第四章05 七星
『うわー!すごーい!お花いっぱいだねお父さん!』
『綺麗だろうナナキ』
『うん!』
広大なナナハナ畑を見て満面の笑顔の私。それを見てどこか誇らしげな父。こんな父の顔を見たのはこの時が初めてだった。
『ナナキ、俺や爺ちゃん、爺ちゃんの前のそのまた前の更にずっと前のご先祖様もこの花を使って菓子を作ってきたんだぞ』
『すごーい!お父さんもおじいちゃんもずっとまえのごせんぞさまたちもはたらきものなんだね!』
……子供ながらなんて語彙力のなさだろう、当時の私……。
『私も作りたい!お父さん達みたいになりたい!』
『ナナキがもう少し大きくなったらな』
この広いナナハナ畑で父と交わした約束。……どうして忘れていたんだろう。私にとって、とても大事なモノのはずだったのに。
私が実家である七星堂の家業と継ごうと決心した時の事を。
「すごいなこれは……」
俺は目の前の景色を見て素直な感想を述べた。なんというか、凄すぎてそんな単純な感想しか出てこなった。それだけこの光景は、強烈であり、鮮烈であり、網膜から脳裏に焼き付いて離れようとしない。
「ゲイルさん!私全部思い出しました!」
ナナキが興奮しながら話しかけてくる。余程嬉しかったのか耳がピコピコよく動き、普段前髪で隠れてる目がキラキラ輝いている。……かわいいな!
「ここは上手い事山々から見えないように工夫されているようだな。所謂、秘密の花園って奴か」
俺達が通ってきたルートはとてもじゃないが正攻法ではなかった。……今でも腰痛いし。見つけられたのは偶然の産物、運が良かったと言えよう。
「良かったな。大事な事を思い出せて」
「はい!」
「さて、これでお店も安泰と……」
言いかけた俺の言葉を遮るように突然。
『オオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!!!』
大きな唸り声が響き渡る。この声……さっき聞いた奴か!しかも先程より、鮮明に聞こえる。
ズゥゥゥン…………………ズゥゥゥン………………ズゥゥゥン……………
唸り声と共に響く地鳴り。これは……どんどんこちらに近づいて来る……!
ドゥゥン…………ドゥゥン………
「くそっ何が来るっていうんだよ……!」
ドォン……ドォン…
もう既に近くにいる……!咄嗟にナナキを庇うように身構える。……その瞬間。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンン!!!!!!!!!!
森の一部が吹き飛んだ。バラバラになった木片が辺りに散乱し、破裂した木片から生じた土煙が辺りに立ち込める。その土煙の中を動く影。この巨大な影は……まさか……!
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!』
「泥人形……だと!?」
土煙が収まると、月明かりに照らされてその大きな巨体が姿を現す。温泉町カブサナでは町中にゴロゴロ転がっている何の変哲もない物体。だが決して動いてはいけない物体。それが俺の目の前にいる。
「ここ数百年、ここいらの泥人形が動いたという報告は一度もなかったはずなのに……!」
ズシン、ズシンと鈍い音を響かせながら真っ直ぐ泥人形が前進する。慌ててナナキを退避させようとするが、泥人形の動きを見て足を止める。
「あ、あれ……?」
「……あくまで目的はナナハナというわけか」
こちらの事など初めから眼中にないと言わんばかりのスルーっぷり。そのまま俺とナナキの横を素通りするとナナハナへ向けて歩き続ける。花の近くまで到達すると、泥人形はその大きな腕を振り上げるとナナハナを力任せに摘み取っていく。一振りですごい数の花を強引に摘み抉り取ると、そのまま花を口へと強引に運んで貪り食っていく。その様はまるで飢餓していた者が新鮮な食物にありつけたかのような貪欲な食いっぷりだ。ただただ花を掴み飲み込む作業を繰り返す泥人形。気付くと泥人形の周りの花はあらかた毟り取られていた。
「だ、駄目です!それはお店で使う大事なお花なんです!」
周りの花がなくなったと見るや、新しい花を求めて足を動かしていく泥人形。それを止める為にナナキは泥人形の足に掴みかかっていく。
「ナナキ危ない!そいつから離れるんだ!」
「でも……!」
しかしナナキの足止めも泥人形には全く通用していない。泥人形が動く度にナナキは右に左に振り回される。
「止まって……!止まってくださいぃ……!」
ナナキの必死の抵抗も空しく泥人形は次の花を貪る為、その巨大な腕を振り回す。その衝撃でナナキは吹き飛ばされてしまう。
「きゃあああああああああ!!!!!!」
「危ねえ!」
飛んできたナナキを上手い事受け止める事に成功する……下敷きになりクッションになったとも言う。腰にまた嫌な痛みが走ったがそんな事気にしてる余裕もなかった。
「ぐえっ……だ、大丈夫か!?」
「は、はい!何度もすみません!」
こちらにはお構いなしに花を喰らう泥人形。ナナキは起き上がり態勢を整えるとまた泥人形の元へと向かおうとする。
「無茶だナナキ!一人でどうこう出来る相手じゃない!」
「でも……このままじゃ……!」
このまま泥人形を放置したら、この花畑も七星堂の畑同様食べ尽くされてしまうだろう。なんとか泥人形の注意を花から逸らさないと……。ふと何かないものかと体をまさぐってみるが、ここに来る前坂を滑り落ちた時に持ってきた物を殆ど落としてしまっていたらしい。駄目かと思ったその時、腰のあたりに何か違和感を感じてそれを掴む。これは……ランタンか?滑り落ちた時の衝撃でベコベコに凹んで原型を留めてはいないが暗くなった時用に持ってきてたランタンだ。……衝撃がある度にやたら腰が痛かったのはこれが当たってたせいか!
