第三章01 家族の時間
「……報告は以上になります」
「ご苦労様。下がって休んでくれ」
調査員が退室して一人になった自室で俺はため息をつく。報告の内容もさることながら、ここ数日勇者討伐任務に掛かりっ切りだったせいで書類が山積みになってしまっていたのだ。これを全部捌くのは中々骨が折れる……また徹夜か。やるしかねぇ。数日とはいえ書記官の仕事をするのは随分久々に感じるな。
「うぇ~いゲル兄お暇~?」
「これを見て暇だと言える君の眼は中々の節穴アイだな妹よ。後ゲル兄は止めようね」
フレイアが手をプラプラしながら入ってきた。ここ数日ずっと図書館の方に引き籠もっていたがまた出て来たようだ。
「一人で御飯食べるのも味気ないからさー。ここで食べていい?」
「どうぜ駄目だって言ってもここで食うつもりだろ?」
「さっすがー!わかってるじゃーん!」
「何年お前の兄やってると思ってんだ」
トコトコ事務室内に入ってきたフレイアは、俺の隣に来て座ると書類の山の上に持ってきた料理を並べ始める。……あ、ちょっと汚さないでね。その書類かなり重要な物なんだから。
「一人ってあそこの図書館、お前以外にも不法滞在者が結構いるんだろ?」
「不法じゃないって!ちゃんと許可貰ってるよ」
ファルジオン城地下にある大図書館は、前大戦や魔王戦争時代の貴重な書物を多く貯蔵しているのだが、危険な書物も多く貸出が禁止になっている。その代わり図書館には何時間何日何週間何ヶ月何年も滞在可能という変なルールが決められているのだ。
「人はいるにはいるんだけどさー。皆飲まず食わずでずーっと本と睨めっこしてるんだよ。信じられる?」
「図書館なんだからそれが普通なんだよ……多分」
フレイアの話を聞きながら溜まった書類を纏め整理していく。横から見ていたフレイアがいきなり前のめりに覗き込んできた。なんだその二度見。
「うわっ早っ!地味だけど早っ!」
「素直に驚いてくれた方が嬉しいんですがね?地味は余計です」
なにしろ睡眠がかかってるからな。早めに終わらせるに越したことはない。とりあえず睡眠時間は3時間くらいは確保したい。させて。
「それよりお前、魔法の勉強ちゃんとやってるんだろうな」
「勉強じゃないよ!修行だよシュ・ギョ・ウ!」
得意気にチッチッチっと指を振るフレイア。その仕草に若干イラッとする。
「私は天才美少女魔法使いだから大丈夫なのですよ~!」
調子に乗ってるなこの妹……自分で美少女と申すか。軽くお灸を据えておく必要があるな。俺は先程調査員から貰った報告書の中の一枚をフレイアに渡す。
「お前がこんな所でサボってる間にヴォルトは着実に強くなってるみたいだぞ?」
「えっ!?ヴォル兄何かあったの!?」
食い入るようにその書類を読み上げるフレイア。
弟のヴォルトは今ファルジオン王国でも有名な修行のメッカ、霊峰タタオ山での修行を続けている。タタオ山での修行は熾烈を極め、毎年怪我人や死亡者が多く出てしまう。王国はこの危険な山を上る登山者の為に救助隊を派遣し、少しでも怪我人を減らすため巡回監視と登山者達の経過報告を定期的に行っている。よくよく考えると修行場なのにやたら過保護な待遇だな……。
「あいつ、タタオ山の中腹を越えたらしいぞ」
「えっもう!?かなりのハイペースじゃない?」
霊峰タタオ山の恐ろしい所はとんでもなく急激に起こる気候変化だ。これによって何日も、下手したら数週間立ち往生してしまう事があり大体の人はここで登山を断念する。起伏の多い傾斜した地形も手伝ってこの山への登山は『神に挑む試練』だと昔から伝えられてきており、この山を登る事自体が修行の一つとなっているのだ。ヴォルトは今、タタオ山を常人では考えられないスピートで登っている。この調子なら山頂へ到着するのも時間の問題だろう。
「山頂に着いたらあいつもっと強くなるだろうなぁ……君はどうなのかな我が妹?」
「ぐぬぬ……」
あからさまに悔しそうな顔をするフレイア。よく顔がコロコロ変わるから見ていて飽きない。しかしずっと構ってると時間がどんどん無くなっていくので、これで終わりにしておくか。俺は最後に一枚の手紙を取り出す。
「フレイさん。フレイさん。これは誰から届いたお手紙がお分かりになりますか?」
