第四章04 思い出の花畑へ
「こりゃ想像以上にひどいな……」
辺り一面荒らされた花畑を見て素直な感想を述べる。今俺達がいるのは七星堂が管理しているナナハナの畑。ナナキに頼んで案内してもらっていたのだ。
「獣……ではないな。この足跡の形状は」
荒らされた畑に残っていた足跡はかなり大きめの足型だった。鬼……いや巨人族あたりか?……というかそんな大型の生物が花なんて食べるだろうか?
「ナナハナの花の部分、甘味と魔力が多く詰まっている部分が念入りに持っていかれてるな」
「生で食べても美味しいのかな?」
リザがさらっと食い意地の張った疑問を投げかけてきた。……おいおい涎垂れそうだぞ。
「まぁ多少なりとは甘味は感じるだろうが、この花の甘味成分は特殊な技法じゃないと最大限引き出せないらしいぞ。なぁナナキ?」
「はい!ご先祖様から代々受け継がれてきた製法なので、詳しくは教えられないのですが……すみません!」
ナナキが頭を下げ……ようとするのを事前に察知しなんとか食い止める。
「だから野生動物なんかは殆ど食べる事はないそうだが……ナナキ、畑が荒らされたのは今回が初めてか?」
「そうなんです。父からも聞いたのですが……こんな事お店を開店して数百年初めてだとか」
開店以来の事態……そりゃ店畳むとか深刻な話に発展するか。親父さんもさぞ無念だろうに。
「泥棒の可能性は?花屋に売ってお金にしたりとか」
「こんな面倒な植物を扱う花屋なんて国中探したってあるかどうか……あと持ち運びも慎重にやらないとすぐ駄目になる」
「ゲイルさんの言う通りです。ナナハナの栄養源は大部分が龍脈から得られるエネルギーなんですよ。それが途切れると、例え土の中でも2、3日で枯れてしまうんです」
畑のこの荒れっぷりを見るにリザの言う泥棒の線は薄そうだ。専門家でもない限り持ち運びは困難。しかも肝心の花は畑に茎や根が残ってたりとてもじゃないが商品としての価値はなさそうだ。
現場に来れば何か解かるかもしれないかと思ったが……謎が深まるばかりだ。
「さて……どうしたもんか」
「ねーねー、ナナキの思い出のナナハナ畑探さなくていいの?」
「そうしたいのは山々なんだが……肝心のナナキの記憶が曖昧なままじゃなぁ。ナナキ、何か思い出したかい?」
「それが……森の中で見たという事しか……本当にすみません!」
頭を下げるナナキの姿はいつも以上に申し訳なさそうだ。……なんでこんな短期間でそんな事が分かるようになったんだろう俺。
「しょうがない……更に情報を集めるぞ。リザはギルドに行って花畑や畑荒らしの情報を調べてくれ」
「りょうかーい!」
「俺は知り合いのツテを利用させてもらうか……その間にナナキはなんとかその花畑への道筋とか思い出して欲しい……君が一番の頼りだ。終わったら風鈴亭で合流しよう」
「は、はい!なんとかやってみます!」
「それで私の所へ来たという訳ニャ~」
火輪荘の休憩スペースで魔法按摩椅子にだらんとした状態で座っているミカが話しかけてきた。魔法按摩椅子とは、そのゆったりとした座り心地と中に埋め込まれた魔導装置が体の悪い部分に反応し、魔力的刺激による癒し効果で体の悪い症状を解消してくれるという優れた魔法道具なのだ!俺も一台欲しいのだがそれなりに値段が張るので中々手を出せない。あと微妙に場所を取る。
「お前ならこの辺りのギルドや猟友会にも出入りしてるし何か有益な情報を持ってるかと思ってな」
ミカが情報通なのを知っていた俺はミカに会う為、火輪荘まで戻ってきていたのだ。
ガタガタ揺れ始めたミカの座る魔法按摩椅子……マッサージが始まったのだ。……これ近くにいると地味に煩いな。