「壊れたランタンしかもってねぇ!」
「ゲイルさん……?」
不安そうにこちらを見るナナキの視線を受けながら泥人形に向き直る。思えばここに来るまでに酷い目に会う事ばかりだった。朝早く並んだのに七星は買えないわ、勇者と行動して同僚達にバレそうになるわ、覗き魔になりそうになるわ、裸見られるわ、坂を転げ落ちるわ、持ち物ほぼ全部なくなるわ、腰痛めるわ、動く泥人形に出くわすは……!羅列していくとフツフツ怒りが込み上げてきた。
この怒りを……この ランタンに……!
「いつまでもこっち無視して食ってんじゃねーよボケェ!!!!!」
ありったけの怒りを込めて壊れたランタンを泥人形にブン投げた。我ながら良い姿勢で投げれたと思う。そのまま綺麗な放物線を描いて……。
カンッ
乾いた音を立てて泥人形に当たる。……と次の瞬間――
ボオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
「「燃えたーーー!!!!!」」
ランタンから漏れた燃料が、投げた時飛び散って引火したようだ。長い年月で体中に苔や植物が生えていた泥人形の体はあっという間に炎に包まれる。火炎属性付与された泥人形は流石に慌てて炎を振り払おうとしてのたうち回る。
『ウゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?!!!?!?!?!?』
「ハッハー!バーカ!ザマーミロ!」
「あわわわわわ……」
炎を見て興奮したのとどこかスッキリした心持で罵詈雑言を吐く俺とは対照的に、あまりの出来事にオロオロしだすナナキ。暫くして炎が鎮火すると、泥人形がこちらへと振り向いた。目の色がみるみる敵対色へと変わっていくのが分かる。
「ハッ、そういう顔も出来るんじゃねーか」
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!』
怒りの唸り声を上げながら泥人形がこちらへと突進してくる。花を食べるのを止めさせたのは成功したが……やべーぞ!
「逃げるぞ!ナナキー!」
「は、はい!」
ナナキの手を掴むとそのまま一目散に逃げ出す。勇者がいれば何とかなるんだが……今は倒す事より花畑から遠ざける事を考えなければ……!
などと考えてる間に泥人形はどんどん距離を縮めてきた。はえーよ!もっと遅いだろその見た目だと!
「くそっ!追いつかれる……!?」
「ゲイルさん……私を置いて逃げてください!」
「何を言ってる!?できるかそんな事!」
「でもこのままじゃ……!」
その問答の間にも泥人形は距離を詰めてくる。
「……親父さんに頼まれたんだ!このままお前を置いていけるか!」
「え!?それって……」
泥人形の手がすぐ後ろまで迫っていた。覚悟を決めなければならない。ナナキを後ろに庇うと身構える。俺だって魔法が使えないわけじゃない。2、3発しか使えなくても逃げる隙くらいは作れるはずだ……!