「えー……あー、うん。えっとですね……」
手紙を見た瞬間からフレイアの動きが一気に挙動不審になる。わかりやすいやつめ。
「はい正解はー……君のお母上からでーす!」
「ねえ兄ちゃん知ってる?地下図書館の奥に、更に地下迷宮があるんだよ」
「はいはい誤魔化さない……えっ何地下迷宮って?めっちゃ気になるんだけど!」
危うくフレイアの誘導に引っ掛かりそうになるがなんとか耐える。……なんだよ地下迷宮って気になるじゃないか。
「お前ちゃんと母上に返事書いてないらしいな」
「だってー……私文章とか書くの苦手なんだもん」
フレイアは魔法に関しては天才と呼ばれるに相応しい才能を持っている……が他は駄目な物が多い。本人も気にしてはいるが、絵や字が汚い。それも壊滅的に。
「一言でもいいんだ。なにか書いて送ってやりな」
「わかってはいるんだけどさー……」
「このまま何もしないと母上滅茶苦茶怒るぞ」
「ソウダヨネウンヤリマス」
自由気ままで天才肌のフレイアでも母上には頭が上がらない。父上がいない中育ったので、母上への思い入れが強いのだ。
「そういや兄ちゃん」
「なんだいフレイ」
「あんまり聞いた事なかったけど父上ってどんな人だったの?」
「おっ急にどうしたん?」
「すごい人だったんでしょ?お城の人達皆そう話してくれるよ」
フレイアから父上の事を聞かれるのはこれが初めてだった。普段は気にしてないような素振りだったが……気になるか。年頃の女の子なんだし。
「うん。すごくて優しい人だったよ」
……最後の出撃の時まで自分の事より俺達や母上の心配をしていた父上。
「今の俺があるのも父上のおかげさ」
「そうなんだ」
フレイアは少し不思議そうな顔をしている。本人に会った事ないから実感は湧かないか。
俺はフレイアの頭をポンポンと軽くたたく。
「父上や母上の為にも、もう少し頑張らないとな~」
「ぬぅ~」
不貞腐れてそっぽを向くフレイア。暫くすれば機嫌も直るだろう。それでも駄目なら何かおやつで釣るか。俺はそのまま書類の整理を再開する。
暫く経ったのち、フレイアが『あっ!』と驚いたような声を上げると俺に一枚の書類を見せてきた。
「兄ちゃん!兄ちゃん!これ勇者の情報だよね!?」
「うん。そうだよ」
「すごいよあの人!あの魔獣ガトパスを倒したんだって!」
魔獣ガトパスは前大戦時の文献にも記されている太古の魔物で、数か月前にスタンリバー王国東部でその存在が確認された。その目を見た者は、石のように体が動かなくなってしまうそうだ。スタンリバー王国は討伐隊として一個師団にも及ぶ戦力を派遣したが……全て魔獣によって倒されてしまった。あわや滅亡の危機に直面したスタンリバー王国だったが、一人の傭兵によって魔獣ガトパスはめでたく退治される事となった。それがリザだ。
「最初聞いた時は眉唾ものの話だと思ったが、リザの実力を見たら合点がいく」
「そやね」
「そしてなんであいつがあんなに食べ歩きしても懐が大丈夫なのかもな」
魔獣ガトパスにはスタンリバー王国から大量の賞金が懸けられていた。一個師団でも敵わない魔獣なんだから当然ではある。その賞金があればあんな食べ歩き何百周してもおつりがくる。
だが俺には別に気になることがあった。それは……
「何度調査しても結局勇者リザが魔獣を倒す以前の動向がわからないんだよなぁ……」
「……ナンデ?」
「わからん」
ファルジオン王国の調査員は、モズ配下の凄腕諜報員が沢山揃っている。彼らが調べてもわからなかった勇者リザの素性。……気にならない方がおかしい。
色々思案していると連絡員が慌てながら部屋に入ってきた。
「報告します!勇者の行き先が判明しました!」
「よし!」
席から立ち上がると出撃の為の準備を始める。
「行くの兄ちゃん?」
「おう」
「……死んじゃ嫌だよ!」
「勇者には何度辛酸を嘗めさせられたかわからないが……たぶん大丈夫だよ」
ちょっと泣き顔のフレイアの頭をポンポンたたく。
「そんじゃ行ってくる。ちゃんと魔法の修行やってるんだぞ」
「……了解いたした!新しい魔法の10個や20個習得してみせらぁー!」
「そんなに」
笑顔で見送る妹とまだ残る大量の書類を残して俺は部屋から出た。
……今度こそ勝てるといいんだけどなぁ。