「う~ん、私が、行った時は、そんな、害獣討伐の、話は、なかった、に゛ゃ~。それに、害獣による、畑の、被害は、最近、報告、されてない、に゛ゃ~。」
魔法按摩椅子で揺られながらミカが答える。気持ち良さそうに揺れてるな。おのれ。
他の畑への被害がないという事は、犯人はナナハナ自体を狙って荒らしていったという事になる。この推理が正しいなら、これから花畑を探す俺達は犯人とハチ合わせになる可能性があるという訳か。
「そういえば、こんな、噂話を、聞いたんだけど、に゛ゃ~」
ガクガク揺れながらミカが思い出したかのように語りかけてくる。揺れのせいで言葉が飛び飛びなのが地味に耳障りだな。
「ほう。どんな話だい?」
「これは、このカブサナに、住んでる、花屋さんから、聞いた、話なんだけど、に゛ゃ~。血の、ように、赤い、満月の、夜に、突然、地響きと、唸り声が、聞こえてきて、外を、見ると、月を、掴まんと、する程、巨大な、泥人形達が、『カエリタイ……カエリタイ……』と呟きながら、彷徨って、いた……と、いう話、に゛ゃ~」
「うーん……カブサナじゃよくある怪談だな。泥人形は創造主がいないと動かないし信憑性がない」
「あ゛~、もう少し、話を、盛れば、良かったか、に゛ゃ~」
「話に泥人形使ってるようじゃ噂話止まりだな」
町や都市に一つや二つある噂話や都市伝説。このガブサナでは温泉と泥人形関連の話が多い。温泉に住む謎の生物や古代種とか。温泉はさることながら、あんな物体が町のあちこちにゴロゴロ転がっていれば話の一つや二つ簡単に作れるというものだ。
そんな冗談話をしながら俺とミカはお互い笑い合う。ミカとは何かと馬が合い仕事以外でも色々話す仲だ。まぁ馬が合う一番の要因は……。
「そういえば弟さん妹さん達は元気かい?」
「皆元気があり余ってるニャ。約束のお土産も全員分ちゃんと買ったニャ!」
止まった魔法按摩椅子から降りたミカが笑いながら答える。
「私がこの旅行に同行できたのもあの子達のおかげニャ」
ミカは弟4人、妹6人からなる大家族の長女だ。大家族故に両親の稼ぎだけでは生活出来ず、長女であるミカは早くから両親と共に働き始めていた。幼少の頃から父に教えられた狩りの技術は働き始めて更に磨きがかり、弓の腕は数年で達人と呼ばれた父を超え大陸でも右に出る者がいないとまで言われる程研ぎ澄まされた。そんな姉や両親が帰るまで家の事を任されている弟妹達……良い家族だと思う。本人には言わないが家族を支える者同士、俺はミカの事を尊敬している。……お金にがめつい所を除いて。
「くそっ!我々が押されているだと……!馬鹿な!?」
「私の鉄壁の守りが突破されるなんて…信じられませんよ!?」
「フフ……このまま一気に叩き潰してしまいましょ、フレイアちゃん」
「了解でっす!ユキメ姐さん!」
俺とミカがいる隣、休憩スペースの一角で何やら熱気の籠った声が聞こえてきた。四角い卓上を挟んで向かい合った二組がすごい速さで右往左往動き回っている。どうやらフレイアとユキメのペアの方がロゼとライラのペアを押しているようだ。
「この私がラッキューで押されるなんて……!こんなはずではー!」
「ほれほれ、観念しい!とりゃ!」
「「ぐわー!」」
「は~い、ユキメちゃん&フレイアちゃんチームに1点よ~」
ユキメが手に持った板を振ると、子気味良い音を立てて丸い小さな球体がロゼ&ライラの陣地に叩き込まれ爆発する。台の前、二組の真ん中あたりにいるアンジュが宣誓と共にユキメ側の腕を掲げる。
説明しよう!ラッキューとは、ファルジオンで最もポピュラーなスポーツなのだ!一説には魔王様が健康の為に始めたのがきっかけで国民に知れ渡り普及したとも言われており、競技人口も年々拡大し、年に2回大会が開かれる程大きな競技へと発展したのだ!