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!』
「これでも喰ら……」
なけなしの魔力で魔法を行使しようとした瞬間、泥人形の伸ばした腕がドスンと音を立てて地面に激突した。切り落とされたとわかったのは泥人形の前に立ち塞がった人影を見たからだ。
「お待たせ!」
「おっせーよ!何してた!?」
「ごめーん!道に迷ってました!」
「だから一人で飛び出すなと!……まったく」
さっきまでなかり危険な状態だったのにリザを見た途端安堵してしまう。正直これ程この勇者を心強く感じた事はなかった。
改めて泥人形を見てリザは確認するように話しかけてきた。
「こいつが畑荒らしの犯人?」
「ああそうだ」
「じゃあ倒しちゃっていいね」
「……頼む」
俺の言葉を聞くや否や、リザは残っていた腕で攻撃しようとしていた泥人形を剣閃で吹き飛ばした。正直早すぎて何したのかよくわからなかったが、大きな音を立ててバラバラに崩れていく泥人形。
「あれ?意外とあっけないね?」
「気を付けろ!文献によれば泥人形は……」
話をしている間にバラバラになった泥人形の一部が一瞬淡く光る。それらがくっついていき、元の形へと戻っていく。
「とんでもない力と驚異的な再生能力を持っているんだ!」
あっという間に元の姿へと再生する泥人形。その光景にリザは目を輝かせている。余裕あるなぁ。
「すごい!もう元に戻っちゃったよ!」
「それだけじゃない……」
泥人形の再生が完了するのと同時に、辺りから地響きが近づいてくる。
「稼働してる泥人形はこいつだけじゃないんだ!」
森を突き破り、新たに3体の泥人形がこの花畑に押し寄せて来る。七星堂の管理していた畑を見た時……大きな足跡が沢山あったが、どれも大きさが若干異なっていた。犯人が複数いるのはここで予想はしていた……が、泥人形だったのは全く予想外だった。この大陸では泥人形生成の技術はもう失われてしまっているのだ。
「いっぱいきたね!面白いじゃない!」
「だ、大丈夫か!?やれるのか!?」
「うーん……多分大丈夫!」
「曖昧だなぁ……」
若干不安になってきた。いくらリザでも泥人形4体は流石に厳しいのではないか。
「何かこう……ゴーレム纏めてぶっ飛ばす必殺技とかないの?」
「あるにはあるんだけど……」
あるんだ……。ちょっと聞いてみただけだったが、泥人形4体纏めてぶっ飛ばす必殺技なんて魔王軍としてはたまったものではない。
「ちょっとここじゃ使いづらい……かな?」
リザが見つける先、泥人形の後ろには花畑がある。花畑に遠慮して必殺技が出せないでいるのか……。
「もうちょいさぁ……威力抑え目の技とかないの?」
「この剣の力を制御するの結構難しいんだよ~。すごく疲れるし」
「泥人形は魔力の源である魔力核で動いている。それさえ破壊できればいいんだが……」
「どこにあるのそれ?」
「わからん……特にこれといった特色はないようだし、何か目印でもあれば」
「あのーお二人とも、ちょっとよろしいでしょうか……?」
オレの後ろに隠れていたナナキがおずおずと声をかけてきた。
「先程リザさんが倒した泥人形が再生する時、破片の一部が少し光ったんです。もしかしたらそれが魔力核なのではないでしょうか」
「あー!あの時ピカッと光ったアレかぁ!」
「ほんの一瞬だったが、それをちゃんと視認できたのか」
「私獣人の血を引いているので、目は良い方なんですよ。まかせてください!」
「よし!そうと決まったら!」
律儀にこっちの作戦会議が終わるまで待っててくれた泥人形に向き直るリザ。
「いっくぞー!とりゃー!」
『『『『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!』』』』
気の抜けた掛け声と共にリザがものすごい勢いで突進していく。迎撃するもあっという間に4体の泥人形がまとめてバラバラになる。……ちょっと強すぎじゃないですかね?
「よし!後は再生する時に……!」
バラバラになった泥人形達の破片が発光と共に再生していく……が。
「どの欠片も光っててどれが魔力核なのかわからん!」
「いえ……よく見てください!」
ナナキが指差した泥人形の破片、よく目を凝らして見るとそれは他の破片とは異なる輝きを放っていた。あの色は……!
