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第7話

 *


「本当に小さな怪我だったのよ。少し切ってしまっただけ」


 ゆっくりと、焦らすようにイリスは言葉を重ねた。


「そこからね、私の魔力が溢れたの。」

「血魔法ってあるでしょ。特殊属性と呼ばれる類で、適性を持っている者は極端に少ないと言われているわけだけど、確かクローフィが使えたわよね」

「……イリスも適性があった、ということか?」

「いいえ、そうじゃないの。アレは適性があるなんて到底言えないもん」

「全ての魔法は魔力を元にして発動しているでしょ? それなら、適性のない人でも、発動させれる可能性があると、そうは思わない? イリスの場合ね、使えもしない魔法を魔力量に物を言わして発動させたって言うべきかしら。って、だめね。そうじゃないわ、そう言ってしまうとイリスが好んで発動させたようだもの。彼女の血に含まれた大量の魔力が暴走した、とでも言うのが正しいかしら?」


 アリシアの言葉に、みんなは唖然としたようで、誰も声を返さなかった。適性のない魔法は使えない。それが一般的に思われていることだ。だから、

 ……うん、普通はそれで間違ってないもの。

 と、イリスは思うだけにとどめて、笑みを浮かべた。苦々しい記憶に流されてしまいそうになるのを、くい止めるために。

 ……それは嫌だから。

 だって、それは逃げと同じだと、イリスは思うのだ。己の罪から目を反らしているだけだと。きっとみんなは、否定する。それは、イリスのせいじゃないと。けれど、

 ……自分の能力を把握していないのは、悪いことじゃないかなぁ。そのせいで、関係のない人にまで怪我を負わせてしまったんだもん。だから、それは私の罪に違いないよね。だって、私は自分の能力を知ることができるんだから。

 どんなに頑張っても、知ることが出来ない彼とは違うのだから、と。知れることを知らないままにしていたのは自分の怠慢ではないかと、思うのだ。

 ……でも、結局コレも逃げなんだろうなぁ。

 あれこれ、引きずっちゃうのは自分らしくないから、嫌なのに。それでも、まだ吹っ切ることはできそうにないな、とイリスは思い、臍を噛んだ。


「……食堂を血みどろにしちゃったの、か?」


 ポツリ、とクローフィの声が教室に響く。血魔法の恐ろしさを、誰よりも知っているであろう彼は、少し青ざめていた。その問いに答えたのはアリシアだ。


「いいえ、幸いなことと言って良いのかわからないけど、そうはならなかったわ」

「……魔法なんかじゃなかったの。あれは魔法とは到底呼べない、ただの魔力の渦だったわ」


 感情的にならないように気をつけて、イリスは言葉を吐いた。後悔は到底、振り払えそうにない。魔力を使用するつもりなど、少しもなかったとしても、あれは己が起こした結果に過ぎないのだから。

 ……そう、あれは魔法なんて呼べない。私が暴走しただけだもの。


「イリスを中心にしてね、風が起きたの。あれはまさに、暴風と呼ぶに相応しいわ。……その風の中に、硬化した血や風によって壊されたグラスやお皿、椅子や机の木片なんかも混じっててね。それらは、刃物のように周囲を切り裂いたんだ。そして、あの場にいた殆どの人間が、怪我をしたわ。多くは軽症ではあったけれど、重傷者も少なからずいたしね。騒動の中心に近いほど怪我は酷かったそうよ」

「私、どうしてそんなことになったのか、わからなくて。何がきっかけになったのかも全く、理解出来なかったの。ただ、止めなくちゃいけないって。それだけはわかったから。だけどね、暴走を抑えようとしたけど、全然上手くいかなかったの」


 自分があのとき、どうしたのか過去を振り返りながら、イリスは言葉を作る。久方ぶりにどうだったかを考えると、何も見えていなかったことに気がついた。当時の自分は、暴走した理由がわからず、それを止めることもできず、なんで、どうしてで溢れかえっていたように思う。

 ……アリシアは私の名前を呼んでた気がするなぁ。私は、焦りとかそんなので、どうしたらいいかわからなくて、混乱してたんだよね。

 その後だって、一緒だ。沢山の人が怪我をした。そう聞いて申し訳ない気持ちで一杯になり、罪悪感に溺れて。周りが見えていなかった。

 ……あのとき、どうしてアリシアは泣いていたのだろう?

