第二章05 目には目を
連絡員からの報告で、勇者リザがロゼ、ユキメ率いる魔法部隊と交戦状態に入った事を知らされた俺は一人ほくそ笑んでいた。……ここまでは計画通り。モズはよくやってくれた。初撃で仕留められていれば御の字だったのだが、流石にそれは高望みだ。後はモズとロゼ達の部隊が計画通り動いてくれれば……。
「ゲイルー!住民への夜間外出禁止令と指定された道の封鎖完了したぜー!」
「ふん!やってやりましたよ!私は!」
得意気な表情で野営地に戻ってきたカインとライラ。誇らしげだ。
「ご苦労さん。これで後はモズ達が上手く誘導してくれれば……俺達の勝ちだ」
「マジかよ!すげえじゃねーか!精鋭騎士団も気張った甲斐があるってもんだぜ!」
「まぁ近衛騎士団の方がめっちゃ気張ったんですけどね!」
「なんだァ?てめぇ……やんのかゴルァ!」
「ふん!いつでも受けて立ちますよ!私は!」
「君たち、喧嘩するんなら帰って」
「「ごめんなさい」」
仲いいなこいつら。他愛のない会話をしていると、連絡員が報告にやってきた。
「ゲイル様!例のモノの準備が整いました!」
……これで勝利への最後のピースが揃った!俺は笑い出すのをなんとか耐える。まだだ……まだ堪えろ。
「よし!機は熟した!決戦の地へ行くぞ!」
「これで勇者もジ・エンドってわけか!」
「そういうことだ」
後はお前達が頼りだ……頼むぞモズ、ロゼ、ユキメ!
「闇夜を切り裂く雷光――『猛る雷神の轟剣』!」
ロゼの周囲が帯電し、発生した何本もの雷が標的に向かって剣のように突き刺さる。辺り一帯にバチバチという轟音と焦げた臭いが立ち込める。……だが標的の勇者は健在だった。
「くそ!当たらん!」
ロゼは焦っていた。いくら誘導の為とはいえ、ここまで攻撃が当たらないとは想定してなかった。ロゼとしては最初から倒す事を前提とした攻撃だったので尚更だ。
「ユキメ!お前もちゃんとやってるのか!?」
「ええー……そこ疑うん?」
なんだか心外だと言う感じで話すユキメ。
「お前の普段の行いを見てるからそう言ってるのだ!」
「そないな事言われても、うち頑張ってるやん?」
しかし言葉とは裏腹にユキメもロゼ同様勇者への攻撃は当てられてはいない。それは他の魔法戦術団の団員達も同様で、リザは俊敏な動きで魔法部隊の攻撃を回避し続けていた。
「そないな事言われるんやったら……うちも少し本気出さんといかんねえ」
ユキメはそう言うと魔法の詠唱を開始する……ユキメの周囲から、大気から熱がどんどん奪われていく。ロゼや団員達もその膨大な魔法力に危機感を感じユキメから距離を取る。先程までロゼ達の攻撃を避け続けていたリザもその魔力を察知し身構えた。
ユキメの前に巨大な氷柱が形成されていく……その大きさは攻城戦用の破城槌を超える程だ。
「心の臓まで凍てつき貫け――『冷厳なる氷結の神槍』!」
ユキメは形成した巨大な氷柱を大型弩砲のように勢いよく射出する。その衝撃は凄まじく、この場にいた者達には辺り一帯の家々が戦慄いているように聞こえた。発射された氷柱は勇者リザへと吸い込まれるように叩きつけられる。着弾の衝撃と魔法による急激な温度変化によって辺りに大量の濃霧が発生した。