「そうです!……ナナハナの輝きです!」
「なるほど!了解!」
リザがナナキの声に応えると、その破片群を瞬く間に切り裂いていく。再生していた泥人形達の動きがピタリと止まり、ゆっくりと崩れていく。崩壊していく泥人形が最後に発した声――
『カエ…レル……ヤット……カエ……レ………ル……』
泥人形はそう言い残し塵となって消えた。
「あの声って……」
「……泥人形の動力源である魔力核、あれは生物の命や生命エネルギーを捻出して作られた物なんだそうだ」
「そんな、ひどい……」
「そっか……じゃあ待ってる人達の元へ行けたかな……?」
「だといいな」
泥人形を倒し再び静寂の戻った花畑は、月明かりに照らされてまた美しく輝き始めた。
「まさかナナハナを吸収した泥人形の魔力核がナナハナ色に変色していたなんてな」
持ってきた鞄に入れられるだけナナハナを摘んで進む帰り道。……ちょっと重い。リザは俺の数倍近く持ってるのに余裕そうでこういう時羨ましく感じる。
うおっ朝日が眩しっ!気付いたらもう朝になっていた。
「ずっと小さい頃から見てきましたから。……あっそれはそうとゲイルさん!」
ナナキが俺に詰め寄ってくる。あっこれはやばいな。
「父に頼まれたってどういう事ですか!?」
あー……やっぱりその話題ですよね。もう隠し通せなさそうなので素直に白状する事にした。
「宿に帰る前に七星堂に寄ったんだよ。親父さんにナナキが花畑を探してる事を教えたらこれをくれたんだ」
袋から一枚の紙を取り出す。ナナキはそれが何なのかすぐに察したようだ。
「花畑への地図……ですね」
「これと一緒に娘を助けて欲しいと頼まれたんだ。……まぁ迷ってるふりして花畑へ誘導するのは結構大変だったがな」
「お父さん……どうして」
「……自分の娘を心配しない親なんていないさ。店を畳むとか言い出したのも君に迷惑をかけない為だったようだし」
「そんな……私七星のお仕事大好きなのに、そんな心配しなくても……!」
「ならちゃんと親父さんに伝えてやりな。親父さん、あれで結構心配性みたいだから」
「……はい!ありがとうございます!」
話してるうちにいつの間にか山を降りきりカブサナの町まで戻ってきていた。七星堂にナナキを送り届けると、出迎えてくれた親父さんのいかつい顔がどこか綻んでいるように見えた気がした。親父さんと一緒に迎えに来たナナキのお母さんから何度も頭を下げられてナナキの性格が母親譲りという事がわかったり……。
沢山のお礼の言葉とお土産の七星を譲り受け、俺とリザは七星堂を後にした。
「これでなんとか首は繋がったな……」
城への帰路の途中、俺は魔王様からの命令を達成できた安堵で足取りがすごく軽くなっていた。
「また機会があったらナナキの所へ遊びに行きたいなぁ」
「泥人形とハチ合わせになるのは御免だがな。……そうだ、お前に渡したいものがあったんだ」
懐から一枚の紙を取り出すとリザに渡す。
「これは……地図?」
「どうせこれから西方面へ行くんだろ?ならばこれを見れば大丈夫!これは俺が視察で実際に食べて美味しかった店を地図にして書き記した物だからな!」
「これは……ありがたい。……けどなんで?」
「魔王軍としてもお前とはそろそろ決着を付けたいと思っているのでな……これは最後の餞別だよ」
なんだかんだでもう3ヶ月近く経過してるのに、一向に城に来ないから痺れを切らしたと言っても差し支えない。こちらとしてもリザに付き合ってあちこち転戦するよりも迎撃の方が戦いやすい。
「ではありがたく受け取っておくね」
「おう持ってけ持ってけ。悔いなく食ってこい」
「じゃあこれはお礼代わりといってはなんだけど」
リザは袋から虹色の結晶のような物を取り出す。俺達が一日かけて材料を探し出し、泥人形と戦って手に入れたナナハナで作られた菓子、七星だ。
「はいどーぞ」
「いや俺も貰ってるから別に……」
「それ誰かに渡す用でしょ?なら食べられないじゃない」
知ってたのか。ホントこういう細かい所によく気が付く勇者だ。リザから七星を受け取るとそのまま口に入れる。口の中に広がっていく甘味。
「なんというか、懐かしい味だな。これは……いいものだな」
「うん、私も好きだなこの味」
ふと思い出す。魔王様がこの菓子をお召しになってる所、見た事ないんだよな。もしかしたら魔王様も誰かにこの菓子を渡すんだろうか。
そんな事を考えながらカブサナの町を離れる。
帰った後ロゼやユキメがやたら優しかったり、アンジュのスキンシップが激しくなったりしたのだが結局原因はわからなかった。なぜ?!




