークやトロルでもそんな見た目してねーから!プフフゥー!」

「てめえ帰ったら絶対はっ倒す!」


 尻尾をビシビシ地面に叩きつけて怒るカイン。ゲイル達が談笑してると前方から呪文の詠唱が聞こえてきた。


「轟け雷……『荒れ狂う雷光(ストームサンダー)』!」


 ゲイル達の所にも稲光と爆発音が響いてくる……ロゼの魔法だ。辺りには黒焦げになった海賊達が転がっている。手加減しているようで一応生きてはいるみたいだ。


「ふん!なんだこの体たらくは!歯ごたえが無さすぎる!」


 海賊達が思っていたより弱いようでロゼは不満げな顔でゲイルの所で歩いてくる。


「もっとマシな奴はいないのか……ブフッ!」


 カインを見たロゼが思いっ切り吹き出した。


「貴様なんだその恰好は!私を腹筋を震わせにきたというのか!くっ……ブハッ!」

「お前も帰ったら絶対ぶっとばすから覚悟していやがれ褐色女ァ!」

「こっちもこれでお~しまいっ。なんや楽しそうやねぇ」


 ユキメもゲイル達に合流した。ユキメが歩いてきた方向を見ると氷の彫像と成り下がった海賊達が物悲しそうに佇んでいる……ゲイルはその光景を見て故郷の雪祭りを思い出してちょっと懐かしくなった。あんな状態でもなんとか生きてはいるようだ。


「これで勝負は決したようだなロージュンよ」


 羽交い締めで近くにいた海賊を気絶させながらマッコイがロージュンへと話しかける。もう海賊で残っているのは船長であるロージュンだけのようだった。


「へっへっへ……そいつはどうかなぁ?」


 それでもロージュンは余裕の笑みを崩さない。そんなロージュンへ詰め寄ろうとするマッコイをゲイルが制止した。


「おっちゃん気を付けろ……そいつはまだ奥の手(・・・)を隠し持っている」

「ハッ!流石だな書記官。その通り!まだまだいるんだぜぇ……イカ野郎共はなぁ!」


 ロージュンは懐から独特の形の笛を取り出すと思い切り吹き鳴らす。だがゲイル達にはその音は聞こえなかった……だがすぐに変化が訪れる。氷漬けだった海にどんどん亀裂が走っていく。そして――。


 ドギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!


 轟音と共に氷が打ち砕かれると中からクラーケンが現れる……それも一匹ではない。


「なっ……!こんな数のクラーケンをまだ隠し持っていたのか……!?いや待てこの数は……!」

「はっはー!そこまで気付くとはな書記官!だいぶ金がかかっちまったが、かつてこの町を騒がせたクラーケンと同じ数を揃えたんだぜぇ!もう制限・・はナシだ!思いっきり叩き潰しちまえ!」


 ギュロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!


 唸り声を上げるクラーケン達。ロゼ達が撃破したのを含めて7匹……しかも以前発生した時の物と比べてとんでもなく強化されているクラーケンだ。そんなのが6匹……ゲイルの予想を遥かに上回る数だった。


「や、やれるかロゼ!?」

「ふん!海賊共こいつらでは肩慣らしにもならなかったからな……丁度いい!雷牙隊、構えろ!」

「まぁ何匹こようが変わらんと思うなぁ……うちの仕事は氷杭まほうを打ち込むだけやしねぇ。氷雪組うちらもいくでぇ」

「なんでえ!まだ楽しめそうじゃねえか!刀の錆にしてやんよイカ共ォ!」


 ゲイルの不安とは裏腹にやる気十分のロゼ達。クラーケンの大群は一気に浜辺へと押し寄せる。

 そんな時である……緊張感のまるでない声が浜辺へ響いたのが。


「やっと見つけたー!」


 声は死角の高台から聞こえてきた。ゲイルはこの声の主を良く知っていた……嫌というほど。


「リザ!お前か!」


 その声の主……勇者リザへとゲイルは抗議の声を上げる。


「港をウロチョロしているとは聞いてたが……なんでお前こんな糞忙しい時に……!」

「ずっとくらあけん?を探してたんだけど港じゃ全然船貸して貰えなくてさー」


 それはそうである。クラーケンが出る海に船を出そうなんて物好きはそうそういない。


「しょがないから海をずっと見張ってたらこんなに沢山来るなんて……!ありがたいね!」


 リザは懐から剣を取り出すと鞘から刀身を引き抜いた(・・・・・・・・)。普通の兵士や戦士だったら当たり前のその行為に驚きの声を上げるゲイル。


「お前……本気なのか!」

「モチ!ここなら広いし本気出しても問題ないよね!」


 初めて見る剣の刀身は驚くほど綺麗だった……まるで加工したての宝石のような輝き。ゲイルがその輝きをみるのはこれが初めてだった。何度も戦いを挑んだにもかかわらず、リザが剣を鞘から抜くという行為を一度も見た事がなかったのだ。不甲斐なさを感じる一方でゲイルはリザの本気の戦いが見れる事に少なからず嬉しさを感じていた。

 リザが剣を掲げる。すると剣の刀身から眩い光が迸ってゆき天を貫いてゆく。光の奔流は激しく太くなってゆき、発生した嵐のような強風と地響きが浜辺、町全体と港町ノミナミを包み込んでいく。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!!!!!!!!!!!!!!!


