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勇者VS魔王……の配下(非戦闘員)  作者: 黒江
第四章 勇者と魔王の配下と不思議なお土産
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第四章02 一難去ってまた一難

「俺の完璧な計画が……はぁ~」


 カブサナ温泉街の中央広場、湧き出す温泉が作る湯気と硫黄の匂い溢れる池を見ながら俺は溜息を付く。

 休むと書かれた看板を見て渋々帰っていく他の客を背にして何度も七星堂へ直接掛け合ってみたが、結局この日店が開かれる事はなかった。

 落胆したが落ち込んでもいられない。この銘菓『七星』を買ってくるというお使いは魔王様直々の勅命なのだから。必ず達成しないとマジで首が飛ぶ……物理的にも!

 とりあえず明日の開店に備えて宿を探すことにした。泊まる予定はなかったので飛び入りという形になるが仕方がない。季節シーズン季節シーズンなだけにどこの宿も予約客で満杯なのは予想に難くない。まぁそのあたりは最終奥義である魔王軍の力(コネ)を利用すればなんとかなる。あまり大っぴらに使いたくはないが。

 問題があるとすればそれは……。


「ねぇねぇ。宿探さなくていいの?」


 勇者リザ(こいつ)の存在か。

 七星堂の一件の後、店を後にする俺にずっと付いて回ってくるんで理由を聞いてみると、泊まる宿を見つけられなかったので一緒に探して欲しいとの事。リザは七星堂に来る前にいくつか宿をピックアップし交渉していたらしいが、今は季節シーズン真っ盛りの冬。飛び込みの客が入れる部屋はやはり残っていなかったようだ。

 冬に野宿は流石に辛い……なので藁をも掴む思いで俺を頼ってきた……という事なのだが。……いいの本当に?今更だけど俺、敵だよ?少し嫌味っぽく聞いてみると、ただ一言『よろしくお願いします』と頭を下げられてしまった。こういう所で変に礼儀正しいから困る。……こういうのに弱いんだよ本当に。

 かくして俺とリザはこの悪条件の中、共に宿を探すことになった。勇者と一緒の所なんて見られたらマジで首が飛ぶな……。


「心配しなくても大丈夫だよ。宿の目星はもう付けてあるから」

「へぇーそうなんだ。流石だね」


 まさかリザに褒められるとは。むぅ……あまり悪い気はしないな。ゆっくりと重い腰を上げる。まだ少し買えなかった精神的ダメージが残っていたが、いつまでも引き摺っていては体に悪い。宿で温泉にでも浸かりながら心と体の疲れを癒そう。うんそうしようそうしよう。

 リザと共にこの温泉臭溢れる広場を後にする。


「今日はもう休むぞー!絶対に休むからなー!」

「おー!」




 カブサナの街は中央にある源泉から発展していった。ここから温泉施設と宿泊施設が円を描くように建てられている。なので中心に行く程古……歴史がある施設が多い。俺達は中心街から離れた比較的新しい施設が多い南地区へ向かっていた。

 緩やかな下り坂を下りながら俺はリザと何気ない会話をしていた。


「とりあえず勝手に空いてそうな宿を選んでしまったが、お前は何か要望とかなかったのか?部屋とか温泉とか……あと飯か」

「んー。頼んでる身だからそんなに高望みはしてないよ。しいて言うなら……うんそうだね、美味しい御飯が食べられる所かな」

「そっか。なら安心してくれ。魔王軍うち御用達の宿だ。そこは保証済みさ」


 それを聞いたリザの顔は少し晴れやかになる。頼み込んできた時は不安そうな顔だったが、もう大丈夫そうだ。


「ありがとう。色々探して駄目だったから本当困ってたんだ」

「い、いいってことよ!お前には一度、命を助けられたんだからな。あ、でも勘違いするなよ!これはその礼でやってることなんだからな!お前を倒すのは魔王軍おれたちなんだからなー!」