 イリスには今もわからない。優しい友人が何故謝ったのか。


 *


「時間が立つに連れてね、暴走の度合いが酷くなって。だけど、自分じゃどうしようもなくて」

「それを、セイ先輩が止めたんだ。イリスの暴走を止めてくれたの」


 その、アリシアの言葉に皆がどよめいた。


「えっ?」

「あれを一般生徒がいる前でやったのか」

「あの人、能力がかなりぶっ飛んでるのに」


 その様子にアリシアは苦笑した。予想はできたことだが、みんな仲が良いな、と思う。けれど、皆が反応するのは仕方がないことだ。何しろ彼の能力は目を引くものだから。


「殆どの生徒は、イリスの魔力に当てられ、気絶して見てない筈だよ。それに見てたら、事件の噂に付随するだろうしね」


 彼はあの凶器が舞う暴風の中、イリスに近づいて彼女の意識を刈り取ることで、暴走を止めた。黒い闇が侵蝕していくさまは、とてもぞわぞわする光景だった。当時はまだ、彼の能力を知らなくて、止めてと叫んだように思う。『イリスに何をするの! 傷つけたりしないで!!』そんなことを言って取り乱していた自分に、いつの間にか傍にいた、もう一人の先輩が『大丈夫だよ、なんにも心配することなんてないから。セイは彼女を傷つけない』と、言ったのだ。けれど、そんな言葉は耳に入らなくて『やだ、嫌だあ。酷いことしないで』自分はそうすすり泣いた。

 ……見てるだけだったくせに、随分偉そうな言葉吐いたなあ、僕。

 もう一人の先輩の言葉は何も間違っていなかった。


 けれど、その言葉が聞こえぬほどに恐ろしかった。闇が彼女を飲み込んでしまうと、そう思えたのだ。そして、自分は彼を責めた。イリスを保健室に連れて行ってくれて、その後の状況説明すらまともにできなかった自分に変わり、大まかな状況を先生に説明してくれたのに。どうして、と。どうして、もっと早く止めてくれなかったの、と。

 ……酷い手のひら返しだわ。なんて恥ずかしい。

 当時の自分を省みて思う。混乱していたなんて、言い訳にならない。

 ……だって、僕は結局お礼を言っていないもの。

 責めてしまったことで、お礼が言いづらくなってしまった。そしてズルズルと先延ばしにしてしまって結局、今も言えてないままだ。あのとき、彼は何も言わなかった。今ならわかる。先輩は、できれば自分ではない誰かに止めてほしかったのだ。

 ……だって、セイ先輩ならもっと早く止めることが出来たろうから。

 アリシアは思う。あれは、まさしく最終手段だったのだろう、と。


「それが事件の真相なの」


 そうイリスが締め括るように言った。


「……どうしてその話を?」


 話を聞いて疑問に思ったのだろう、クローフィが言った。イリスが起こした事件は、Θメンバーが暴走してしまった場合に起きる事件と、変わりないからだろう。


「血魔法はその場に新鮮な血がないと発動できないでしょ? 他の特殊属性も、そんな風に発動条件があったりするじゃない?」

「……そういうことか」

「ディオスにはわかった? 私、そういう特殊属性も暴走のきっかけになるみたいなんだ。あの事件は血魔法だったけど、他に起きる可能性があるみたいなの」

「だから、なんですね。イリスさんが話したかったのは」

「……うん。だって、自分でもどれが発動条件かわからないんだもん。だから、私のΘの証はバレッタだし、先生はなるべく目を離さないようにしてくれてる。でも、完璧なんてあり得ないじゃん。だから、言いたかったの」


 平気なふりをして話すイリスを見て、アリシアは思う。痛いだろうな、と

 あの事件の後、イリスに下された罰は何もなかった。先生方はイリスを責めなかったし、怪我をした生徒も彼女を責めたりしなかったのだ。勿論、彼女がΘにだからというのもあるだろう。


 けれど、それだけじゃないことをアリシアは知っている。事件の後、一度イリスは目を覚ましたけど、その後はしばらく目を覚まさなかった。それは、魔力の消費が激しかったからと聞いている。そして、彼女が寝ている間に事件は解決・・したのだ。イリスに絡んだ彼らが、被害者に謝ってまわったらしい。だから、イリスは誰にも責められなかった。彼女も目を覚ました後、怪我をしたらしい人に一人ひとり周り頭を下げたけれど、誰からも責めの言葉は言われなかったのだ。被害者たちの怪我は傷跡も残らないように保険医が治したし、彼らが既にことの成り行きを話したあとだったから。被害者たちの中ではもう既に、終わったことなっていたというわけだ。そして彼らも事件の成り行きは話さなかった。

 ……自分がしでかしてしまったことを、誰にも責められないのはとても痛いもの。

 だから、イリスは吹っ切れないんだろうな、とアリシアは思うのだ。そして、まるで話が終わるのを待っていたかのように扉が開けられた。

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