「……なんだありゃ」


 綺麗だな……吹きすさぶ風の中、茫然とその光景を見ていたゲイルはそんな気の抜けた事を考えていた。暫くして、ハッと我に返り慌てて指示を出す。


「……!急げロゼ!皆を下がらせろ!あれはやばい(・・・・・・)!」

「!わ、わかった!総員退避ー!」


 ロゼ達の部隊が全員退避すると、それを見計らったかのようにリザが高らかに叫ぶ。


「それじゃあいっくよ~!必殺の~……必殺剣!」


シュ……ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!


 振り降ろされた光の奔流にクラーケン達は次々と飲み込まれていく。あれに抗うのは愚かしい事なのでは……?そんな無力感が『ネーミングそのまんまじゃねーか!』というゲイルのツッコミを最後まで出させなかった。

 暫くして吹き飛ばされたゲイルが起き上がり最初に見た光景は……割れた海。どこまでも続く光の奔流が通り過ぎた道の痕だった。

 



「なんとか終わったな……」


 朝になり静かな静寂を取り戻した海を見ながら呟く。自慢のクラーケンと船団を一瞬にして失ったロージュンはあっさりと降伏した。あんな光景を見せられれば戦意も喪失するだろう。……俺だってそうする。クラーケンは飛び散った足やらの残骸を遺して全て消え去っていた。あの威力の攻撃をまともに喰らったのだ。残骸が残っているというだけでも奇跡だろう。以前泥人形(ゴーレム)と戦った時に『あれはここでは使えない』というリザの言葉を俺は嫌という程実感した。泥人形ゴーレムや花畑どころか山も吹き飛びかねない。

 肝心のリザはというと……。


「ほれ出来たぞ嬢ちゃん!クラーケンの姿焼きだ!」

「やったー!おじさんありがとー!」


 ご機嫌な様子で残っていたクラーケンの足を調理した料理を受け取っていた。あの騒ぎの後、浜辺へと様子を見に来た達の住民達はクラーケンの残骸を見て脅威が去った事を確認した。その中にはリザが食事していた料理屋の人達も来ていたらしく、一番の功労者であるリザ立っての願いでクラーケンの調理が浜辺でそのまま始まったのだった。この不思議な光景に式典帰りでまだ町に滞在していた観光客も合わさりあれよあれよと人が増え、ちょっとしたお祭りの様相を呈してきていた。


「むう……私達の活躍がぁ……」

「しゃあないしゃあない。あのインパクトにはそりゃ勝てへんわぁ」

「くっそー……」


 海賊達の捕縛が終わり暇が出来たロゼ達が俺の隣で恨めしそうにリザを見つめていた。この人混みの中では流石にリザに攻撃する事は出来ないだろう。それ以上にあの光の柱の攻撃を警戒しているのかもしれない。ロゼ達は捕縛した海賊達を纏めると、そのまま城へと引き返していった。


「ロージュン……」


 捕縛され連行されようとしているロージュンにマッコイのおっちゃんが悲しげに呟く。


「あのおっさん、おっちゃんやこの町の事は嫌ってなかったみたいだよ」

「それはいったいどういう……?」


 俺はおっちゃんにその理由を話した。貨物船は襲っても毎回船員に死人を出さなかった事。スパイには町の事だけを報告させていた事。そしてクラーケンに襲わせる時、力に制限をかけていた事。


「ロージュンのおっさんはおっちゃん達とこの町を作ってた時、楽しかったんじゃないかな?……だから海賊に戻らなきゃならない時に邪魔になった。ここは海賊ではなくノミナミの市民として始めた町だったらから。まぁ同じ捻くれ者(・・・・)としての感想だけどね」

「ゲイル殿……」

「一応海賊共(あいつら)の身柄は王国おれたちが預かる事になるけど最後の審判はおっちゃん、あんたに委ねると魔王様のお達しだよ」

「魔王様が……!」

「おっちゃんが啖呵を切った所、カッコ良かったぜ」

「ありがとう……!ありがとう……!……ありがたいですぞー!」


 暑い暑い!号泣したおっちゃんに思い切り抱き付かれる。晴れてるとはいえ冬の朝でこの暑さ!後ちょっと汗臭い!ジタバタしながらなんとかおっちゃんを引き離す。いつもの暑苦しい笑顔のおっちゃんがそこにいた。


「……おじさん、これあんまり美味しくない」

「うーん……臭みを取る為に色々やってみたんだが駄目だったかぁ」


 クラーケンの足を口で頬張りながらあのリザがなんとも苦い顔をしている。あんな顔、戦闘中でもしたことないぞあいつ。俺も露店へ行きクラーケンの姿焼きを受け取ると一口。……理由はすぐに分かった。


「あの巨体を支える為に筋肉が発達してるだろうから身は固いというのは予想できたが……この強烈な臭みは中々キッツいな!」

「うん……そうだよね」


 そう同意しながらもリザの口は食べるのを止めない。結局文句言いながらも全部食べるんじゃん!食べたであろう他のお客もリザと同様の顔を浮かべている。それでも味よりもの珍しさが勝っているのか、クラーケンの姿焼きを売る露店への行列は途切れることはなかった。


「よし!口直しに別な物食べよう!ほらゲンキさんも一緒に!」

「もう俺は絶対に突っ込まんからな!絶対だぞ!」


 いつもなら閑散としている冬の港町ノミナミは、例年とは違う賑わいを見せていた。

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