第四章01 温泉街にて
「申し訳ありません魔王様!」
王の間、玉座にいる魔王ファルジオンへ正座して深々と頭を下げる……我ながら綺麗な土下座だ。
ここ数日、溜まっていた書類等の報告で王の間へと赴いたが……出来ればここには来たくなかった。魔王様に賜った勅命である勇者討伐、これが悉く失敗してしまい俺は厳しい立場に追い込まれてしまっていたからだ。失敗イコール処刑、な典型的魔王像とは全く違う我が王でも流石にこうも失敗続きだと何かしら処罰は避けられそうにない。この厳しい状況の中、覚悟を決めた俺は王の間に入るなり……土下座した。力の限り渾身の誠意を込めて。
「此度のロジメダイ渓谷での失敗、並びにタキノ、マハザ他諸々での勇者討伐の失敗は……全て私の責任です」
俺一人が罰を受けるのは構わない。だが兄妹達やカイン達にも責任が及ぶのだけは何としても避けなくては。俺の代わりはいくらでもいるが、あいつらの代わりが務まる強者はそうそういない。
「……どんな罰でも受ける覚悟は出来ております」
首を垂れたまま魔王様へ進言する。……正直顔を見るのが怖い。
どれほど時間が経ったかはわからない。とても長く感じた静寂……その中で魔王様の一言をただ待った。
「顔を上げよゲイル」
「……はっ!」
そのお言葉によりここで初めて魔王様を直接見ることになったが、玉座の周りは薄いカーテンベールで包まれて魔王様の表情等はこの位置からでは読み取れない。
不安そうな顔を浮かべる俺に対し、次に発した魔王様の言葉は全く予想しなかった物だった。
「お主の母上……アリアは変わりないか?」
「はっ!……えっ」
魔王様の気遣いの言葉に不意を打たれた俺は一瞬言葉を詰まらせるが、なんとか言葉を見つけ答える。
「元気があり余り過ぎて困ってしまっているくらいです」
「そうか」
「最近はよく『お前もういい歳なんだからとっとと結婚しろ』と催促してきて……本当に困っています」
「そうか……大変だな主も」
叱責されると勝手に思っていたが、何故か俺や母上を労れてしまい少し困惑してしまう。
思わず藪蛇を突く形で聞かなくてもいい事を聞いてしまう。
「恐れながら申し上げます」
「うむ、申してみよ」
「な、何故私を処罰なさらないのですか?」
恐る恐る尋ねる。
「ゲイル、わしはお主に勇者討伐を命じた」
「はいっ」
「失敗しこそすれ……お前は我が命を遂行する事をもう諦めたというのか?」
「い、いえ……決してそのようなことは!まだ策はあります!私はまだやれます!」
正直な所、あの勇者を倒す作戦はまだ思い付いていない。……だが何かある。可能性はゼロではない……はず。
俺の真意を察したのかどうかはわからないが、その言葉に魔王様は納得してくれたようだった。
安堵していると、今度は魔王様が俺に尋ねてきた。
「わしの命を狙うという勇者。戦ったお主はあれをどう思う?」
「勇者……ですか?」
とりあえず感じた事をありのまま話すことにした。
「滅茶苦茶強くて自信過剰で人の名前を覚えない大飯食らい……な女子です」
「ほう」
俺の素直な勇者への感想は魔王様の興味を引いたらしい。
「では勇者は我が国の郷土料理を気に入ってくれたのだろうか?」
「そうですね。戦う度にあの料理が美味しかったとか感想を言ったり、美味しいお店もっと紹介してくれとか催促されますよ」
「ほうほう、それは良かった」
満足そうな声を出す魔王様。やはり魔王でも自国の品を褒められると嬉しいようだ。俺も満更でもない。
「今年の収穫祭も成功のうちに終わったと聞く。お主に実行委員会を任せて正解だったようだゲイルよ」
「ありがとうございます!お言葉感謝痛み入ります」
勇者の件から食べ物の話に話題が逸れたおかげでまた褒められてしまった。これは……ありがたい。
「それで、その後の勇者の動向は?」
しかしあっという間に話題が勇者に戻ってしまい王の間に緊張が走る。
「ロジメダイ渓谷を抜けてからはその周囲の村や町を回っているようです。所謂食べ歩きですね」
「ふむ……では暫くはこちらには来ない、ということか?」
「はい。西には収穫祭に参加できなかった名店がまだまだ多くあるので、魔王城に来るのはまだ暫く先になりそうです」
収穫祭本番が始まる半年以上前から参加の募集や、直接参加の旨を伝える……スカウトを積極的に行ってきたが、諸事情により参加を見合わせたお店はそれなりに多い。特に海に面した王国西地区は鮮度が命の海産物を扱う店が多い為、その傾向が他の地域よりも顕著だった。
「それならばゲイル、お前に一つ頼みたい事がある」
「はっ!この王国一等書記官ゲイル・クロウ!どんな任務でも遂行してみせます!」
戦以外なら、と付け足したかったが流石にそんな事を直接言う度胸はない。小心者なので。
「カブサナへ行って、ある物を買ってきて欲しい」
「はっ。……か、買い物ですか?」
全く予想外な命令にキョトンとしていると、大陸の西を支配する稀代の魔王は笑いながら付け加えた。
「なに、勇者を倒すことよりは遥かに簡単な事ぞ」