 素直な感謝の言葉を述べられて、慌ててツンデレみたいな事を口走ってしまう。それを見たリザにクスクス笑われてしまった。……うう恥ずかしい。

 和やかな空気の中暫く歩いていると、道の真ん中に武骨で巨大な土や石で出来た像のようなものが見えてきた。


「そういえばこの町、これ以外にもこういうオブジェ?みたいなのがあるけど、これ何?」

「ああ、それは泥人形ゴーレムだよ。昔ここは町が出来る前、泥人形ゴーレムの生産所だったんだ」

 

 魔王戦争時代、ここは今の魔王様とは別の魔王……名前が思い出せないので割愛するが、この地方一帯はその魔王が支配していた。それなりに力がある魔王だったらしく世界征服を掲げ、近隣の弱小国をどんどん吸収していき一大勢力を築き上げる……寸前までいっていたのだが、我らが魔王ファルジオンに討たれその野望は潰える事となった。カブサナは昔その魔王が使役していた泥人形ゴーレムの生産所が存在していた地域なのだ。豊富な龍脈があるこの地域は、泥人形ゴーレムの生産にはうってつけだったようだ。

 魔王討伐後この地域にあった生産所は全て解体され、その破壊の過程で地面から温泉が湧き出しカブサナの町が作られるきっかけとなったのだ。


「町に残ってる泥人形ゴーレムはもう殆ど解体されたが、町の外にはまだまだ結構あるみたいだな。流石に動く個体はもうないが」

「そうなんだ」


 そんな話をしていると唐突にすごい轟音がリザから鳴り響く。……これも少し前に聞いた事があったな。


「……安心したらお腹空いてきちゃって」

「相変わらず凄まじい音だな……」


 坂道を下りきると、お土産屋が多く軒を連ねる通称『南カブサナ温泉街通り』が見えてきた。

 着くなりリザの挙動が明らかにおかしくなっていくのが傍から見てわかった。


「……宿着くまで我慢できそうにないか」

「すいやせん……行かせてくだせえ!後生でやんす!」


 商店街に入る前からでも分かるほど漂ってくる温泉饅頭や温泉卵の濃厚な香りに、リザが完全にグロッキー状態になってしまっていた。露骨に言動までおかしくなっている。……いかん!


「ああもうわかった!宿の記帳は俺がやっておくから……行ってきなさい!」

「わぁい!ありがとー!」


 嬉しそうにお土産屋へ走っていくリザ。


「あっ!宿はあそこの『火輪荘』って所だからな!ちゃんと迷わず来いよー!」


 慌てて目的地を指差すが、リザの姿はもう見えなくなっていた。ちゃんと見てくれたよな……?

 ……まぁよし!早く行って休もう。そうしようそうしよう。

 目的の旅館である火輪荘はカブサナでも五本の指に入る温泉宿だ。宿泊施設もさることながら、特に有名なのが源泉かけ流しの温泉。カブサナでも屈指の規模を誇るこの大温泉は宿泊客以外でも利用できるようになっている。魔王軍うちも遠征や旅行でこの地方に来た時はよく利用させて貰っている。ここなら満席でも多少は融通して貰えるはず……!