「おお!やったか!?」
「あぁー……それは言うたらあきまへん」
やれやれという仕草をするユキメと、何もわかってない顔をしているロゼ。いまだに顔から?マークが消えないロゼを尻目に、だんだん霧が晴れてくる。リザは……間一髪の所で避けていたのだ。
「くそ!駄目だったか!」
「まぁ……でも目的は果たせましたんで」
そう言って魔法の着弾地点を指差すユキメ。見るとその周り一帯に、扇状の氷の壁が作られていたのだ。着弾の衝撃で発生した副次効果なのだがその大きさは周りの家々よりも遥か高く、リザの行く手を阻んでいる。
その道を使って大通りへと脱出しようと考えていたリザは、突然出来た氷の壁に困惑した。そこにモズ率いる暗殺部隊も到着し、リザは早い決断を迫られる。
モズから繰り出された暗器の投擲を防ぎつつ、リザは他の比較的防衛の手薄になっている道に向かって走り出した。
「おおモズ!ナイスアシスト!」
「流石やわぁ」
「 … 」
モズも何か言っているようだがロゼ達には聞き取れなかった。とりあえず手を振って誤魔化す。
おのずとリザが走っていった道を眺める三人。
「結局勇者は仕留められなかったが……ゲイルの作戦通りにはなったか」
「後はゲイルはん達にまかせてうちらはゆっくり行きましょ」
「 … 」
暗い道を走りながらリザは追手の気配が少なくなっている事を感じていた。この道は一本道で迂回する脇道もない。敵の気配が少なくなったとはいえ元の道に戻る事は出来ない。
……罠に嵌められたか。リザは直観した。ここ一連の追跡者達の動き……私をここに追い込むように仕向けられたようだ。敵ながら中々良い仕事をする。
リザは敵からの罠は嵌ってから考えるようにしている。面倒くさいので、とりあえず掛かってからその後に敵を倒す。今まではこれでだいたい何とかなってきた。今更その方針を変えるつもりはない。
辺りを警戒しながら道を進む。この先に敵の罠があるのだろう。……面白い。受けて立ってやる。私はどんな罠も打ち破ってきたんだ。負けるつもりは更々ない!
……しかしお腹が空いた。聞いた通り夕御飯にいただいた料理はすごく美味しかった。一つ問題があるとしたら一日数十食の限定メニューだったので満足出来る程食べられなかった事くらいか。また食べたいなぁ……思い出したらお腹が鳴る。
そんな事を考えながらしばらく道を走っていると、どこからか香ばしい匂いが立ち込めてくる。リザの動きがピタリと止まった。……これは!この匂い……私は知っている!しかも複数……いやもっとだ!私が最近嗅いだほぼ全ての匂いがある!どこだ!?……あっちか!
リザは追跡者に追われていた時よりも遥かに速いスピートでその場所に辿り着いた。そこで待っていたのは――
「ここだ……ココこそが楽園だ……!」
「フフフ……ココがお前の墓場となるのだ……!」
俺はカイン達と物陰で、ある場所にやってきた勇者リザの動向を観察していた。『無料試食中』と大々的に書かれた看板を前に多くの料理がテーブルに所狭しと並べられている。その量は沢山並べられたテーブルの端と端が全く見えない程だ。……料理人さん達、無理聞いてくれて本当にありがとうございます!