俺は魔王ファルジオンの笑い声を久々に聞く事になった。
「七星堂なら、この道を真っ直ぐ先に行った突き当りにあるアウロラ教会を右に曲がってすぐよ~」
「ありがとうございます」
道を教えてくれたおばちゃんに礼を言って歩き出す。目的地はもうすぐだ。
魔王様から命を受けてすぐ、俺はカブサナへと向かった。
カブサナはファルジオン王国南西に位置する王国一の温泉街だ。この地は他の地域より龍脈が濃く、カブサナ特有の火山活動も相まって温泉が出るようになったらしい。龍脈はこの世界に無数に流れる力の源のようなもので龍脈が豊富な地は繁栄する事が多い。カブサナ以外だとファルジオン王都やタキノあたりが龍脈が豊富に流れる地域になる。カブサナは魔王戦争後の復興期に沢山の温泉が発掘されファルジオン一の保養地として発展していった。
龍脈の力か温泉には色々な効能があり、魔王様も冬になると保養に訪れる程だ。魔王様が疲れを癒した温泉は秘湯として一時期話題になったが、未だに誰一人として見つける事が出来ていないらしい。……俺も暇があったら温泉入りたいな。しかし今は魔王様の極秘任務中……温泉へ入るのは暫く先になりそうだ。
魔王様から新たに受けた命は一つ……カブサナの温泉街にある菓子店七星堂の菓子、銘菓『七星』を買ってくる……という事だった。七星堂はカブサナ復興期から続く老舗菓子店だが、あまり大々的に宣伝をしてはいない。むしろ必要最低限分の数しか生産せず細々と商売している。理由は看板商品である『七星』が量産に向かない商品だからだ。『七星』を作るには特殊な技術が必要なこと、それ以外は企業秘密として明かされていない。数量限定の商品は数あれど、ここまで数を絞るのはあまりない。故に銘菓『七星』は幻の菓子とまで言われているのだ。収穫祭にも一度参加の要請を打診してみたが断られてしまっている。
この一日数量しか作られない菓子を手に入れる為に、お店が開店する時間を見計らいながらカブサナへやってきた。季節はもう冬……くそ寒い。自然と足取りも重くなる。道の脇から溢れる温泉の湯気と一緒に息から真っ白な煙を吐き出し、早朝の街を目的の商品が完売してない事を祈りながら歩いていく。
先程のおばちゃんが言ってた教会を曲がり暫く進むと目的の店、七星堂が見えてきた。……どうやら俺以外にはまだお客は来てはいないようだ。……よし!
先程とは打って変わって軽い足取りで歩き出す。ここまでくればもう買えたも同然!フッ……やはり俺の計算に間違いはなかったようだな。
店の前までもう目と鼻の先という所まで来た時、急に目の前に黒い影が割り込んできた。俺はこの人影に見覚えがあった…というか数日前に会ったばかりだ。
「お前は…勇者リザ!」
「あなたは……ゲオルギウスさん!」
「ちっげーよ!ゲイルだよ!何度目だよこのやり取り!」
相変わらず人の名前を覚えようとしない失礼なやつだな勇者は!しかしそんなに愚痴ってはいられない。何せ俺は極秘任務の単独行動中であり、守ってくれる者は一人もいないのだ。まずい……とてもまずい。
「き、貴様なんでこんな所に!偵察隊の話じゃまだここより前の村々を渡り歩いているはずじゃ……」
「ん、色々回ってみて満足したんで、少し歩みを早めただけだよ」
うちの偵察隊はまんまと巻かれたのか……渓谷の時といいホントどんな脚力してるんだよ!
そしてもう一つ気になる事がある。それは……。
「お前なんでこの店に……俺はこの店の事は教えていなかったはずだぞ!」
「この街に着いた時に親切な人が教えてくれたんだ。すごく美味しいお菓子を売ってるお店があるって」
おいおいおい、まったく余計な事をしてくれたな親切な人。おかげで今すっごくピンチなんですよ。
リザと言葉のやり取りをしている間に、少しずつだがお店の前に人が集まり始めていた。これは皆『七星』が欲しくて集まってきたお客達だろう。そういえばもうそろそろ開店する時間だな。リザに後れを取ってしまったが、二番手なら菓子を買えない展開はないだろう。フフフ…この極秘任務必ず遂行してみせますよ。見ていてください魔王様……!
そんな事をボンヤリ考えていると七星堂の扉が開いていくのが見えた。さぁ待ちに待った開店だ!さて、慌てず騒がず優雅にお菓子を手に入れ――
「父さんのわからずやー!」
店内から大声を叫びながら現れた人影がぶつかってきて思いっ切り吹き飛ばされた。前にいたリザは普通に避けたようだ。おのれ。
「ぐえー!」
「あ、ゲリラ豪雨さんが吹っ飛んでる」
……もはや突っ込む余裕すらなくそのまま地面に叩きつけられる。
「あっ!す、すみません!」
ぶつかってきた少女は一礼して謝ると、その後すぐに走っていってしまった。
「……うぐぐ、なんなんだ一体」
なんとか立ち上がり体制を立て直す。落ち着きを取り戻しふと店の方を見ると、入り口にさっきまでなかったはずの看板が置かれていた。
『まことに勝手ながら今日はお休みさせていただきます』
……と書かれた看板が。
がーんだな……出鼻を挫かれ俺は頭を抱えた。




