第三章02 地の利
「おせーぞゲイル!待ちくたびれちまったよ!」
「悪い。道が混んでてな」
会議室に入った途端、待ってましたとばかりにカインが俺に話しかけてきた。俺は勇者の動向が判明するとすぐに部隊の招集をかけた。会議室には俺が今回招集をかけた隊長達が既に集まっていた。
「もう聞いてるとは思うが、勇者が次に向かうのはロジメダイ渓谷だ」
ロジメダイ渓谷はファルジオン王国南東に位置する王国でも有名な観光スポットである。ここから見える景色は絶景で、王国絶景100選にも選ばれている程だ。今の時期は紅葉が見頃で、沢山の観光客が渓谷に訪れている。
「何しに向かってるんだ勇者は。景色でも見ながら飯でも食おうってのか?」
「勇者の目的といえばそれしかないだろう」
俺は懐から一個の菓子を取り出す。それを見たカインはすぐに気づいたようだった。
「それは……!セントジャスティス堂が一日1000個しか作らないと言われている限定紅蓮饅頭!」
「その通りでございます」
この赤い物体……紅蓮饅頭はロジメダイ渓谷に数百年前から店を構える老舗菓子店セントジャスティス堂の名物菓子だ。特殊な製法を使っているらしく、一日に生産できるのは1000個だけ……という事になっている。1000個出しても午後には完売してしまうので、紅蓮饅頭目的で渓谷を訪れるのなら相当早い時間から出発しなければならないだろう。独特の甘味で燃えるような活力を与えてくれる紅蓮饅頭は登山で疲弊した体を癒してくれる。ちなみに俺が持ってるのはこの間、妹が食べてみたいと話していたのを聞いたモズ配下の諜報員が買ってきてくれた物の一つだ。……決して俺が頼んだわけではない。ないのだ。
「これを食べる為に勇者は必ず来る!」
「来るのはわかったが、作戦はどうするよ?」
「まずはこれを見て欲しい」
袋から取り出した折り畳まれた紙を広げて黒板に貼り付ける。これはロジメダイ渓谷へ観光に来る人へ無料で配られているガイドマップだ。
「勇者はこの渓谷の奥にあるセントジャスティス堂……略してセス堂へ来る。この南東のわくわくピクニックコースからな」
勇者の予想進行ルートをペンで書き記していく。
「買い物を済ませた勇者はそのまま大橋を渡って南西ルート……うきうきハイキングコースへと向かうはずだ。……そこを挟撃だ!」
大橋に二重丸を書き込む。我ながら綺麗な円形だ。
「そこで必要なのがカイン達の部隊と……」
「私達弓兵隊の出番というわけニャ」
カインの後ろでずっと作戦概要を聞いていた女が声を出す。この女……ミカは弓兵で纏められた精鋭騎士団三番隊隊長を任せられている弓の使い手だ。獣人族出身の元賞金稼ぎでカイン達同様グフタフ将軍のスカウトでファルジオンへやってきた。将軍も惚れ込んだその弓の腕は王国内だけでなく、大陸でも右に出る者はいないとまで言われている。獣人で体毛が多いにもかかわらず、夏でも常時マフラーを手放さない。……暑くないんだろうか。あと耳と語尾があざとい。
「おめーこの間の作戦しれっと参加しなかったろ!」
「しょうがないんニャ。魔王様の命令ニャ」
カインの抗議をさらっと受け流すミカ。相変わらずフットワークが軽い。
「北部で発生した害獣の討伐任務だったか。」
「そうニャ」
「あの害獣、周辺の町からも懸賞金かかってるからさぞ儲けたんだろうな」
「いやー本当にありがたいニャ」
ミカは笑顔で親指と人差し指で輪っかを作る。ミカはとにかくお金にがめつい。王国に来たのも給料を貰えて尚且つ、害獣討伐のような副次的な利益も得られるからだ。ミカがお金にがめついのには理由があるのだが、今回は特に必要ないので割愛する。
「橋でカイン達の部隊が牽制しミカの弓兵隊とユキメの魔法部隊が遠距離で攻撃する……完璧な布陣だ!」
「……はいな~」
ミカの隣でプラプラ手を振るユキメ。さっきから何も言わないと思ったら……お前寝てただろ。
作戦概要の説明が終わった矢先、突然会議室の扉が開く。
「何故私達が出撃できないのだ!?」
「ひどいです!泣きますよ!私は!」
いきなり会議室にロゼとライラが入ってくる。今回の作戦にはこの二人は入っていない。そのまま二人に詰め寄られる俺。
「簡潔に言うと……まずロゼ。得意の雷魔法は橋の上でやられると橋が燃えます。なので駄目です」
「くっ……!」
「そしてライラ。いくらハイキングコースでもその重たい鎧で山登りは無理ですよね?よしんば登れたとしても、戦う時には体力残ってないはず。なので駄目です」
「くっ……何も言い返せませんよ!」
ガクリと項垂れる二人。……本来なら全軍をもって戦わなきゃならない相手なのは重々承知だが、今回は場所が場所なので。
「そして最後に……切り札を用意した。モズ、頼む」
合図を送ると、モズが手綱を引いて会議室に入ってきた。その後ろからけたたましい鳴き声が響いてきた。そして会議室のドアから巨大な生物が姿を現していく……扉から入りきらないので頭だけ。
「そう!翼竜だ!」
「これがお前の渋滞の原因か……頭しか見えねぇ」
頭だけ会議室に入った翼竜は凄まじい鳴き声を響かせる。……うるせーなこの生物!