ルールはラッキュー台の上で球を打ち合って、ワンバウンドした球を相手側に11回叩き込めば勝ちというものだ。公式のルールだとここまでなのだが、地方によってはその地独特の地方ルールが存在する。例えばこのカブサナでは……。
「球の軌道が……球が増えただとー!?」
「フッフッフー!私の魔法はこのラッキュー台を支配するのですよ……!」
魔法の使用がOKだったりする。このある意味なんでもアリな所が人々の心を掴んだのかもしれない。多分。……しかしここでちょっとした疑問が。
「なんであんなに温泉の娯楽で熱中してるんだ……?」
「あーそれはですニャ、負けた方が風呂上がりのキンキンに冷えたミルクのお代を払わされるらしいニャー」
「なるほどなー。お前は参加しなくて良かったのかミカ?」
「ユキメ&フレイアが出来た時点であ、これやべぇと思って引き下がったニャ」
「なるほどなー」
流石ミカ。お金が絡む嗅覚はとんでもなく強いな。
「まさかフレイアがここまで強いとは……!」
「ラッキューでは家族で私の右に出る者はいないのですよ!あのヴォル兄でさえ!」
まぁ子供の頃の話でその時は俺がヴォルトに指示出して手を抜いて貰ったんだけどね。フレイア負けず嫌いだから勝つまで食い下がるだろうし。あと家族の中だと母上が一番強いから。そして母上が本気出したらヤバいんで煽らないで必要以上に。当時子供心にめっちゃハラハラしたんだからな!
ラッキュー対決が白熱する中、俺はリザ達と合流する為の準備を始める。思った程ミカから有益な情報は貰えなかったが仕方がない。一刻も早くこの場から離れなければ……。うん、なんていうかその……目のやり場に困る。激しい動きで着ている浴衣がはだけてるし、汗で浴衣が所々透けてきてるし……ここは危険だ!理性的に。
「ゲイルどうしたニャ~?さっきから挙動不審ニャ。顔真っ赤っかニャ~」
ニヤニヤしながらミカが話しかけてくる。くそっお見通しかよ!
「こ、ここ暑いんだよ!それにそろそろお暇しようと思ってた所だ!他にも寄る所があるしね!」
「そっかー。まぁ詳しくは聞かないけど魔王様の極秘任務、頑張れニャー」
そのまま休憩室から出て行こうとして、ふと思い出した事があって振り返る。言い忘れてた事があった。
「ああそうだ……妹をよろしく頼む」
「はいはい了解ニャ。面白そうな子だし暫く退屈しなくて済みそうニャー」
「ありがてぇ……ありがてぇ」
ヒラヒラ手を振るミカに別れを告げ、休憩室から響く爆音を背に俺は火輪荘を後にした。
「あ!ゲイルさん!わたし思い出しましたよ!」
「本当か!すごいじゃないか」
風鈴亭に帰ってきて早々、なんとも嬉しい知らせが舞い込んできた。でもなんで急に……おや?ナナキが手に持っているそれは……。
「このリゴー飴です!縁日の時父に買って貰って、これを食べながら一緒にあの花畑へ行ったのを思い……出したんです!」
「ちなみにそれは私がおやつ用に買ってきた物だよ!」
何故か誇らしげにサムズアップしているドヤ顔のリザ。それは置いとくとして……なるほど当時食べてた物から記憶を呼び戻したのか。まさかリザの食い意地がこんな所で役に立つとは。
「そしてギルドではそんなに良い情報は得られませんでした!」
「うんそれはなんとなくわかってた」
やっぱりどこか誇らしげなリザ。なぜ?!