 そんな淡い期待を寄せて宿に入ったが、入り口でその期待は脆くも打ち砕かれる事になった。


「よし!皆揃ってるな!」

「「「「「おー」」」」」


 そこには見知った顔がいくつもあった……仕事場でよく見る人達が。あ、やべっ目が合った。


「ん?……おーゲイル!お前も来てたのか!」


 この集団のまとめ役を買って出たのであろうダークエルフのロゼが、俺に気付いて話しかけてきた。


「……なんでお前達ここにいるの?」

「いやー実はな、魔王様から溜まってた有給を消化して来なさいと命令されてしまって……。それで丁度休みが重なったんで皆で旅行にでも行かないか……という話になってな」


 ロゼが少しばつが悪そうに話す。どうやら俺が城を出発した後すぐ決まったらしい。


「おいおい、城の警備は大丈夫なのか?」

「魔王様の話だと勇者襲撃は当分ないそうだが、一応カイン達が城の警備に残っている」


 あーだからいないのか野郎達は。……まぁ来ても居づらいだろうしな、この女子会の中じゃ。

 そしてこの女子だけの旅行が、俺の発言を魔王様が汲み取った結果から来たものだという事も解った。


「まぁ~、久しぶりのお休みやしぃ~、ゆっくりしとかんとねぇ~」


 隣で荷物に腰かけたユキメが頬杖付きながら話してきた。ユキメは遥か北部の雪山育ちの雪人スノウである事を理由に、城内や仕事中でも基本気怠そうなのだが、今日は一層気怠そうだ。まさか通常時より更に気の抜けた姿があるとは思わなかったぞ。


「本当は来るつもりはなかったんだけどね。隊の皆がどうしても行って来なさいって言うのよ」


 サキュバスのアンジュが困ったような声を上げる。まぁ俺から見ても医療班の班長であるアンジュは働き過ぎな気概があったので、隊の人達の判断は良い事だと思う。


「私も職務を全うしたかったのですが……」


 奥の方でライラが弱弱しく呟く。気になって見てみると……。


「もー!ライラっちは真面目さんなんだから~」


 ライラにやたら馴れ馴れしく絡んでるのは、まごう事なき我が妹フレイアだった。


「ちょっとー!そんなに引っ付かないでもらえますか!疲れてるんですよ!私は!」

「えーいいじゃん!減るもんじゃないし~」

「減るんですよ!私の精神力がごっそりと!」


 見るからに迷惑そうなライラと、その事を全く気にしてないフレイア。なんとも面白い構図だ。


「お前らいつの間に友達になったんだ?」

「なったつもりはないですよ!私は!」


 全力で否定するライラ。二人を見比べて一言。


「なんとなく体型も近いし中々いいコンビじゃないかな!」

「おいオメー失礼な事言ってるとぶっ飛ばしますよ!私は!」

「私は成長期だから大丈夫なんですー!一緒にしないでくださいー!」

「あれー!?私へのフォロー無し!?」


 恐い顔しながら凄んでくるライラとフレイア。軽く喧嘩が起こりそうな気配だが、気にしない事にした。


「そうか……良かったなフレイ、友達が出来て!兄ちゃんは嬉しいぞ!」

「うん、ありがとうゲル兄!」

「その呼び方止めるつもりは毛頭無さそうだね妹よ!」

「ちょっとちょっとー!なんで私の言う事無視するのですかー!」


 仕舞いには泣きついてくるライラ。そんなライラの肩を両手で掴む。


「うちの妹はな……引っ込み事案で中々友達が出来なったんだ。所謂ぼっちってやつだ」

「えっそうだったのですか……?」


 可哀想な子を見る目でフレイアを見るライラ。少しフレイアの笑顔が引きつって見えたが、あえて無視する。


「だから兄としてフレイに友達が出来るのは本当に嬉しいんだ……というわけで妹を頼む!」

「わ、わかりました!全力で面倒を見ますよ!私は!」


 チョロい……。だがフレイアに友達が出来るのはいい事だ。魔王城に通う事でフレイアの人見知りな性格が少しでも改善してくれればいいのだが。

 一通り談笑を済ませた後、俺はすぐさまこの場から離れようと動く……なるべく自然に。


「じ、じゃあそろそろ俺行くわー」


 軽く挨拶を済ませこの一団から背を向け歩き出す……なるべく迅速に。


「あれ?お前も火輪荘ここに泊まるんじゃないのか?」

 

 ロゼに呼び止められる。……くっ!余計な気遣いを!