「モズの部隊が強襲用に育成していた翼竜……これを最後に投入して勇者を……倒す!」
俺は声を張り上げて喋るが、殆ど翼竜の鳴き声に搔き消された。それでも最後まで続ける。
「地の利は我らにありだ!」
気持ちの良い晴天に恵まれた今日、ロジメダイ渓谷は絶好のハイキング日和と言っても過言ではない。行き交う登山客も皆楽しそうだ。山から見える色々な景色……紅葉鮮やかな山々、せせらぐ川、麓の町々、色々な大きさの遺跡群、親子で飛んでるドラゴン……こんな日に山の上から眺める景色は絶景以外の何物でもない。
「ハァハァ……兄妹達にも見せたかったなぁ。心が洗われる……」
「今度連れて来ればいいじゃねえかよ。あとお前少し休め」
「日向ぼっこしたいニャ……」
息も絶え絶えでなんとか渓谷を登り切る。俺は貧弱モヤシっ子だからアレだがカイン達は全然余裕そうだ。
カイン達と談笑していると兵士から報告が入る。
「報告します!勇者は予定通り橋に向かっています!」
「そうか!人払いはもう済んでいるか?」
「はっ!」
「よし!皆配置に付け!作戦通り頼むぞ!」
ロジメダイ渓谷に唯一架かっているこの名も無き吊り橋は、ファルジオン建国後すぐに近隣住民達の要望により架けられた年代物の建造物だ。建造物といっても木材で作られた簡素な橋で、人一人が余裕を持って渡れる位の幅しかない。この橋が架かる前は、険しい渓谷と流れの速い川によって道を大きく迂回しなければならなかった。橋から見える景色は絶景だが、橋が架けられた位置は標高が高く……渡るにはそこそこ勇気がいる。
「来たぞ……!饅頭食いながら!」
持ってきた双眼鏡で勇者リザの存在を確認した。……美味そうに食いやがって!こちらも反対側の部隊も準備は整っている……後はリザが橋の中央付近に来るのを待つのみ!
…………
………
……よし!
「今だ!かかれぇ!」
合図を送るとカイン達歩兵部隊が一斉に橋を取り囲む。これでリザの進路は完全に塞がれた。次の合図でミカとユキメの弓兵魔法部隊が一斉に位置につき構えを取る。
「はっはっはぁ!待っていたぞ!……ってちょっと待てちょっと待って!?」
自分の置かれている状況に気づき、慌てて声を上げる。
「なんで俺が勇者の真ん前に来てるの!?」
「いえ、カインさんと一緒にいたんでいいのかなーって」
手前にいた兵士がそう答え周りの兵士達もうんうん頷く。今自分がいるのは橋の中央より手前、リザの目と鼻の先に陣取ってしまっている。歩兵部隊が配置に着く時に流されてきたのか……やべえ。
「カ、カイン!なんとかしてくれ!ここ狭い!すごく高い!動けない!」
「馬鹿か!勇者もう目の前にいんだぞ!……てゆうかお前らゆ、揺らすなや!」
ぎゅうぎゅう詰めになりながら橋の上の右往左往する俺達。肝心のリザは……お茶飲んでやがる。
「くそ!仕方ない!攻撃開始!」
俺の合図で弓兵隊と魔法部隊の攻撃が始まった。鉄の鏃が付いた矢と魔法で作られた氷の礫が一斉にリザに降り注ぐ……!が全く当たっていない。だがこの狭さと不安定な足場で回避し続けるのは困難を極める。そのうち音を上げるはず……!