「本当にすげえ量だなこれ……」
「私の背より高いのですが……」
カインとライラは物陰からこの料理の山を唖然とした表情で見上げていた。
「これをずっと準備してたのか……ん?何時頃から?」
「今日尾行を始めた時から」
今日収穫祭でリザの尾行を始める前から、俺はこの作戦を考えていた。他の奴らはリザを倒す為の尾行だったが俺は違っていた。知りたかったのは勇者リザの隙や弱点ではなく、奴の食べ物の好みと量だ。
ここ数日祭りに参加しているリザに配下の調査員を派遣し、奴がこの祭で食べた料理とその数量を徹底的に調べ上げた。それらを全て把握した上で俺はリザが祭中に訪れた店々に注文を出しておいた。『奴の注文した料理を倍作ってほしい』と。……それがこの目の前の料理の数々です。
「これを食べた勇者は仕込んだ毒でイチコロってわけだなゲイル!」
「そんな毒はない」
「ハァ!?なんでだよ!痺れ薬でも盛れば楽勝だろ!?」
「カイン、お前はあいつの舌を知らないからそういう事が言えるんだ」
ここ数日の調査でわかった事だが、勇者リザはある出店にクレームを入れていたのだ。その内容は『味が昨日と違う』という事だ。詳しい話をその店の主人に聞いてみると、店が予想以上に繁盛して用意していた材料が早く底を尽きてしまい、急遽その日だけ後半違う産地の食材を使用していたという事だった。その日だけ使ったという食材も決して味が悪いという訳ではなく、どちらもファルジオンでは有名なブランド肉なのだ。店主が元々使っていた肉に最も味が近いその肉を代わりに使ったにもかかわらず、リザはその味の違いを見抜いたのだ。その日味の違いを指摘したのはリザだけだった。伊達に食い歩いてはいないということか。
「あいつに一服盛るのは無理だ……すぐに感づかれる」
「じゃあ普通に食わせるのかよ!?」
「そのつもりだよ」
ちゃんと準備運動もしてもらったしな……。早速近場の皿に手を出すリザ。あれだけ動いたんだからさぞお腹も空いているだろう。さあ……たあんとお食べ。
「これがお前の最後の晩餐になるのだから……!」
――30分後――
「どんどん腹に収まってくな……(ゴクリ)」
「よっぽどお腹空いていたんでしょうかね」
「……」
――1時間後――
「あんだけ食って飽きないのかねぇ」
「近衛騎士団にもあそこまで食べる団員はいませんでしたよ」
「……」
――3時間後――
「オイオイオイ……まだ食うのかあいつ!?」
「ほ、ホントに人間なんですかあの人!?」
「……そういや俺、今日なんも食ってなかったな……」
――さらに数時間後――
「はっはっはっ!かかったな勇者……!……勇者?」
モズ達とも合流し、頃合いを見計らい勢いよくリザの前に立ちはだかる俺達。しかし俺の目の前にいるのは勇者……とは似ても似つかぬ丸い物。
「えーっと……あなた本当に勇者のリザさんですかね?」
「モグモグモゴモグ」
「あ、わかりました合ってましたね。あと口の中の物ちゃんと飲み込んでから喋って!」
この丸い塊……リザは結局この場にあった全ての料理を平らげてしまったのだ。こればかりは俺も計算外だった。しかし今のリザの姿はもはや原型を留めていない。とてもじゃないが食事前のような機敏な動きが出来る体じゃない。
俺をじっと見ていたリザは思い出したかのようにドヤ顔で一言。
「ゲマさん!」
「ゲしか合ってない上に短くなってるー!?ねぇもうワザとだよね!?」
問い詰めようと前に出ようとした俺をカインが抑え込んだ。おのれ勇者……!
「待て待てゲイル!お前の役目はここでおしまい。だろ?」
周りを見ると皆すでに臨戦態勢に入っていた。カインの言う通り、文官である俺の役目はここで終了。後は武官であるカイン達の領分だ。
「頼んだぞ」
俺はそれだけ言って後をカイン達に託した。
「まかしとけ!お前が折角ここまでお膳立てしてくれたんだ。無駄にはしねぇよ!」
「今度こそ私の雷で仕留めてやろう!」
「まぁぼちぼちやりましょか~」
「やってやりますよ!私は!」
「 ……! 」
そこには会議の時のような険悪な雰囲気は微塵もなかった。今のあいつらならきっとやってくれる……!俺は確信した。
「よっしゃいくぜぇー!!!!!」
「「「「オォー!!!!!」」」」
カインの掛け声と共に皆突撃していく。リザは……あれ?まだ何か食べてる?どんだけ食べるのこの人!?
「今度こそもらっ――」
次の瞬間にはカインは空へ舞っていた。
「ぐえー!」
「カ、カイーン!」
あ、駄目だこれ。
夜が明け朝日が差す頃にはこの激戦は終わっていた。リザはちゃっかり元の体型に戻り『良い運動した!』と言って次の町へ旅立っていった。
俺は死屍累々の惨状の中、駆け付けたアンジュ達救護班の仕事を手伝いながら一人呟く。
「腹減ったなぁ……」