「場所も思い出した事ですし、早く見つけに行きましょう!」
「しかしもうすぐ日が暮れてしまうし、大事を取って明日からにしないか?」
「でもこの記憶もいつ忘れちゃうかわからないので……なるべく早く見つけに行かないと!」
ナナキの言う事もわかる。だが夜の山道は危険だ。花畑荒らしの犯人ともハチ合わせる可能性も少なくはない。
「大丈夫。私が付いている」
自信満々に胸を叩くリザ。くそうこんな時本当に滅茶苦茶頼りになるから困る……ほんと困る。
「……よし、わかった!早く見つけて親父さんを喜ばせてあげないとな!」
「頑張ろうね、ナナキ!」
「ありがとうございます皆さん!」
「よーし!ナナハナ畑見つけるぞー!」
「「「おー!!!」」」
「……すいません迷いましたー!」
「まぁそうなんじゃないかなー、とは途中から思ってたよ……」
もう日は沈み真っ暗になった森の中でナナキの謝罪がこだまする。
「私の記憶の中の景色と……色んな所が思ってたのと大分違うんです……」
「そりゃ何年も前の事で季節も違うからね……」
「大丈夫!私もよく迷うから!」
励ましてるんだろうけど、何故自分の欠点を言ってるのにこんなに自信満々なんだろうか。わからん。
「仕方ない、とりあえず一旦そこで休もう」
「わかりました……」
俺達は近場にあった大きな岩の手前で休憩を取ることにした。どれくらい森の中を歩いたのか……町の明かりもここからでは見えない。頼りは俺が持ってきたランタンと月の光のみだ。
「私、お店の為にと思って頑張ったんですが……空回ってばかりですね。ゲイルさんリザさんに迷惑ばかりかけて本当にすみません……」
「気にしなさんな。俺もそこのポンコツ勇者も君の店の菓子が目的なだけさ。」
「そうそう!……あれ?なんで私ポンコツ扱い?」
「わからないならわからないでいいんじゃないかな」
「そうかな……そうかも」
俺とリザのやりとりを聞いていたナナキから笑みが零れる。暗い顔をしてても始まらない。やることは決まっているのだ。
「さて、これからどうするか……」
と言葉を最後まで話しきる前に辺りから突然、地響きと共に今まで聞いた事のないような大きな唸り声……雄たけびが響いてきた。森の中の生物達もこれに慌てて騒ぎ始める。あまりの出来事に思わず身を竦めて身構えてしまう。
「ひいぃ!なんでしょうこの唸り声は!?」
「熊か!?狼か!?魔獣か!?いやこんな鳴き声だったっけ!?」
俺達は突然の地鳴りと雄たけびに動揺しまくっていた。……ただ一人を除いて。
「どこから聞こえてきた……?……!この先か……!」
リザはそう言うと直ぐに行動に移した。慌てて俺とナナキもそれに付いて行こうとするが、いかんせんリザは早すぎる。
「お、おい!ちょっと待て!単独行動するな!」
「二人はここにいて!ゲルハルトさんはナナキを守ってあげてて!」
「えっ!?……あ、ああわかった!あとさり気なく俺の名前間違えんな!」
リザに突っ込みを入れて見送った後、ナナキと一緒に元いた道へ戻っていく。……はずだったのだが。
「あれ?ここさっきの場所だっけ?」
先程通ってきた道を戻ってきたはずなのに見覚えがない所に出てしまう。あんな目印になりそうな大きな岩があったのに道を間違えるなんて……そんなはずは。
「ほ、本格的に私達迷子になってしまったんでしょうか!?」
「まぁまぁ落ち着けナナキ」
先程の雄たけびを聞いてから動揺が収まらないナナキがあたふた右往左往する。
「あんまり動き回ると危ないぞ……」
「えっ、は、はいっ…………あっ」
そう注意した瞬間、ナナキの姿が忽然と消えた。……消えたのではなく後ろへ倒れていっていると気づいたのはそのすぐ刹那。体は自然と動いていた。
「ナナキ!」
倒れかけていたナナキの手をなんとか掴むことは出来た……が、そのままナナキと一緒に転がるように山の斜面を滑っていった。
「おわああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「きゃああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!」
どこまでも続くと感じる程転がり続けた後、急に地面が目の前に広がって唐突に……大きな音と共に目の前が真っ暗になった。
「いたたた……」
暫くしてナナキがムクリと起き上がる。
「……ナナキ、無事か?」
「あ、はいなんとか」
「それは良かった……じゃあそろそろ上から移動してもらえるかな?……ちょっとこの態勢、腰が辛い」
「あっすみません!」
慌ててナナキが俺の背中から離れる。なんとか呼吸を整えるとあたりを見回す。
「ここは……?」
随分上から転がってきたようだが、ここは先程までの山道とは何か違っているように感じられた。なんというかこう……雰囲気が違うというか。個人的な感想だが。
「あの……私、この場所に見覚えがあるんです」
横を見るとナナキが森の奥を見つめながら呟くように話しかけてきた。何かを思い出したのか、そのまま吸い寄せられるように森の奥へと向かっていく。俺は地面にぶつけた腰の痛みと戦いながらナナキの後を追っていった。
森の奥を抜けるとそこには……満天の夜空と、月明かりに照らされ虹色に輝くどこまでも続いているかのような大地が広がっていた。