「い、いやー飛び込みだったし別の所へ行くよ。宿に迷惑はかけられないしな!」

「王国所属だという事を言えば少しは融通してもらえるのでは?」

「いやいや大丈夫!ちゃんと他にアテはあるから!」


 ロゼの好意をやんわりと受け流し宿を後に……したかったのだが、いつの間にか俺の前にフレイアが立ち塞がっていた。


「……ゲル兄なんか隠し事してる?」

「……何を言ってるんだい我が妹。そんな事あるわけないじゃあないかぁ」


 フレイアが俺の顔を覗き込んでくる。まずい、非常にまずい。俺はこの妹に隠し事が出来ないのだ。


「さっきゲル兄呼びしたのに突っ込み入れなかったよね?……もしかして何か焦ってる?」

「き、気にしすぎじゃないかなぁ……」


 ここで問い詰められているのもまずいが、何よりまずいのがもうここからリザがこの宿に近づいているのが肉眼で見えてしまっている事だ。……やべーぞ!勇者と一緒にいる事がバレたら本当に首が飛んでしまう!


「じーっ……」


 真っ直ぐ向けられる妹の視線。追及の手は緩めてくれそうにない……これは覚悟を決めないと駄目そうだ。


「フレイ……俺は今、魔王様から極秘の任務を任せられているのだ!」

「ご……極秘任務ですって!?」


 最初面を食らったが、すぐに目をキラキラさせる我が妹。……まぁ嘘は言ってないしな!


「たとえ兄妹でもこの事は口外できないのだ……もしバレたら俺達家族皆の首が飛んでしまう!」

「え!?そんなにヤバいの!?」


 物騒な物言いにフレイアが少したじろく。これもまだ憶測だから嘘ではない。


「だからすまん!俺の分まで温泉旅行を楽しんできてくれー!」


 隙を見てフレイアを振り切り全速力で走りだす!


「兄ちゃーん!よくわからないけど極秘任務頑張ってー!」


 デカい声で極秘任務言うなや!と突っ込みたかったが、この場から一刻も早く離れる為あえて無視する。宿に来る寸前、丁度お土産屋に入り死角にいたリザを回収して全速力で商店街を後にした。




「はぁ……どっと疲れた」


 座椅子の背もたれに全力で身を預けながら呟く。ここは風鈴亭という宿の一室。あれから全力で南地区を離れた俺達はそのまま反対の北地区まで足を伸ばす事にしたのだ。この宿はカブサナでも北地区の更に山奥にある秘湯の宿と呼ばれる旅館の一つで、昔家族で旅行に来た時にお世話になった思い出の場所なのだ。同じ町という事でまだ女子会連中あいつらと遭遇の危険は残ってはいるが、距離もあるし宿から出なければ見つかることもないだろう。


「まだ夕食まで時間はあるし、風呂でも行くかな……」


 支度を済ませるとすぐさま温泉へと向かった。火輪荘ほど大きな施設ではないがここの温泉も秘湯と呼ばれる位には趣と効能がある。むしろこちらの方が落ち着いていて好きだ。問題のリザは部屋を借りた後、お土産コーナーに籠ったきり出てこなくなった。……まぁ外にでなければ問題はない。

 温泉に着くと今の時間、俺以外のお客はいないようだった。貸し切りみたいでこれはこれで気分がいい。

 洗いを済ませ緑溢れる自然に囲まれた温泉にゆっくりと浸かっていく。


「おおぅ……あぁ~たまらぁん……いい湯だなぁ」


 思わず声が漏れてしまう。ずっと仕事ばかりだったからこんなにゆっくりした時間は久々だな。今度(ヴォルト)も連れてきてやらんとな。

 暫く堪能した温泉を独り占め!状態もそう長くは続かなかった。誰かがこちらへやってくる音が聞こえてきた。不意に目を向け……慌てて逸らした。そこには裸の女人がいたからだ。しかもそれはよく見知った相手。

 何も着けてない生まれたままの姿で入ってきたのはリザだった。


 おいおいマジかよ……。

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