……その前に。
「カイン、俺達はそろそろ橋から戻ろ!ここめっちゃ危ねーよ!」
「奇遇だな!俺もそう思ってた所だ!」
俺達は来た方向へ戻ろうと四苦八苦するが中々も前に進まない。……どんだけ詰まってるんだよ!そもそもこんな所で待ち構える予定じゃなかっただろ!俺達が悪戦苦闘してる間もリザへの攻撃の手は緩まれないが、当の本人は涼しい顔だ。
何時まで経っても当たらない攻撃を見るに見かねたミカが、指揮を中断し自分の弓を取り出した。
「もう!何やってるニャ!矢を射るというのは……こうするんニャ!」
その華奢な腕からは信じられない程伸ばされた弓の弦から一本の矢が弾き飛ばされた。その正確無比な一閃は、勇者リザの一瞬の死角となった後頭部に吸い込まれるように命中した。
「……嘘でしょ!?」
矢はリザの頭の前で止まっている。受け止められていた。まるでそこを狙っているのを知っているかのように。
「あいつ本当に人間なの!?」
ミカさんミカさん。語尾忘れてますよ。あんなビックリ顔のミカ初めて見たんでちょっと笑ってしまう……あ、めっちゃ睨まれた。
「くそー!これでもかニャ!これでもかニャ!」
出鱈目に矢を射出していくミカ。傍目からは出鱈目なように見えたが、その矢全てがリザ目がけて飛んでいく。流石弓の名手。しかし全部剣で弾かれてしまう。
「埒が明かないな……こうなったら!」
袋から取り出した合図の為の閃光玉を橋から投げ出した。魔法で作られた閃光玉は投げてすぐ破裂し多色な光を放つ。目くらましや夜間戦闘などで重宝される魔法道具だ。パァン!という炸裂音が鳴ると、閃光玉は橋の下に霧のように漂う雲間からでもハッキリ分かるほど力強く光輝いた。
雲を切り裂くような唸り声と共に、モズ達奇襲部隊を乗せた翼竜の群れが橋の下から姿を現した。
「予定より早いが仕方がない!いけ翼竜!勇者をその爪と牙で切り裂け!」
けたたましい鳴き声を上げながら翼竜がリザに襲い掛かる。鋭い爪がリザを掠める。
「おお!いけるぞ!」
カインと共に嬉しい悲鳴を上げる……が、その後すぐ本当の悲鳴に変わった。翼竜の爪が橋を支えるロープに当たり大きく傷ついた。橋全体から嫌な音が響いていく。
「やべーぞゲイル!勇者倒す前に橋が持たねぇ!」
「くそ!弓矢と魔法には細心の注意を払ってたのにこれかよ!」
「モズー!攻撃中止!攻撃中止!」
俺達はモズに大声で叫ぶが、翼竜の鳴き声で搔き消されてしまう。そうこうしてる内に、中々攻撃が当たらない翼竜が業を煮やして別の攻撃を始めた。
火を吐き始めた。
「おいぃーー!!あいつ火吹いてるぞ!!!どういうことだよ!?」
「最近品種改良で色々出来るようになったらしいぜ!」
「そういう事早めに教えてよ!てゆうか火吐いたらもう翼竜じゃなくてただのドラゴンだろ!」
翼竜が放つ火をリザは剣で受け止めている。そこから漏れた炎が橋を容赦なく燃やしていく。
「「戻れー!皆死ぬ気で戻れー!」」
兵士達が橋から抜け出し、俺とカインもそれに続こうとしたその時――。
プツン
「あっ」
炎によって焼き切れた橋が真ん中から崩れ落ちる。
「嘘だろぉー!」
足場がなくなり俺とカインは、咄嗟に崩れる橋になんとかしがみ付く。これでなんとか……。
「えっ」
思わず声が漏れた。目の前に岩の壁が迫ってきたからだ。……当然か。しがみ付いてるのは千切れた橋で、橋の端はまだ繋がってるんだから。
そのまま崖に叩きつけられ、その衝撃で橋から手を放してしまう。
「!捕まれぇ!!!」
衝撃に耐えたカインが、落ちる俺を見て咄嗟に手を差し出す。しかし……届かなかった。
「ゲイルー!!!!」
カインが俺の名前を叫んでいる。その声を遠くで聞きながら、どんどん白い空へ吸い込まれていき――。
俺の意識はそこで途切れた。




